15 私と愚痴と新商品
「という訳でね、あの子私にブスって言ったのよ。あまりに清々しくって大笑いしてたらメイドさんに変な目で見られちゃった」
晩餐の後、私はアレンの新しい住居である使用人棟に来ていた。
窓枠に肘をついてニコニコしている私を、アレンは眉間を指で押さえながら「またか…」とあきれた顔で見ている。
「…あのね、ステラ…。君自分の立場分かってる?」
「わかってるわよ。だから建物には入ってないでしょ」
私は今はお嬢様だからね。使用人部屋には勝手に入らないわ。それくらいの常識はあるんだからね。
「そうじゃなくて…。こんな夜遅くに一人で外をウロウロする令嬢がどこにいるの?」
しかもここ、使用人棟だよ…と深ーくため息をつかれた。
ああ、そっちか。
「そうね…、これからは気をつけるわ」
アレンは私の頭をポンポンッとたたく。
「それで?ルーカス様のこと、ステラはどうしたいの?」
「う―ん、そうねぇ。とりあえずは放っておくわ。彼の事情は私に関係ないし。余計なお世話をやいてあげるほど親しい存在でもないしね。でも、かかってきたら容赦はしないけど」
「……悪役みたいだね」
悪役か…これがゲームや小説のヒロインだったら親身になって話を聞いて励まして心の氷を溶かしてあげるところなんだろうけど、これまで読んだ話の中にそんな風に甘やかされて自立した男が果たしていただろうか。少なくとも私の読んだ本の中では記憶にない。結局最後はヒロインに依存するかヒロインのためにだけ生きていくような描写が多かった気がする。でも現実は自分を受け止め、自力で立ち上がるしかないのだ。
「まあこれから家族になるんだし。仲良くなれる努力はするわ」
アレンは私の頭をくしゃくしゃっと撫でると、窓枠に片手をつき、ひらりと乗り越えた。うわ~なんだろうこの王子様感。何しても絵になる男の子に成長したわね。おばちゃんはうれしいよ。
「お屋敷まで送っていきますよ。お嬢様」
恭しく右手を差し出してくる。ふふっと笑って私はその手を取った。
「それではお願いしますわ」
翌日からルーカスは必要以上に私に接触してこなかった。でもね、視線は感じるのよ、ずっと。私からは絶対話しかけないけどね。それに私だってこう見えて結構忙しい。今までスラムでは生きるすべしか学んでこなかったから、これから学校に入るまでの2年の間にどこに出しても恥ずかしくない素敵なレディに仕上がらなきゃいけないんだもの。とりあえず、女性貴族の嗜みとしての社交儀礼や礼儀作法、テーブルマナーは勿論のこと、社交話術に刺繍にダンス、算術に歴史等々、男爵家の恥にならないための努力は惜しむつもりはない。むしろ学ばせてもらえる事はありがたい事だ。だからね、無駄な時間なんてこれっぽっちもないのよ。……普通だったらね。
でもここで、私のチートな能力がいかんなく発揮されることになるわけで…。
私ステラ、もとい紗奈は前世で例の彼と別れた後、自分を見直しかつ自分自身の力で男に頼らず生きるため、ありとあらゆるスクールに通い、資格試験、検定等を受けまくりそれはもう様々な資格を取りまくったのです。それは基礎教育から文化教養、事務・スキル系に語学、調理その他もろもろ…覚えてるだけで検定証は50はあったはず。だから学ぶ事に関してそんなに苦労はしていない。しいて言えば歴史くらいかな。こればっかりは一から覚えないといけないから。
でもね、ここでまたルーカスの機嫌が悪くなっちゃったわけよ。
ルーカスも11歳の子どもにしては相当できる子で理解力も努力も半端ない。だけどね、どうしても私にはかなわないわけ。しかもスラム上がりの私に負けちゃうもんだからもう敵意が5割増し。これどうやったら仲良くなれるの?とは言え私も手を抜くつもりはないし。
ちょっと息も詰まってきたので男爵様にお願いしてソフィアおばあちゃんのところに行かせてもらうことにした。フレンチフライのワゴンの方もちょっと気になってたし。
3か月ぶりの里帰りでちょっと気持ちが弾んだ。アレンと二人御者席に座る。
「…ステラの席はここじゃないよ」
「いいじゃない。ここの方が景色がよく見えるんだもん」
アレンがはーっとため息を吐いた。もう、最近のアレンはちょっと小言が多い。
平民街を通りかかるとアンナとジョアンがポテトを売り歩いているのが見えた。おーいと声をかけると
「ステラ!!」
「ステラおねーちゃん!!」
二人が私に駆け寄ってくる。
「どう?順調?」
「うん!今日はもう2箱売ったよ!」
とジョアン。
「私は一つ!!」
「うん!!二人ともすごいね!!」
アンナが私の前に指を一本つき出す。
そこに、
「ステラ~!ステラじゃないかぁ~」
ふいに聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと後ろからニョキっと顔の横に腕が現れる。そしてそのまま後ろから抱きしめられた。振り返るとヘイデンさんが目尻を下げて立っていた。
「ヘイデンさん!」
「久しぶりだなぁ、ステラ。元気だったか?どうだ?男爵家は。いじわるされてないか?」
「久しぶり!!大丈夫、みんな優しくしてくれてるよ」
「そうかそうか、それは何より…ってアレン何しやがる!!」
抱きしめながら私の頭に自分の頬をぐりぐり押し付けてくるヘイデンさんをアレンが無理やり引きはがした。
「ステラはもう男爵家のご令嬢ですから。あまり失礼なマネはしないでください」
「お前…っ!…ちょっと見ない間に更に生意気になったんじゃねーのか?」
二人の間に不穏な空気が流れる。あれ?二人とも仲よくしよう…ね?
