155 私と記憶と剣術大会
試合会場は予想以上の人込みだった。
例によって、確保されていた特別席に案内されたが今日はアンネローゼ様が一緒だからとっても気が楽。
殿下が試合の準備のため席を外したためアンネローゼ様と2人で話していると、同じく案内されてきたリリアが隣に座った。
「おはようございます。アンネローゼ様、ステラさん。今日も寒いですね」
「おはようリリア。って言ってももう昼過ぎだけどね…」
「やっぱり混んでますね。今年は殿下がお出になるから、観客3割増しらしいですよ」
「そうなんだ。ねえ、本戦ってどんな感じで進行してくの?」
そう聞く私にリリアがトーナメント表を見ながら説明してくれた。
「エリオット殿下とローレンス様はそれぞれのグループのシードですから決勝までは当たりません。本戦の出場者は10名ですから、早くても4試合目、準決勝からの出場となります」
「そうなんだ。なんだかワクワクするね」
前世ではよく康介の剣道の試合を見に行っていた。と言っても中学に上がる前までの事だったけど…。
勝ち進んでいく度こちらに向かってガッツポーズで笑っていた彼がとっても、
(かわいかったなぁ…)
これは今の私の感想で、当時はそんな風には思ってなかったけど。
嬉しそうに笑う康介を見るだけで、私もなんだか胸がいっぱいになった。
(あれが私の初恋だったんだろうなぁ。ああ、甘酸っぱい…。懐かしいわぁ)
中学に上がってからは家にも試合にも来るなと言われて、二度と会場に足を運ぶことはなかった。
ただ校長室の前に張り出される表彰者にはいつも彼の名前があったのを知っている。横に添えられた写真の笑顔は小さい頃とちっとも変わらず、それを見るだけでも嬉しかった。
(まぁ、ちょっとさみしかったけどね)
康介は真面目な子だったから、私と仲がいい事をからかわれるのが嫌だったんだろう。今ならその気持ちもよくわかる。でも思春期がちょっとだけ遅かった当時の私には戸惑う事しかできなかった。
(そんな彼も、結婚して子どもが二人いるんだって言ってたし…幸せになってくれたんだったら何より…)
あれ…?まただ……。
私…なんでそんなこと知ってるんだろう…。
頭の中が白く煙る。全体がぼんやりと霞んでいるくせに向こうの景色がうっすらと透けて見える。無意識に手を伸ばしてみても靄の向こうには一向に届かない。
やがてその中心に小さな黒い穴が開く。
穴は徐々広がり人ひとり通れるほどの大きさになる。その先には漆黒の闇。
(怖い…)
なぜかそう思った。
でも…、
無意識にその穴に手が伸びる。好奇心なのか義務なのか…。けれど、その穴の向こうにあるものを私は知らなくちゃいけない…、そんな気がする。
「…ラ……ステラ!どうしたの?大丈夫?」
「……っ!」
アンネローゼ様に肩を揺すられ、ハッと我に返る。
「アンネローゼ様…」
「どうしたの?具合でも悪いの?」
「いえ…」
(何だったんだろう…今の…)
このところ、こんな事が度々起こる。昔の事を思い出すたびに私の知らない記憶が頭をよぎる。それなのに何かに邪魔をされて肝心なところが思い出せない…。
(ものすごく大事な事を忘れてる気がする…)
ぼーっとしている私を、アンネローゼ様が心配そうな顔で見つめる。「大丈夫です」と笑顔を作ったところで突如大きな歓声が上がった。
いつの間にか試合が始まっていたらしい。
闘技場を2つに分けた試合会場では既に初戦の勝敗がついていた。向かって左の会場では赤銅色のチュニックに短髪の男性が剣を高々と掲げ勝利を喜んでいる。左の会場では黒ベストの男性が同じように大声を上げていた。
2戦目も見ごたえのある勝負だった。簡易的な鎧をつけてはいるものの、剣は本物の長剣を使用している。切られれば当然怪我もする。
「痛い…っ。みんなもっとちゃんとした鎧をつければいいのにっ。見てる方が痛い…っ」
そんな私の言葉に、いつの間にか近くに来ていたチェスが耳元で話す。
「甲冑フル装備での出場も可能ですが本戦出場者はまずしませんね。より軽装での参加が強さのアピールポイントになりますから」
まあ、確かに甲冑ガチャガチャさせながらの戦いは格好よくはないだろうけど。
っていうか、なんで耳元でささやくの…っ。
「さあ、3回戦です。この試合の勝者がお二人の準決勝の相手になりますよ」
3回戦はこれまでで一番長い試合になった。
力量が均衡しているせいだろう。結局この勝負では初戦に見た赤銅色のチュニックの男と長髪を後ろで束ね天鵞絨色のロングチュニックを着た男が勝利し準決勝に駒を進めた。
「短髪の方は剣術部の元部長で3年のクライブ。侯爵家の子息です。殿下の相手はこちらですね。長髪の方はシリル。伯爵家の令息です」
「お詳しいんですね」
チェスがスラスラと名前を上げる。
「OBとしてたまに練習をみているので」
そうなんだ。
「お二人ともとても強かったですが、殿下とローレンス様は大丈夫でしょうか?」
2人には怪我して欲しくないなぁと思ったのだけれど。
チェスは私をちらっと見てクスっと笑った。
「まあ…大丈夫でしょう。正直レベルが違いますから」
チェスが言った言葉は大きな歓声によりかき消された。
準決勝からはそれまで2つに区切られていた会場が1つになり1試合ずつ行われる。最初に出てきたのはローレンス様だった。
「うわぁ…。めちゃめちゃカッコイイ…」
袖口に向かって大きく膨らんだ白いブラウスに銀糸で刺繍を施した濃紺のベスト。タイトな黒いパンツに同色のアーマーブーツ。チェス様の言った通り、身を守る鎧の類は一切身につけていない。それが自信の表れなんだろう。胸元にもリボンやネクタイの類はなく、ローレンス様にしては珍しく大きく開襟している。その姿が妙に色っぽい。
そう思ってるのは私だけではないらしく、歓声の9割が黄色い嬌声。
(やっぱり、リリア大変そうだ。頑張れ、リリア!)
当のローレンス様は対戦相手の長髪の男シリルと笑いながら何か話している。
同じ部の仲間だからきっと普段は仲がいいんだろう。
審判の男が旗を掲げる。
2人は距離を取り、剣を構えた。
本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
ステラ(紗奈)には康介がらみで無意識に封印している記憶があります。
それは力の覚醒と大きく関係していて…。
試合の方も次回ローレンス様と殿下の試合が始まります。
戦闘の描写って難しいですね。勉強になります。
次回もどうぞよろしくお願いします。




