157 殿下のやきもちと真剣勝負
会場の準備ができたと報告を受け、殿下が軽く手を振りながらその場を後にする。
いよいよ決勝戦。
殿下とローレンス様の一騎打ちまで、もうまもなくだ。
「き、緊張してきました…」
リリアが胸の前でギュッと手を握る。それにつられて私も拳を握りしめた。
(どっちが勝ってもいいけど、とにかく怪我だけはしないで欲しい…)
ファンファーレと共に、会場の左右から先ほどとは違う装いに身を包んだ両者が登場する。と、騒然としていた会場が一層沸きあがった。黄色い嬌声が2割、いや5割増しで轟く。
「なんで、二人とも着替えたんですか?」
ふと湧いた疑問を、両手で耳を塞ぐチェス様の耳元で張り上げる。
するとチェス様は私の耳元に唇を寄せ、
「その方が盛り上がるからです」
と言った。あっそ…。
でもその言葉は、どうやらウソではないようで。
何気なく見回した客席には、力なく崩れ落ち意識を失った年若い娘たちの姿と、普段のツンと澄ました顔が想像できないくらい気が狂ったように叫びまくる令嬢たちの姿を確認することができた。
(イケメンの破壊力ってどこの世界でも偉大だね…)
向かって左側から姿を現したのはローレンス様。先ほどの王道騎士といういで立ちから打って変わり、いうなれば暗黒の騎士のような装いに目を瞠る。黒い細身のパンツに黒のアーマーブーツ、ピッタリ目の黒の上衣には美しい銀糸の刺繍。胸には皮と金属プレートで作られたショルダーアーマー。
「あれ?ローレンス様が鎧を着てる」
なんとなくつぶやいた一言を、チェス様が拾い上げた。
「力量の差を自覚してるんでしょう。誰だって怪我をするのは嫌ですからね」
「……」
対して右側から現れた殿下は金の縁取りをあしらった黒のジュストコールに同色のベスト、首にはロイヤルブルーのアスコットタイとおよそ剣術大会にはふさわしくないいで立ちで姿を現した。
「これはまた…」
チェス様がなぜかニヤニヤとしている。
「何ですか…?」
「いや、煽ってくるなぁと思いまして」
「煽る?」
「いえ…、いい所を見せたいんでしょう。あなたに」
「…?」
言っている意味がよくわからない。
「…そんな恰好で戦えるんですか?」
試合直前、ローレンスがエリオットに話しかける。
「無理かな…?」
「いえ…殿下の腕前でしたらなんの問題もないかと。ですがあの…私何か…殿下のお気に障るようなことをしてしまったのでしょうか…?」
勘のいいローレンスが不安そうにそう言う。
そう彼は別に何も悪い事はしていない。ただこれは…、
(僕の勝手なやきもち)
ステラの過去を調べていくうちに、ローレンスが以前ステラに告白していたという事実を掴んだ。しかも婚約者がいる身で、だ。
(それだけならまだしも、ステラもちょっとだけこいつの事をいいと思っていた節がある。そんなの絶対に許せない)
自分だって婚約者がいるくせに何を言っている、と思う自分もいる。でも
(僕のこの気持ちは恋愛感情ではないから問題ない)
勝手な言い分である。
結局ステラには告白を断られ、今はリリア嬢との仲を深めているようだが、それはそれでなんだか腹が立つ。
(一度ステラの事を好きだと言っておいて、すぐに別の令嬢に心を移すなんて…ステラの事なんだと思ってるの?)
