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160 オレと王妃と秘密

一週間お待たせしました。再開します。

アレンのターンです。

早駆けの馬で3日。


たどり着いた地はロクシエーヌ王国の東の端、マールム領。

ここはロクシエーヌ始まりの地とされる歴史深い領地であると同時に、「アルテイシアの呪い」と呼ばれる、瘴気に侵された不毛の大地を有する呪われた地でもある。


そしてベアトリーチェの出生の地とされる領地。



現王妃、ベアトリーチェ=ラングフォード。



母であるルイーズ=ラングフォードがオレと同じ「()()」として亡くなった翌年、王妃の座に就いた侯爵家令嬢。それまでの数年間、母の侍女として仕えていた記録が残っているもののそれ以前の経歴については全くの闇。どこで生まれ、育ち、どんな半生を歩んできたのか…真実を知る者を探し出すことは困難を極めた。


ヴィクターの手を借りて手に入れた身上調査書には、


【出自、某侯爵家令嬢、幼少期より某国に留学】


そう記されていた。


ところがである。

調査を進めるうち、それらがすべてでたらめである事が分かった。

彼女の出自とされる某侯爵家は、当の昔に爵位を返上し一族郎党行方知れずとなった家門である事が判明。また幼少期より留学していたとされる経歴も、当時の入出国の書類に彼女の名前はなかった。


明らかな不正。経歴詐称である。


出世という欲に駆られた者はどこの時代にもいる。王妃という地位を手に入れられれば、権威という力を振るい人々を思いのままに従わせることができる。欲に取りつかれた人間にとってそれは何よりも魅力的で甘美な果実であることは間違いない。


通常なら、こんなでたらめな身上調査書がまかり通るはずがない。

それなのに簡単に見逃されてしまったその理由(わけ)


現在我が国において国政を司るのは、歴代の宰相の中で最も聡明とされるパイロン=アドラム。


三大公爵、アドラム家の現当主であり土の魔法を操るこの国の宰相。27歳の時、前当主ベルゲンの不慮の事故により当主と宰相職を継いだ若き公爵。

優し気な面差しに輝く銀髪、カナリートルマリンのような若干のグリーン味を帯びた黄色の瞳。魔法力は歴代の当主の中で最も弱いと揶揄される事もあったが、聡明な頭脳と判断力で国政を支え続けてきた人物だ。


そんな彼がこんな明らかな不正を見逃すとは到底思えない。

となれば、()()()()()()()()のだと考えるのが自然。


考えられるのはひとつ。


(そのトップが、この企ての張本人だったということ)


パイロンとベアトリーチェ、両者の企てた陰謀だとオレは推測する。


しかし疑問は残る。三大公爵筆頭という立場にあり、既にこの国のトップと言っても過言ではないパイロンが今更権力におぼれる理由がない。そうなれば疑いの目がベアトリーチェへと向かうのは自然なこと。


(なにか弱みでも握られているのだろうか…。そもそもこの二人はどういう関係にあるのか)



オレは二人のつながりを調べるため、当時を知る人物をくまなく捜し歩いた。


彼女の出自について精査したとされる文官、彼女を王妃宮に推挙した当時の侍従長、選任した侍女頭…。彼女が王宮に上がるために関わったとされるありとあらゆる人脈を辿ったが…結果、一人として会う事は叶わなかった。


