164 王妃と宰相の悲しい過去
バーナードの話はパイロンの悲しい恋の物語だった。
彼の父パイロンとベアトリーチェが初めて会ったのはこの地マールム。当時の当主ベルゲンと「アルテイシアの呪い」の定期視察に訪れたのが最初の出会いだったという。時にパイロン17歳、ベアトリーチェ10歳。
パイロンは勝ち気で奔放なベアトリーチェに徐々に惹かれていく。そしてベアトリーチェもまた彼を好ましく思っていた。
それから5年の月日が流れ、パイロンは自分の思いを…将来ベアトリーチェを妻に迎え入れたい旨をベルゲンに申し入れる。
けれどベルゲンは、それを許さなかった。
ベアトリーチェの父でもあるマールムの領主と画策し、彼女をウェズリー家の下働きとして文字通り売り払った。急に行方が分からなくなったベアトリーチェをパイロンは必死になって探した。
なんの足取りもつかめないまま月日は過ぎ、あきらめのつかないままパイロンは、父親の言いつけに従い侯爵家の令嬢と婚約することになる。そして数年後、彼女と婚姻を結ぶ。
だがその翌年、偶然にも彼はベアトリーチェと再会を果たす。しかも最悪な形で…。
ボロボロになった彼女を屋敷に連れ帰り、大きい塔に隠した。誰の目にも触れさせないように…。今度こそ守ってやれるように…。
やがて彼女は一人の女児を出産する。そして、真相を知ったパイロンは父であるベルゲンを……。
「……」
明かされた真相に、かける言葉が見つからない。
「父は壊れてしまったんだ。僕が生まれるずっと前に…」
バーナードが悲しそうな顔で微笑む。
「愛のない結婚に母は僕を生んですぐ自ら命を絶ちました。父の頭には彼女しかいない。彼女の望みを叶えるためだけに今を生きている」
「王妃になりたいと…彼女がそう望んだという事か?」
「……」
それならやはりベアトリーチェも同罪。例え過去に何があったとしてもそれは臣下として裏切りでしかない。
バーナードはしばらく考え込むように黙っていたが、やがて静かに言葉を紡いだ。
「カリスタ嬢を出産後、彼女はひどく心を病んだそうです。そして父に対して罵詈雑言を並べ立てひどく罵ったそうです。王妃になりたいと言ったのは単純に…父を困らせたかっただけだったんだと思う。絶対に不可能な事を望めば父の罪悪感を更に煽る事ができるから。でもそれは間違いだった。父はその言葉を本気にした。彼女の望みだったから…」
「……」
「もう誰にも父を止める事はできない。たとえベアトリーチェ様でも…」
「お前はなぜそんなに彼女と親しいんだ。彼女のせいでお前の両親は…」
「ベアトリーチェ様は、母が死んでからずっと僕の事を気にかけてくれたんだ。それが罪悪感からくるものだったとしても僕は嬉しかった。彼女の事…今では母のように思ってる」
「……」
過ぎてしまった時間を巻き戻すことはできない。もしあの時、ベルゲンが二人の仲を許していれば…こんな悲劇は起こらなかったのではないだろうか…。
そう思うと遣り切れない。
「パイロンが…ステラを狙う理由は何なんだ…?」
その質問にバーナードが目を伏せる。
「アレクは…カイル王子をご存じですね?」
「オレの腹違いの弟だ。ベアトリーチェの息子。第三王子カイル=ラングフォード」
「彼の命の炎は今まさに消えかかってる。おそらくもう…長くはない」
「……!」
「父はステラ嬢の白魔力で王子を救いたいんだ。そして覚醒した彼女の力でベアトリーチェ様の故郷であるこの地の負の遺産『アルテイシアの呪い』を消し去ろうとしている。僕がそろそろ使い物にならなくなるから…」
「……どういうことだ?」
その時、バーナードの体がぐらりと傾いた。玉座から滑り落ちる彼を慌てて抱きかかえる。
「どうした!!しっかりしろっ!!」
「ごめん…。ちょっともう…」
その瞬間、オレの後ろに控えていた兵士がパンッと音を立てて弾けた。驚くオレの目の前で兵士たちが次々と泥の山に変わっていく。
「どうなってる…」
バーナードは苦しそうに眉をゆがめると小さな声で静かに語る。
「兵士は全て…僕の作った泥人形だよ。ここにはもう生きている人間は僕しかいない…」
「……っ?!」
「僕が…ここに来たのは5年前…。急速に呪いの力が強まり、瘴気が広がるこの地を押さえるために…。僕には…その力があったから」
「パイロンの指示か?」
バーナードがこくりと頷く。
「父は…生まれてから一度も僕を…見てはくれなかった。そんな父が…初めて僕を認めてくれた気がして…期待に答えたかった」
バーナードの思いに触れ胸が苦しくなる。
「僕が来た時点で…既に領中に瘴気が蔓延してた。大地から力を借り丘陵地まで瘴気を押し戻したけど、既に領民のほとんどが死に絶えた後だった…」
「……っ」
「屋敷は更にひどい状態で…、錯乱した領主の凶行によりそこら中血の海で…。数えきれないくらいの死体が転がり、息もできないほどの悪臭…あれ以上の地獄を僕は知らない…」
フフッと力なく笑うバーナードをオレは力いっぱい抱きしめた。
「もういい…バーナード…。5年間、一人でよく頑張ったな。お前はすごいよ…。でも…もういいから。これ以上無理をするな。ここから先はオレに任せろ。ありがとな…幼いお前に苦労をかけた」
その言葉に、
「ふぇっ……うっ…」
バーナードの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
声を上げて泣く姿が幼子のようで、オレはもう一度彼を抱きしめた。
「…急いでください、アレク。父はもうステラ嬢を手中に収めています。彼らは無理にでも彼女を覚醒させようとするでしょう。白き乙女の覚醒は記憶。思い出したくない記憶を無理に引き出そうとすれば彼女の心が壊れてしまうかもしれない。早く戻ってください。でないと彼女の身が危ない…」
「……っ!」
本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
次回よりステラのターンに戻ります。
終話に向けてラストスパートです。
次話もどうぞよろしくお願いします。




