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154 私とチェスと温もり

降誕祭二日目。




昨日のチェス様のおかげで人間不信に陥った私…。


詐欺だ…。


だってどう見てもあれは十代前半の顔でしょ。肌だってつるつるピカピカでニキビ跡一つなかったし、あんな愛くるしい笑顔20歳過ぎた成人男子にできる訳ない…。


「くそぅぅ…騙された…。失礼な事いっぱい言っちゃった…。恥ずかしい…」


枕を抱え込み、ベッドの上でのたうち回る。


(もっと早く本当の事言ってくれればよかったのに…っ。あれ絶対面白がってた。チェスめ…なんていい性格していやがる…っああ、恥ずかしい!!)


あの後、土下座で謝る私にチェス様はひどく慌てた様子で「頭を上げてください!」とか「調子に乗りました!」とか言っていたけど、私は最後まで頭を上げられなかった。


(はぁ…今日もチェス様と会わなきゃいけないのに。恥ずかしくて顔見られないじゃん…どうしてくれんのよ、もう…)


そんなこんなで午前中は寮の自室でグダグダと時間を潰す。とはいえ約束したからにはローレンス様とエリオット殿下の応援には行かなくてはいけない。


「はぁぁぁ、行くかぁ…」


のろのろと着替えを済ませ「憂鬱」を背負い外に出る。


と、寮のエントランスを出たところで白い息を吐きながら静かに立っているチェス様を見つけた。


「チェス…様…?」


声をかけるとチェスがこちらに顔を向ける。鼻と頬が真っ赤になり、唇には全くと言っていいほど色がない。


(うそ…っ!いつから待ってるの?!)


「ステラ様。おはようございます」


寒さのせいで口が回らないのか、呂律がおかしい。


「おはようございますって…いつからそこにいらっしゃったんですか?!」


「さあ…ステラ様のご都合が分かりませんでしたので、朝一からこちらに」


「ばかっ!!なんで声をかけてくれなかったのっ!!」


「こちらが勝手に護衛を申し出ているだけですので。ステラ様のご負担になる訳には参りません」


「……っ」


私は羽織っていたストールを外すと急いでチェスの首にぐるぐると巻き付けた。更にコートのポケットから取り出した黒い塊をチェスの手に無理やり握らせる。


「これは…何ですか?とても温かいですね」


「黒灯熱石です。昨日からずっと日に当てておいたのでしばらく温かいと思いますよ」


「これが黒灯熱石ですか…。でも…それではステラ様が風邪をひいてしまいます。私は慣れてますからご心配には及びません」


そう言って石を返そうとするチェスの手を押しとどめる。


「こんなことに慣れないでください。それに…私の方こそご心配には及びません。こんなこともあろうかとたくさん仕込んでありますから」


私は昭和の変質者よろしくコートの前をガバッと開く。そこには手ごろな大きさの黒灯熱石がゴロゴロとぶら下がっている。


「ちょっと重いのが難点ですが、寒さに比べたらマシです。っていうか…」


私はチェスの頬を両手で包み込んだ。


「こんなに冷たくなるまで外で待ってるとか、ほんとやめてください!そういう気使いは迷惑です!」


「じゃあ…昨日の事、許して頂けますか…?」


私の手に自分の手を重ねながらチェスが言う。その手もまた氷のように冷たい。


「許すも何も…別に私は怒ってません。ただ…ちょっと会わせる顔がないというか恥ずかしいというか…」


ゴニョゴニョ口ごもってしまうのが情けない。でも私のその言葉にチェスがフッと笑ったのがわかった。


「殿下があなたの事を気に掛ける理由が…わかるような気がします」


「え?」


囁くような彼の言葉がうまく聞き取れなくて思わず聞き返した。


「いえ、何でもありません。それにしても…温かいですね。あなたの手は…」


私の手の熱を奪うように、彼の頬が徐々に温かくなる。

チェスが顔を動かし手の平に彼の唇か触れた。そして目の端に一瞬私を捕らえるとそっと目を閉じる。


(あれ…?なんで今、ちょっと甘い雰囲気になっちゃってるの?)


咄嗟に引いた手を強く握られ、思わずビクッと体がはねる。


「もう少しだけ…このままでいてもよろしいでしょうか…?」






「よろしいわけないでしょ!」



突如。



割って入った声にチェスの手から力が抜ける。私は慌てて体を離すと声の主を探した。


「エ、エリオット殿下……?」


そこにはエリオット殿下とアンネローゼ様、側仕え(左)が立っていた。


「チェスお前…何やってるの?僕が命じたのはステラの護衛だよ。何勝手に口説こうとしてんだよ!」


殿下の口調が普段からは考えられないくらい砕けている。


「いつまで待ってもステラが来ないから様子を見に来てみれば、なんでそんな事になってるの?!ステラに手を出したらただじゃおかないからな!!」


ビシッと指をさす殿下にチェスが肩をすくめた。


「もう見つかってしまいましたか。相変わらず勘だけは鋭い」


「なに…?まさかお前…本気でステラの事…」


「さあ、どうでしょう?」


「く…っ!」


悔しそうに拳を握る殿下。その横でアンネローゼ様が殿下を宥め、側仕え(左)がチェスの頭をグーで殴った。


「あまり殿下を挑発するな。これから試合だっていうのに気がそれるだろう」


「だってかわいいじゃないか。むきになるエリオットは」


あははっとチェスが楽しそうに笑った。





人間関係が複雑すぎる……。





このメンツのパワーバランス、どうなってるの…?


これは…。


(とりあえずなかったことにしよう。 関わったら絶対めんどくさい事になる)


私はこの中で唯一無害なアンネローゼ様の腕を取るとみんなを促した。


「さあ、皆さん早く行きましょう!試合が始まっちゃいますよ!!」



本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。


試合までたどり着けませんでしたが、殿下にとって心を開ける数少ない存在としてのチェスを漸く書くことができました。そのうち二人の物語も書ければなと思っています。


次回より試合スタートです。

どうぞよろしくお願いします。

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