だから今日のこれはただの腹いせであり、勝手な八つ当たりだ。
(ローレンスには申し訳ないけど、ステラにいいとこ見せるために君には引き立て役になってもらうから。それくらいで許してもらえるんだから感謝して欲しい)
またしても勝手な言い分である。
「別に君は何もしてないよ。ただこの方が盛り上がるかなと思って。手加減はしないけど大丈夫だよね?」
自慢のファルシオンソードを顔の前で縦に構える。それを見たローレンスが愛用のバスターソードを両手で構えた。
「殿下と剣を交えるなど光栄でしかありません。力の限りお相手いたします」
審判が旗を大きく掲げる。
「それでは試合!開始!!」
振り下ろされたと同時に、わぁぁぁという歓声が場内を包む。
そんな喧騒の中、当の本人たちは時が止まったかのように微動だにしない。
(殿下はともかく、ローレンス様だったらリーチも長いし先手必勝で一撃入れられそうな気もするんだけど…)
ど素人の浅はかな考えをチェス様が一蹴する。
「あーあ、えげつない事しますね。ただの剣術試合なのに…。あれじゃ動けない」
「…?」
(どういうこと…?)
チェス様の言葉の意味は分からないけど、明らかにローレンス様の様子がいつもと違う。額に汗が浮かび、なんだかひどく焦れているように見える。
そんな中、殿下がゆっくりと剣先を下げた。
そのタイミングですかさずローレンス様が切り込む。さっきの試合のように軽く躱すのかと思いきや、殿下はその剣を真正面から受け止めた。
キ――ンッ
金属同士のぶつかる音が高く響く。
2人が間近に顔を突き合わせ、刃がガチャガチャと音を立てる。お互い一歩も譲らぬ攻防の末、ローレンス様の方が力負けした。
剣を弾かれ一歩下がったローレンス様を、間髪置かずに殿下が追う。その目にも止まらぬ速さに思わず息を飲んだ。
(殿下すごい…。っていうかメチャメチャかっこいい……っ!)
振り上げた剣を素早く返し連撃で攻め立てる殿下。その激しい攻撃に徐々に追いつめられるローレンス様。それらをギリギリで受け止めつつも徐々に後退せざるを得ない。
「くっ……!」
ローレンス様が苦しそうに顔をしかめた。
すると、
殿下がパッと後ろに退く。かなりの間合いを取って剣を構え直すと、左の手の平を上に向け煽るように手招きをした。
その挑発するような仕草にローレンス様の目つきが変わる。
「あ、もうダメですね」
とチェス。
なにが?!
って、どっちが?!
一人だけわかってる風のチェスにイライラするも、成り行きを見守ることしかできない。
ローレンス様が一気に間合いを詰め、力任せに剣を振り下ろす。それを殿下が左に交わしたところで、ローレンス様の剣が左下から薙いだ。
キ―――ンッ
甲高い音を立てて殿下の剣が空高く跳ね上がる。
高々と上がった剣は空中でくるくると回転し、日の光を受けてまぶしく光る。
一瞬…ほんの一瞬だけローレンス様が空を見上げた。そしてすぐさま目の前の殿下に切りかかる…。
しかし、
そこに殿下はいなかった。
ほんの数秒、動きを止めたローレンス様がハッと息を飲み素早く振り返る。
その胸に、殿下のファルシオンソードの柄が激しく決まった。
胸を押さえて蹲るローレンス様の喉元に、殿下の剣先が光る。
「僕の勝ちだね」
涼しい顔でほほ笑む殿下に、ローレンス様が首を垂れた。
「……参りました」
その瞬間、湧き上がる大歓声。
「勝者!エリオット=ラングフォード殿下!!」
(すごい…。殿下ってこんなに強かったんだ…)
「まあ…順当でしょう。力の差は歴然でしたから」
「そうなんですか?」
「誰が剣を教えていたと思ってるんですか。私ですよ。当然です」
「……そうですか」
最後の一言さえ言わなければいいのに。
「さあ、殿下が戻ってきますよ。頑張っていましたから、いっぱい褒めてあげてください」
殿下が会場の真ん中から満面の笑顔で手を振っている。
それに答えるように、アンネローゼ様と二人、手を振り返した。
本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
剣術大会終了しました。
戦闘シーンの描写ってホントに難しいですね。ファンタジー系の作品を書いてる方は本当に尊敬します。
うまく伝わっているか不安ですが、感想等頂けると嬉しいです。
次回は降誕祭3日目です。本来なら馬術大会と演奏会に足を運ぶ予定でしたが…という内容でお送りします。
どうぞよろしくお願いします。