「あ、あのね。実はみんなに相談したいことがあったの。ちょっと商会に寄って行ってもいい?」
「ソフィアさんのとこはいいの?」
「おばあちゃんのとこはこれが終わってからでいいわ」
「俺はかまわないぜ。ちび共はどうする?来るか?」
「行く!!」
「いく!!」
商会に着くとヘイデンさんは私たちを応接室に案内してくれた。私とアレンは何回か来たことがあるけど、ジョアンとアンナは初めてなんだろう。辺りをキョロキョロ見回してる。
「フレンチフライもだいぶこの国に浸透してきたじゃない?そろそろ新商品を販売してもいいんじゃないかなと思って」
「新商品?なんか考えてるのがあるのか?」
ヘイデンさんが商売人の顔になる。
「ふふっ実はね、ずっと前から考えていたんだけど《コロッケ》を作ってみたらどうかなって」
「「「コロッケ?」」」
「そう。言葉で説明しても分かりづらいから実際作ってみたいんだけど。ヘイデンさん。キッチンを借りてもいい?それと材料も準備してくれると嬉しいんだけど」
材料を伝えると小一時間ですべてのものをそろえてくれた。
お願いしたのはジャガイモ、玉ねぎ、豚のひき肉、あとは卵に小麦粉、パン粉、塩と胡椒。パン粉は手に入らなかったので、商会にあった古くてカチカチになったパンをおろし金でおろしてもらった。
まずはジャガイモをふかす、もしくは柔らかくゆでる。その間にみじん切りにした玉ねぎとひき肉を炒め塩胡椒で味を調えておく。柔らかくなったジャガイモをつぶして炒めておいた玉ねぎとひき肉を混ぜて小判型に成形。小麦粉、卵をくぐらせてパン粉をつけて揚げれば…、
「これがコロッケよ!」
うす茶色にカラッと揚がったコロッケを紙に包んでみんなに渡す。
「あつあつだから火傷には気を付けてね」
みんな初めて見る《コロッケ》をじっと見つめる。アレンだけが躊躇いなく口に運んだ。
「はっ!はふっ!!あつ!!うまい!!」
そんなアレンを見てみんなもそれぞれ口に運ぶ。
「うわっ!!なんだこれ!すげーうまいな!!」
「ほんとだ!おいしい」
「おいしい!!」
そうでしょうそうでしょう!!何度も言うけど糖と油は正義なの。そこにお肉が加わったらそれはもう無敵なのよ。あー、ホントにおいしい。そして久しぶりの味に脳が幸せホルモン、セロトニンを出しまくってるわ。ソースがあったらなおよかったけど、このままでも十分おいしい。
「そろそろフレンチフライ一択も厳しいでしょ?コロッケはおやつにもなるしパンに挟めば手軽な食事にもなるわ。加工工場で成形までやってもらってワゴンで揚げるだけにすれば手間は今とそれほど変わらないと思うし。どうかしら?」
「うん、いいんじゃねーのか。値段は?どうする?」
「うーん、若干手間がかかるからその分上乗せしたいところだけど、庶民の味!って感じで売り出したいからコロッケ単品銅貨1枚、パンに挟んだら銅貨2枚ってとこかしら」
「肉を使うんだろ?安すぎやしないか?」
「大量に仕入れる代わりに安くしてもらえば問題ないわ。そこはヘイデンさんの腕の見せ所ってことで。あとは薄利多売でお客さんの心をつかみましょう」
その後もいろいろ打ち合わせをして、問題があれば都度相談という事で話し合いを終え、私たちは商会を後にした。帰り際にヘイデンさんに「よくこんないろんなこと思いつくな」と感心されたけど、これも私のアイデアではないので…。考えた人ごめんなさい、またまた勝手に利用させていただきます。
次話投稿は本日19時を予定しています。
よろしくお願いします。




