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156 殿下とローレンス様と戦法

カンッ!!


キー――ンッ!!



刃のぶつかる音が会場中に鋭く響く。

2人刃がせめぎ合い、剣を合わせたまま一歩も譲らない。


(上背のあるローレンス様の方が明らかに有利なのに、あのシリルって人全く動かない。それどころかローレンス様が押されてる?)


私のその見立てが正しいのかはわからないが、徐々にローレンス様の体が後ろに反っていく。

上半身を立て直しつつ、そのまま膝をつくのかと思った瞬間、ローレンス様の剣がシリルの剣を横にいなす。


「あ…っ!」


その一瞬をつきローレンス様が態勢を立て直す。その隙を見逃さず即座に切りかかるシリル。腹部すれすれを横に滑る剣の軌道を華麗に(かわ)しローレンス様がもう一度、下から上に剣を振り上げた。


一進一退の攻防が続き時間だけが流れる。二人の息が荒くなり、冬だというのにキラキラと汗が飛び散る。


先に動いたのはローレンス様だった。


シリルの一瞬の隙をついて、ローレンス様が間合いに飛び込む。(ひる)んだシリルがたたらを踏むのを見逃さず、一気に剣を薙ぎ払った。シリルの手を離れた剣が遠く地面に突き刺さる。


「勝者!ローレンス=アークライト!!」


審判が高々と旗を上げた。

一斉に湧き上がる歓声。


ローレンスは尻もちをついたシリルに手を貸し引っ張り上げると強く握手を交わした。


(はぁぁ…っ!なんて素敵なの、二人とも…。いいなぁ…若いって…。青春万歳…っ)


自分が見た目15歳の少女だという事はこの際忘れる。

横にいるリリアに目をやると瞳がハート形になっていた。





ローレンス様の試合の余韻も冷めやらぬまま、次の試合の準備が始まる。会場のコンディションが整ったところで、出場者の二人の名前が呼ばれた。



その途端、




ギャ――――――ッ!!




と、


大地をも震わすような黄色の嬌声が響き渡った。



(な、なにごと…)


咄嗟に抑えて守ったはずの両耳がキンキンと耳鳴りを起こす。


それは会場の中央に殿下が歩みを進めた事で納得がいった。



(これは……、さもあらん…)



真っ白な上衣の襟周りに施された黒と銀の華やかな刺繍。ローレンス様とは異なり、胸元には大きな黒のクラバットを紅玉色のリングタイで止めている。膝上までの白いロングブーツは返しの部分のみが黒くやはり繊細な銀の刺繍が施されている。


(揺るぎない王子感……半端ない)


これは…間違いなく誰が見てもかっこよい。

ゲームや漫画に出て来る王子がまんま3次元に飛び出したようないで立ちに、私も流石に見惚れてしまった。


(これは、アンネローゼ様の方が大変そうだ…)


ちらっと横目で彼女を見る。そんな私の心配を余所にアンネローゼ様は紅茶をすすり、試供品のクッキーをおいしそうに頬張っていた。


(流石は未来の王妃殿下…。恐れ入りました)






「さあ、殿下の試合が始まりますよ」


チェス様の言葉につられて会場に目をやる。

殿下と、対戦相手であるクライブが剣を構え、お互いを見据えている。


「それでは試合!はじめ!!」


審判の声が響くのと同時にクライブが仕掛ける。


先手必勝。


まさにその言葉通りの勢いで殿下に切りかかる。その勢いをいなし、身を翻すと2、3歩後退し間合いを取る。その軽やかな様子が美しくて思わず息を飲んだ。


それからも緩急をつけて剣を振るうクライブに対し、殿下は決して自分から攻め込もうとしない。相手の出方を見ながら右へ左へ攻撃をかわし続ける。次第に息が上がるクライブ。反対に殿下の呼吸は全くと言っていいほど乱れていない。


(殿下の動き…戦ってるっていうより、まるで舞踊を舞っているみたい…)


殿下の動きに注視していたクライブが地面のくぼみに足を取られた。相当足に来ているのかもしれない。

その一瞬を見逃さず、殿下が一歩踏み出す。その動きを読んだクライブが殿下の間合いに瞬時に飛び込んだ。


「ああっ…!」


(負ける……っ)


思わず私の口から声が飛び出す。


しかし、


それは全くの杞憂だった。すかさず殿下が身をかがめ一撃を躱す。そのままクライブの背後を取ると首筋に剣を突き立てた。


「ま、参りました…」


クライブが(ひざまず)き、首を垂れる。


「そこまで!!勝者!エリオット=ラングフォード殿下!!」


殿下が静かに剣を納める。そしてこちらに向かって手を上げると満面の笑顔でその手を振った。





「すごいですね…殿下。まさかこんなにお強いなんて思いもしませんでした」


決勝戦の準備のため30分ほどの休憩が挟まれた。その間も続々と人は入り続け、立ち見の観客で通路がふさがる勢いだ。それだけ次の決勝試合が注目されているんだろう。


私たちはチェスの入れてくれたお茶を飲みながら試合開始を待っている。


「しかも自分からは一度も仕掛けることなく、相手の油断を誘って勝っちゃうなんて…ホントかっこよかったです」


「それ、本人に言ってあげてください。ステラ様に褒められるとものすごく喜びますから」


チェスの言葉にアンネローゼ様がうんうんと大きく頷く。


(はいはい。お母さんポジですね。そんな事で喜んでくれるならいくらでも褒めてあげる)


「主は人の顔色を窺がうのが得意なんですよ。あまり勝負事はお好きではありませんが負ける訳にはいかない事も多々ありますので…。賢明であるからできる事ですが、最終的に行き着いた戦い方があれだったわけです」


チェスがちょっとだけ悲しそうな顔をする。


「なに?もしかして僕の悪口言ってるの?」


肩越しににゅっと顔を出され、思わずギョッとした。その手が目の前のお皿からクッキーを一つつまみ口に運ぶ。


「ねえ、ステラ。僕の試合どうだった?」


殿下が子犬のように言葉をねだる。


「すっごくかっこよかったです。お強いんですね、びっくりしました。それにその装いもとても素敵です」


「ふふ、ほんと?嬉しいなぁ。じゃあ次も頑張らないとね」



本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。


本格的に大会が始まりました。実力的にどっちが強いのでしょうか。

ローレンス様は攻守のバランスに優れた方です。一方エリオット殿下は守りからの隙をつく戦法が得意です。戦いが嫌いだからというより性格、もしくは王将として生き残るために身につけた知恵ともいえるかもしれません。

次回はいよいよ二人の決勝戦です。


どうぞよろしくお願いします。

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