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166 私と過去と幼馴染との再会

呆れながらも用意してくれた、具だくさんのスープと燻製肉(ベーコン)と野菜をたっぷり挟んだサンドイッチを平らげ、ようやく腹の虫の反乱を制圧することができた。


「はー、満足。ここのシェフってお料理上手ね。ありがとうスチュアート」


私は両手をパンッと合わせると「ごちそうさまでした」と頭を下げた。


「……」


そんな何気ない私の動作をスチュアートが凝視する。


「……?なによ」


「……別に」


慌てて目をそらされ、つい眉根が寄る。

なによ。言いたい事があれば言えばいいのに。変な奴…。


「…で?どこなの?ここ…」


食後のデザートに、果物かごからブドウを一つつまみ上げると口に運ぶ。答えが返ってくるなんて思ってないけど、社交辞令としてとりあえず聞いてみた。


「ここ?ここはアドラム家の屋敷にある塔の最上部だよ」


予想外に返ってきた答えに、おや?と思う。


(やけに素直じゃない)


「じゃあ、あんたが言ってた『あの方』ってもしかして公爵様だったりするの?」


モノはついでに聞いてみる。


「そう。現宰相のパイロン様」


これまた即答するスチュアートに思わず眉をしかめた。


「…気持ち悪い」


「あ…?何が?」


スチュアートは同じく、テーブルの果物かごから小さめのリンゴを一つ取り出すとガブリとかぶりついた。


「…あんなにもったいぶってた癖にそんなにペラペラしゃべっちゃっていいわけ?またなんか企んでるんじゃないでしょうね?」


じろりと睨みつけると彼は肩をすくめた。そして食べ終わって芯だけになったリンゴを窓から放り投げると親指をぺろりと舐め、窓枠に寄り掛かった。


「企むなんて人聞き悪いなぁ。でもまあそうだね。あの時はホントに悪い事したと思ってるよ。僕も切羽詰まってたからさ。でも君はもう捕まっちゃった訳だし?今更黙ってる必要もないでしょ。それに、元々口止めされてたわけでもなかったしね」


悪びれずにそう言う。


「だったらなんであんな言い方してたのよ。感じ悪い!」


「だって…その方が悪役っぽいでしょ?俺そう言うテンプレ、大好物」


そう言う私にスチュアートが悪い顔でニヤリと笑った。




うわ!こいつ…ホント腹立つ…っ!




「で…?ここにはいつまでいればいいわけ?みんなが心配してるから早く帰りたいんだけど」


「さあ?それは僕にもわからないな。一生?…って事はないか、時間がないって言ってたし…。パイロン様の気分次第じゃない?」


その言い方にコメカミにびしっと青筋が立つ。


「ほんっと役に立たないわね…っ!だったら早く出てって。疲れたからもう寝る!」


「はいはい」


そう言ってドアに手をかけたスチュアートが何を思ったのか振り返った。


「念のため言っとくけど、ここからは絶対逃げられないからね。窓からシーツでロープとかほんとないから」


(あっ、なるほど。その手があったか)


「その『あっ、その手があったか!』みたいな顔やめてくれる?下にも見張りがいるから。とにかく大人しくしてて」


(ちっ!)


スチュアートが出ていくのを見送って、ベッドにでーんと横になる。


「パイロン様か…。一体私に何をさせるつもりなんだろ…」


次第に瞼が下りていく。


私はゆっくりと眠りの世界に(いざな)われた。











ここ…どこだろ?



夢…?



どっちが…?









高いビル群に囲まれた雑踏の中に、私は一人立っていた。


夜だというのに昼間のように明るい店舗照明やネオンサインに一瞬目がくらむ。

信号待ちの車の列に、スクランブル交差点を行きかう人々の波。

見慣れたはずの光景なのになぜか戸惑う自分がいる。


(あれ…?私…さっきまで塔のベッドで横になってたはずなのに…。いつの間に外に出られたんだろ)


ボーっとしたまま道のど真ん中に突っ立っている私に、邪魔だと言わんばかりにわざとぶつかるビジネスマン。舌打ちをしながら通り過ぎる男に「すみません」と謝り、慌てて道の端に寄る。


(ん?…塔のベッドって何だ?…って言うかなんで私こんなとこに突っ立てるんだろ?確か仕事を定時で上がって、それから英会話教室に行くつもりで…)


「そうだった!急がないと間に合わない…っ」


取りだしたスマホで時間を確認すると、カバンを肩にかけ直し一歩を踏み出す。



その時だった。




「紗奈…?」




不意にかけられた声に無意識に振り返る。その視線の先に、私は思いがけない人物を見つけた。




「…康介……?」











金曜の夜、店はどこも混んでいた。

近場で運よく空いていた居酒屋の暖簾をくぐり案内された席に二人で座る。ガラス張りの窓際の席からは新宿の夜景がとてもよく見えた。


「久しぶりだね、康介。何年振りだっけ?元気だった?」


運ばれてきたおしぼりで手を拭きながら、そう自然に言葉が出た。

学生時代、あんなに喉に引っ掛かって出なかった言葉が今はすんなりと口からこぼれる。

こんなに穏やかな気持ちで彼と話ができる日が来るなんて、当時の私には想像もできなかっただろう。


その瞬間、


(ああ、私の初恋はとっくに終わってたんだな)


そう思った。





「びっくりしたよ。よく私だって分かったね?」


飲み物と簡単なつまみをいくつか注文する。そんなに長居をするつもりはないから、必要ならおいおい注文すればいい。


(それにしても…康介ってこんなに無口だったっけ?)


声をかけてきたのは向こうなのに、ここに至るまで一言もしゃべらない彼に思わず首を傾げる。

終始緊張したような面持ちで、どこか居心地が悪そうで…、何より一度も私と目を合わせようとしない。


(なんで声をかけてきたんだろう…)


高校を卒業して以来、彼とは一度も顔を合わせた事はなかった。

大学も、高校同様偶然一緒だったけど、学部もキャンパスも違ったため一度も遭遇したことはない。


運ばれてきたビールとお通しを前にしても、黙ったままテーブルの上を見つめる康介を促しジョッキを持ち上げる。軽く彼のそれにコツンと合わせて一方的に乾杯を済ませると、半分くらいを一気に飲み干した。


(プハーッ!うんまい!!)


滅多にこういう所で飲むことはないけど、久しぶりの外飲みに一人テンションが上がる。私は残りを一気に飲み干すと追加のビールを注文した。


「飲まないの?」


徐々に泡が消えていくジョッキを掴んだまま、微動だにしない彼の扱いにどうにも戸惑う。


(気まずいなぁ…)


何とか話の糸口をつかもうと様子を窺っていると、彼の左手の薬指に光るリングが目に留まった。




「あれ?康介、結婚したんだ」





本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。


本日もブックマーク頂きありがとうございました。励みになります(*^_^*)


次話もどうぞよろしくお願いします。

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