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158 私と婚約者たちの思い

降誕祭三日目。最終日。



私はリリアと二人、料理部の部室兼荷物置き場と化した室内でクッキーの搬入準備に追われている。



本当ならば今頃、馬術部の大会に顔を出しているはずだったのだけど…、



大いに盛り上がった昨日の剣術大会のおかげで、馬術大会並びに演奏会は規模縮小という形で取り行われる事となった。



(人の欲が良識を奪う…。そういうのってどこも世界でも変わらないんだな)



剣術大会決勝での殿下の雄姿はアッという間に学園中に広まった。


()()、普段穏やかで微笑みを絶やさない貴公子が見せた、凛々しくも冷然とした姿に女性たちは熱狂し、たちまちファンが急増した。

当日会場に入れなかった女性はもちろん、殿下に対してなんの興味もなかった「にわか」と呼ばれるファンも登場し学園は大騒ぎとなった。そこに、




「翌日の馬術大会と演奏会にも殿下が参加するらしい」




という情報が瞬く間に広がり、前日であるにも関わらず馬場と講堂には多くの人(主に令嬢たち)が詰めかけた。夜間の入校は禁止されているにもかかわらず徹夜組まで現れ、学園側とすったもんだの騒ぎになったようだ。


事態を重く見た学園側が当日の入場に制限をかけ、関係者以外の立ち入りを禁止したことにより騒ぎは何とか収まったが、殿下は馬術大会への出場禁止、演奏会のトリの演奏も別の人間に差し替えられることになってしまった。


殿下は不満そうに文句を垂れ流していたけどこればっかりは仕方ない。


(ローレンス様も昨日の試合で怪我をして今日の馬術大会は棄権されたそうだし…ね)


勝敗を決したあの胸への突きは予想以上の強打だったらしく、鎖骨と肋骨が数本折れていたそうだ。本人は大丈夫だと言っていたけど、直後の顔色と脂汗は尋常じゃなかった。


(祭りが終わったら様子を見に行こう。治してあげられるかもしれないし…)


自分の意志で魔力を使ったことはないけれど、コントロール力を試すにはいい機会かもしれない。


(実験するみたいで申し訳ないけど、これができればもっとみんなの役に立てるようになるかもしれない)


折角授かった力だ。使えるようにならないとそれこそ宝の持ち腐れだ。





「ステラさん。こっちの準備はできましたけど、どうします?もう運びますか?」


「そうね。ちょっと早いかもだけど、量も多いし運んじゃおっか」


その時、



コンコンコンッ



扉をノックする音が聞こえた。

どうぞ、と声をかけると控えめに開いたドアから顔をのぞかせたのはアンネローゼ様だった。


「入ってもいいかしら?」


「ええっと…どうぞ」


お世辞にもきれいとは言えない室内に入ってもらうのはなんだか申し訳ないが、断るのも本意じゃない。


「多分ここにいるんじゃないかと思って。お邪魔だった?」


「いえ大丈夫です。今日は殿下と一緒じゃなくていいんですか?」


「エリオットは招待客のお相手をしているの。一日ヒマになったんだから仕事をしろってチェスが…」


「…そうなんですね」


(この間から思ってたけど、エリオット殿下ってチェス様には頭が上がらないみたい。なにか弱みでも握られてるのかしら?)



「これを運ぶの?私も手伝うわ」


「あ、いえ。アンネローゼ様にそんな雑用をさせるわけには…」


仮にも未来の妃殿下にこんなことをさせるわけにはいかない。


「いいから手伝わせて。私もみんなと同じことがしたいの」


アンネローゼ様がクッキーのつまった木製のコンテナを持ち上げる。


「それじゃあ、お願いします。どうせ一度では運べませんから持てるだけで構いません。現地の設営をして残りは在庫を確認しながら都度運びましょう」


この後の予定を説明しながら、クッキー以外の持ち物、設営に必要な什器(じゅうき)やクロスなんかを小脇抱えていると私をじっと見つめているアンネローゼ様と目が合った。


「どうかしましたか?あ、重かったですか?だったらこっちと交換しましょう」


そう言って小脇に抱えたクロスを渡そうとすると「そうじゃないの」とアンネローゼ様が首を振った。


「ステラはすごいなと思って…」


「え…?」


唐突に言われ、思わず聞き返した。


「私と同じ年なのに何でも一人で出来てしまうあなたを本当に尊敬するわ。お料理に関する知識もそうだけど、今みたいにわかりやすく指示を出すこともできる。人を許すことも、甘えさせてあげる事も…気を使う事もできる」