それらすべてが失踪、もしくは事故や病で急逝していたからだ。


口封じ…。


そんな言葉が頭をよぎる。



調査は行き詰った。


ところが手がかりは思いがけない所から手に入る事となる。







「あんただろ?王妃について調べてるってのは…」


下卑(ひげ)た笑みを浮かべて近づいてきた男に視線をやる。


酒場のカウンター。

グラスに口をつけたオレを覗き込むと、男は乱暴に隣に腰を下ろす。


「なんの話だ…」


「へへっ。惚けるなよ。ちょっと噂んなってるぜ。王妃の事を嗅ぎまわってるイイ男がいるって」


男はオレのフードを持ち上げると舌なめずりをした。


「知りたいんだろ?持ってるぜ、あんたの知りたい情報…」


息がかかるほど間近でしゃべられ思わず顔を背ける。酒臭い息がたまらなく不快だ。


「いくらだ」


「金か?そりゃもちろん頂くが、なんならこっちで払ってもらってもいいんだぜ?」


そう言ってオレの太ももに手をかけ、撫で上げる。


「……内容による。まずは、話せ」


「そうだな…今から20年以上も前になるか…。俺は某男爵家で下働きをしていたあの女を見た事がある」


「…間違いないんだろうな。ガセだったらその首貰うぞ」


「信じる信じないはお前さんの勝手だ。俺は別にいいんだぜ。決めるのはあんただ」


オレは立ち上がり、男を促す。


「来いよ…」








「…うっ…く…っ」


荒く息を吐く男を横目に、手の甲で唇を拭うとオレは立ち上がった。


「さあ、話せ。時間がない」


「…お前、慣れてんなぁ。折角だから最後まで楽しもうぜ…」


ヤツの指が尻を撫でる。


「調子に乗るな。ここで死んだら金の使い道がなくなるぞ」


男の首に短剣を突き立て、冷たく睨む。


「ははっ!わかったよ。そんなに睨むなって」


男が降参と言ったように両腕を上げる。短剣をしまい、近くにあった木箱に腰を掛けると男を促した。


「どこの男爵家だ」


男はやれやれと言った風に息を吐き首を振ると、壁に寄りかかった。


「ウェズリーって男爵家、知ってるか?王都(ここ)から東に一日くらいの所にある領地だ。オレは昔、その屋敷で馬番の仕事をしていた。そこで下働きをしていた娘がベアトリーチェという名前だった」


「間違いなく王妃なのか?」


「あの目立つ赤毛、それに顔だって本人だ。間違いない。あれはベアトリーチェだ」


男が自信ありげに言い切る。


「当時、俺と一緒に働いていた馬番がもう一人いた。そいつ、ベアにひどくご執心だったんだが、あるパーティー以降そいつも彼女も屋敷から姿を消しちまった」


「姿を消した?」


「まあこれは俺の勝手な想像だが…おそらくベアトリーチェに手を出したんだろう。それで反撃されて殺された。あの日は王都から公爵たちを招いて盛大なパーティーが開かれていたから使用人が足りなくてな。みんな屋敷の方に持ってかれちまって裏方は手薄だったんだ。そこをついて連れ込んだんだろう。翌日馬小屋が血まみれだったのを見た時は、流石の俺も肝が冷えたぜ」


「死体は?」


「なかった。でも外に向かって引きずった跡があった」


「なぜそれだけでベアトリーチェが生き残ったと思う?彼女が殺されたとは思わなかったのか?」


「それならあの男が消える理由がねーよ。初犯じゃなかったからな。面の皮の厚いクソみてーな男だったから女を殺したくらいで逃げるようなタマじゃねぇ。十中八九殺されたのはあの男だ」


「……」


仮にベアトリーチェがその男を殺したとして、自分より大きな男を引きずり出す事が可能だろうか…?


「まあ、見なかったことにしてきれいに掃除しといてやったがな」


男ががははと笑う。


「なぜ?領主には報告しなかったのか?」


「んなことして俺になんの得があるんだよ。それに俺は馬番だ。まじめに仕事をして何が悪い」


「すまない…そうだな」


腕を組んで睨む男にオレは素直に謝った。


「馬鹿か。なに素直に謝ってんだ、ジョークだよ。何て言うか…いい女だったんだよ、ベアトリーチェは。物言いはきつかったが年下の仕事を手伝ったり、自分の食事を分けてやったり。納得いかない要求には屋敷の連中にも食って掛かってよ。よく殴られてたんだ。だから逃げられるんだったら逃げちまえばいい。そう思っただけさ」


「男爵家に来るまではどこに?」


「さあな、あいつ自分の事は何にも話さなかった。ただ…よくリンゴを見てたな」


「リンゴ?」


「ああ。屋敷の裏庭に一本だけ植えられたリンゴの木があったんだよ。これがまた食えた代物じゃないんだ。小さくて酸っぱくて色も悪い。その上硬いから鳥だって寄りつきゃしなかった。そんな木をよく眺めていたな」


「……リンゴ」


考え込むオレを、背後から男が抱きすくめる。


「なあ、これだけ話しゃもういいだろ?残りのネタ代払ってくれよ…最後まで…いいだろ?」


耳元でささやきながら男の手が股間に伸びる。

オレはその手を両手で挟み込むと…一気にひねり上げた。


「いててててっっっ…っ!!」


男が悲鳴を上げて地面にのたうち回る。


「調子に乗るなと言っただろう。度が過ぎると不敬罪で首を取るぞ」


オレは男の目の前に、金貨の入った袋を投げ落とした。


「礼は言う。だがこの件について他言するな。それから…これを元手に真っ当に生きろ。お前はおそらく、悪い奴じゃない…」




本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。


アレンのターンしばらく続きます。


次回もどうぞよろしくお願いします(*^_^*)

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― 新着の感想 ―
[一言] アレンがまさか売りみたいな事をしていたのが すごくびっくりしました。
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