165 苛立ち王子と囚われの乙女
「ステラが行方不明とはどういうことだ!!見張らせてた護衛はどうした!!」
エリオットの怒号が王太子宮に響く。
「も…申し訳ございません!まさかあのように人目の多い場所でこんな事になるとは…」
降誕祭最終日。
ステラが突如姿を消した。
在庫の「アルテイシアの星」を取りに向かったまま、いつまでたっても戻らない彼女を心配したリリアが様子を見に行くと、広場近くの物陰に散らばったクッキーと彼女の髪飾りを見つけた。
それから丸3日。ステラの行方は今だにつかめていない。
「連れてこい」
「は…っ?」
「その間抜けな護衛を今すぐここへ連れてこい。僕の手で首をはねてやる…」
「で、殿下…っ!」
「まあまあ。落ち着いてください、エリオット様」
後ろに控えていたチェスがあきれたように宥める。
「落ち着いてられる訳ないだろう!!今この時もステラがどんな目に遭っているか…っ!それでもお前はそんな事が言えるのか!!」
「あなたが取り乱してどうするんですか。それにここで護衛の首をはねたところで、ステラ嬢が戻ってくるわけではありません。今こちらにヴィクターが向かっています。彼を待って対策を考えましょう」
「なにを悠長な事を…っ!もういい!!これからダンフォードの屋敷に乗り込むぞ!!兵を集めろ!」
「エリオット…」
その時だった。
「エリオット殿下に申し上げます!!」
一人の侍従がノックもそこそこに慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
「何事だ!!今は大事な会議中だぞ!!」
侍従はそんな殿下の剣幕にも構わず、呼吸を整えると姿勢を正した。
服装の色から察するに王妃宮に仕える者のようだ。
「王子が…第三王子カイル様が…つい先ほど身罷られました!」
「なに…っ!」
遡る事2日前。
スチュアートに攫われた私が目を覚ましたのは、見覚えのない一室だった。
「つっ…あたま…いた…っ」
攫われた際に嗅がされた何かのせいだろうか、それとも寝すぎのせいなのか…滅多に感じた事のない頭痛に苛まれる。
ゆっくりと体を起こすとジャラリと何かが音を立てた。
「重っ……なにこれ…」
見ると片足首と両手首が壁から伸びる太い鎖でつながれている。
私はふぅ、息を吐くと顔を上げた。
頭上の高窓から見えるのはきれいな満月。射し込んだ光が青白く室内を照らす。
(夜か…あれからどれくらい眠ってたんだろう…)
寝かされていたベッドから起き上がり周囲を見回す。
円形に積まれた石造りの室内には必要最低限置かれただけであろうベッドとテーブルがあるのみ。テーブルの上には水差しとビスケット、それに大きな燭台が一つ置かれている。壁には簡単には壊せそうにない木製のドアと高窓、幅の狭い両開きの腰高窓が一つずつ。
私は立ち上がり鎖を引きずりながら窓に近づく。長くとられたそれのおかげで室内は自由に動き回る事ができた。
「うわっ……高っっ」
押し開けた窓からヒンヤリとした夜風が入り込む。
見下ろした眼下は驚くほど地面が遠かった。
(さすがにこの高さじゃ逃げるのは無理かな…)
月明かりに照らされてぼんやり浮き上がった地面には枝だけの低木が見える。広大な敷地に整然と並んだそれらはまるで果樹園のようだ。
部屋の作りからある程度予想はしていたが、ここはどこかの屋敷に作られた塔の中の一室のようだ。
しかも強固な作りの大きな塔。装飾の一切ない外壁には、足場になりそうなくぼみ一つ見当たらない。
窓を半分だけ閉め再びベッドに腰を下ろす。
(みんな心配してるだろうな…)
薄れゆく意識の中、あの場に髪飾りを置いてきた。リリアならおそらく私に起きた異変に気付いてくれるだろう。
(それにしても…邪魔だな、この鎖)
ジャラジャラと音を立てる太い鎖。
(っていうかこんなに太い鎖にする必要ある?猛獣じゃあるまいし…)
憤慨しつつ胸元からストールピンを外すと手枷の鍵穴に差し込んだ。
カチャカチャ、カチャ…ガチャリ。
ものの数秒で錠が外れる。同じようにもう片方の手枷と足枷も外し、一息ついた。
(昔っから得意だったのよね。こういうの)
元はテレビで見た、怪盗物のアニメのヒーローに憧れて練習したのがきっかけだった。
ステラに生まれ変わってからはなぜか人買いに攫われることが多かったから、その都度このスキルを使って逃げ出していたけど、当時は何で自分がこんな技術を持っているのか不思議だった。まさか前世からの素養を引き継いでいたとは思いもしなかったけど…。
アレンと一緒にいるようになってからはそういう事も減ったけど、男爵家に引き取られるまでの間もこの技には大変お世話になった。
(アレンか…。元気かな…)
ドアの向こうからガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえる。
入ってきたのはスチュアートだった。
「やあ、ステラ。目が覚めた?ごめんね。本当はこんな形で君を縛り付けたくないんだけど…逃げられたら困るから……って…あれ…?君、手枷は…?って言うか何してるの?」
椅子に腰かけ、ビスケットと水で腹拵えをしている私を見て、スチュアートが呆然と目を見開き、固まった。
「外した」
「外した…って。え…?」
私と放置された鎖を交互に見比べる。
「何なの…その特技…」
「そんな事より他に食べるものないの?これっぽっちのビスケットじゃ全然足りないんだけど…。もっとお腹に溜まるものくれないと暴れるわよ」
じろりと睨みつけるとスチュアートがあきれたようにため息をついた。
「君…この状況でよく食べ物が喉を通るね。分かってる?攫われてきたんだよ。普通は泣くとか喚くとかしない?仮にも令嬢なんだからさ。僕ちっとも楽しくないんだけど…」
「あんたを楽しませてどうすんのよ。勝手にこんなとこまで連れてきたくせに。とにかくなんか食べさせて!お・な・かすいたっ!!」
「…ははは…そうだね。で…何食べたいの?」
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