「…どうしたんですか、いきなり」


「私ね、ずっとあなたに言いたかったの。あなたに出会えて本当によかったって。本当だったらあなたとは何の接点もなくそのまま学園を卒業していたはず。…エリオットがいなかったらきっとあなたの存在すら知らなかった」


「…ですね」


確かに殿下がいなかったらアンネローゼ様とこんなに打ち解ける事はなかっただろう。


「エリオットね…最近とっても楽しそうなの。今までずっと一緒にいたけどあんなに笑う彼、見たことないわ。笑ったり怒ったりわがままを言ったり…きっと元々はそういう性格だったんだと思うの。でもそういう当たり前の事をずっと我慢してきたのを私は見てきた。わかっていたけど…私には何もしてあげられなかった。ただ側にいる事しかできなかったの」


「アンネローゼ様…」


「それにね、最近事あるごとに『幸せだ』って言うの。彼がそんな風に思えるようになったのはきっとあなたのおかげだと思う。本当にありがとう。ステラ」


アンネローゼ様はそう言って私に頭を下げた。


「…アンネローゼ様は…いやではないのですか?」


「…?」


アンネローゼ様が首を傾げる。


「その…殿下が私と親しくすることが…いやではないのかなぁと思いまして…」


普通、自分の婚約者が他の女を気にかけたり話したりしていたら嫌なんじゃないのだろうか。現に私だって、康介が告白されたり誰かと楽しそうに話しているのを見るだけで心に影が落ちた。


すると、アンネローゼ様はフフッと笑った。


「嫌じゃないわ。むしろその逆。エリオットがあんな風に心を開くのはこれまで私とチェス、それにもう一人の側近のダイスだけだったの。それでも、いつも気を張り詰めていて…。でも、ステラと過ごすようになってから彼、なんだか肩の力が抜けたみたいなの。それは私も同じ。私もずっと自分の事が好きじゃなかったから…。ステラにかわいいって言われて、笑っている顔が見たいって言われてすごく気が楽になった。ありのままの自分を認めてもらえた気がしてすごく嬉しかったの。だから彼とあなたが楽しそうにしていると私も嬉しくなる。これって変なのかしら…?」


「…変じゃありません!!」


それまで黙っていたリリアが急に話に入ってきた。


「…リ、リリア?」


「わ、私も同じです!!私もずっと自分に自信がなくて…いつもおどおどしている自分が大っ嫌いでした。だからローレンス様がステラさんの事を好きになるのも仕方ないってあきらめてたのに…。ステラさんはそんな私を本気で叱ってくれて…変わるきっかけを作ってくれました。ステラさんがいたからちょっとだけ自分の事が好きになれたんです。私、ステラさんの事大好きです!だから仮にローレンス様とステラさんが抱き合っていたとしても、キスしていたとしても、絶対いやな気分にはならないと思います!!」


「…いや、それは当然怒るべきだし、なんならひっぱたいてもいい事だと思う」


でも、


二人がこんな風に私の事を思ってくれていたなんて思いもしなかった。前世からずっと、失敗ばっかりの人生だと思ってたけど


(ちゃんと私も成長出来てるんだな)


そんな自分を褒めてあげたくなった。



本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。


剣術大会と演奏会共に殿下は不参加となってしまいました。

殿下のバイオリン、ちょっと聞いてみた気もしましたが、いつかきっと内輪で聞かせてくれると思います。

次回はようやくクッキー販売です。降誕祭の冒頭が128話だったのでだいぶ長く引っ張ってしまいましたがようやくです。お待たせしました。


それでは次回もどうぞよろしくお願いします。

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