159 私と彼と願い札
今日行われるはずのイベントが、ことごとく規模縮小となり、メイン広場は思いのほか人が多い。
広場の外周を囲むように天幕で区切られた店舗には、様々な業種の商品が所狭しと並んでいる。美しい反物を売る店があるかと思えば、精巧な細工を施した小間物を売る店、アクセサリーに化粧品、この国では見た事のない珍しいお菓子やカットフルーツを売る店もある。
(うわぁ、全部見て回りたい…っ!!)
お祭り大好き女の血が騒ぐ。
「ステラさん。こっち!こっちですよ」
リリアに腕を掴まれ、後ろ髪をひかれる思いで泣く泣く後に続く。
「うわぁ、すごい…」
慣行に従い料理部に与えられた区画には、学校から貸与された平台のワゴンが既に設置されていた。
その後ろには高さ10mはあろうかと思われるトウヒの木がそびえたち、白灯熱石製のイルミネーションとたくさんのオーナメントが飾り付けられている。
「今年はイルミネーションを変えたそうよ。ロウソクも趣があってよかったけど、これが夜、どんなふうに見えるのか楽しみだわ」
アンネローゼ様が楽しそうにふふっと笑った。
広場の中央では、学園の間伐材を使って井桁型に組んだ焚き火台の設置が急ピッチで進められている。通常のキャンプファイヤーより一回り以上大きく組まれた台は、火を入れたらきっと迫力のある姿を見せてくれるに違いない。
広場と通路の至る所に設置されたミニワゴンには予め、木でできた星型の願い札と筆が用意されている。各々が思いを込めて書いた願い札は、最終的に大篝火にくべられ、天高く聖女へと願いを届ける。
私たちはワゴンにクロスをかけ、角型の浅いバスケットにクッキーを並べていく。試食用のクッキーは籐かごに移し、自由に食べてもらえるようにした。
「あの…それ、今年の『アルテイシアの星』ですか?」
偶然通りかかった二人の令嬢に声をかけられた。
「はい。もしよかったらお味見していきませんか?」
そう言って差し出した籐かごにはあふれんばかりの小さな星形のクッキー。
「まぁ、かわいい」
それぞれが手を伸ばしクッキーをつまむ。
「わっ!なにこれ…すごくおいしい!」
「ホント…。なんでこんなにサクサクしてるの?これホントにクッキー?」
「あの…っ!もう一つ食べてもいいですか?」
この二人をきっかけに、ワゴンの周りには徐々に人が集まり始める。
試食を勧めると大抵の人が素直に手を伸ばし、びっくりした顔を浮かべた。
「これがクッキーなのか?いや違うだろ。こんな食感のクッキー、俺は知らないぞ」
「君、その『アルテイシアの星』はなんだい?真ん中には何が入ってるのかね」
一人の紳士がそんな風に質問してきた。
「これはクッキーの中心にキャンディーを薄く溶かしたものが入っています。ステンドグラスを意識しましたが味は保証しますよ。ご試食頂いたサクサククッキーとシャリシャリと砕けるキャンディーの食感が面白いと思います。よろしければお一ついかがですか?」
その言葉に紳士の喉が上下する。差し出した『アルテイシアの星』を受け取ると
「いくらだ?」
と聞く。
「一つ銅貨3枚です」
紳士は財布から銀貨1枚を取り出すと3枚の『アルテイシアの星』を買ってくれた。
それが呼び水となり、バスケットに続々と手が伸びる。
(これ…夜までもたないんじゃないの…)
500枚も焼いたクッキーだが、噂を聞きつけた人たちも駆けつけ、それらは飛ぶように捌けていく。
リリアとアンネローゼ様が交代で取りに行ってくれたクッキーのコンテナが次々と空になっていった。
日が傾き、白灯熱石のイルミネーションがトウヒを照らすころには、バスケットのクッキーはほぼ完売状態となっていた。
「ステラさん!すごいです!!自分たちで作ったクッキーがこんなに売れるなんて!信じられません…っ!」
リリアが興奮気味に私の両手を握る。
「うん、私もびっくりした。ねえ、クッキーこれで最後?なくなっちゃいそうだけど、もう在庫はないのかしら?」
「確かあと一ケース、部室に残っていたと思うわ。持ってきましょうか?」
アンネローゼ様がそう教えてくれた。
「いえ、私が行ってきます。申し訳ありませんがお店番お願いできますか?」
辺りが暗くなるにつれ、周りの店舗にも徐々に灯りが入り始める。学園で準備した白灯熱石の灯りとは別に、各店舗で灯すロウソクの光がオレンジ色に輝き始める。
(さすがにちょっと疲れたなぁ…)
昼過ぎからずっと、途切れることなく続く客足に笑顔の接客を心掛けてきた。ここにきて頬の筋肉のこわばりに気づく。
(顔が痛い…。ちょっと張り切りすぎたかな)
ほっぺの周りをグリグリと揉みしだく。その動きにつられたのか、私の元気な腹の虫がエサを求めぐぅぅぅ、と鳴き出した。
(そう言えば、お昼から何にも食べてなかった。これを売り切ったら屋台でなんか買ってみんなで食べよう)
部室から最後のコンテナを持ち出し外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。正面に見えるトウヒの大木は少し離れたこの場所からでも眩しく輝いて見える。
それを見ていたら少しだけ感傷的な気分になった。
(降誕祭…楽しかったなぁ)
みんなと作った『アルテイシアの星』に殿下とアンネローゼ様の演奏会。新しい出会いに剣術大会、それにイルミネーション。
あの当時、ずっと憧れていたすべてのモノがこの3日間につまっていたような気がする。マンガや小説で疑似体験したことはあっても、実際には一度も参加したことのなかった学園祭。一緒に楽しめる友達なんて一人もいなかったあの頃…。
(まさか自分がこんな風に学園祭を楽しめる日が来るなんて思いもしなかった)
それだけでもこの転生は価値のあるモノだと思える自分がいる。
「来年もまた、こんな風にみんなと過ごせたらいいな…」
そう独り言ちる。でも…、
(今度はアレンも一緒がいい。楽しい事はやっぱりアレンと分かち合いたい。これまでずっとそうしてきたように…)
今ここにいない彼の顔が頭に浮かぶ。
(来年はもしかしたら、手の届かない人になってるかもしれないけどね…)
行く先に星の願い札の置かれたミニワゴンを見つけた。私は1枚の星形を手に取り願いを記す。
(おばあちゃんになるまで生きるって言うのは、願いじゃなくて決意だから聖女に願うまでもない。私の願いはいつだってたった一つ…)
夢中になっていて、うっかり周りへの配慮が疎かになった。
無意識に後ろに踏み出した足と背中に、誰かがぶつかる。
「あ…ごめんなさ…」
慌てて振り返ろうとした私の耳元に聞き覚えのある声が響く。
「久しぶり。ステラ…」
この声…
まさか……。
声の相手が私の顔を両手で包む。その顔は見覚えのある顔で…。
思わず体が震えた。
「しばらく見ないうちにまたきれいになったんじゃない?これも白魔力のおかげなのかな?」
ブルーグレーのストレートの髪に濃ブルーの瞳、しかし、いつもの壊れかけの眼鏡はそこにはなく、代わり片目を覆うのはエンジ色の眼帯。
「スチュアート…」
「元気そうでよかった。あの時死んじゃってたらどうしようかと思ったけど…杞憂だったみたいだね」
「その目…どうしたの…」
「ああ、これ?君の事刺して逃げた時に炎の魔法士にやられた。ひどいね、あいつ」
めくって見せた眼帯の下には、ケロイド状に盛り上がった皮膚と白く濁った眼球。
私は思わず目をそらした。
「あれ以来、こっちの瞼が下がらなくて困ってるんだ。よかったら治してくれない?君の力で」
「ふざけないでよ!!自業自得でしょ?!っていうか離してっ!」
手を振り払い、その場を逃げ出す。
でも、あっさりと腕を掴まれ、後ろから羽交い絞めに抱きすくめられた。
「冷たいなぁ。以前はそんな事言わなかったのに…。でも、まあいいや。今日はね、君の事迎えに来たんだよ。もう時間がないんだって。だから早く連れて来いって『あの方』が」
「あの方って誰なのっ!っていうか離して!」
幾らもがいても彼の腕は外れない。
「行けば分かるよ。いい子だから大人しくして…ね?」
耳元でささやかれ、鼻と口をハンカチで塞がれる。次第に薄れていく意識の中、かろうじて動かせた左手で自分の髪に触れた。
意識を失い、力なく崩れ落ちる私をスチュアートが担ぎ上げる。
「大丈夫。大人しくしてれば殺させることはないと思うよ。多分…だけどね」
そして…
私はそのまま、学園から連れ去られた…。
本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
とりあえず、一旦ここで区切らせて頂きます。
次回よりアレン視点のお話になりますが、ちょっと内容が複雑なため1週間ほどお時間を頂戴したいと思います。
ここまでのお話で感想、評価等頂けましたら幸いです。
次回もどうぞよろしくお願いします。




