152 私と初めての降誕祭(一日目) 3
1日目が3日目です。次回で1日目終了します。
まもなく始まった演奏会はとても素晴らしかった。
センターに置かれたピアノの前に座る殿下と、その隣にフルートを構えて立つアンネローゼ様。彼らを囲むように座る弦楽器奏者たち。その演奏はとても貴族子女の部活レベルではなく、劇場を借り切ってコンサートが開けるくらいの水準に達していたと思う。
何よりアンネローゼ様のフルートのソロが美しく思わず聞きほれてしまった。
(楽器が弾けるっていいよねぇ。ホント尊敬する。私はピアノ脱落者だからなぁ。音楽の才能はからっきしだった)
いや別に、他に何かの才能があるって訳でもないのだけど、音楽だけは本当にダメだった。
前世の私も多聞に漏れず「みんながやってるから」という理由でピアノを習い始めた事がある。でも腕前はなかなか上達せず、小学校に上がる頃には飽きてやめてしまった。
(一緒に始めた康介は小学校を卒業するまで習ってたなぁ。最後に聞きに行った発表会の康介、すごくかっこよかったっけ)
あの時の康介が殿下と重なった。
(あんな王子様みたいな恰好ではなかったけどね)
当時を思い出し、フフッと笑みがこぼれる。
(康介は頑張り屋さんだったからね。ピアノもそうだし、剣道も。一度自分で決めた事は最後までやり遂げる強い人だった。最後に会った時は確か一級建築士の資格を取ったって言ってたっけ…)
ん?最後に…?
自分の記憶に疑問をもつ。
(最後に会った時って…、私高校を卒業してから一度も康介には会ってないはずだけど。おかしいな?なんで知ってるんだろ?お母さんにでも聞いたんだっけか…?)
また、頭の中に靄がかかる。全体が白くぼんやりとしていて、肝心なところがいつも見えない。
(なんか大事な事を忘れちゃってるみたいな…なんだろう?すごくモヤモヤする…)
「どうかしましたか?ステラ様」
声をかけられハッと我に返る。
「…あ、ううん。なんでもない…わ…って、え?!チェス君?!」
てっきりリリアだと思って返事をしたのに、声をかけてきたのはチェスだった。
「チェス…くん…?」
つい呼んでしまった敬称にチェスが何とも言えない微妙な顔をする。
「あ!ごめんなさい!ルーカスと同い年くらいかなと思ったら急に親近感が湧いちゃって…」
私の言葉にチェスがきょとんとした顔になる。
「ルーカス様とは…確かステラ様の弟君でいらっしゃいますね?」
「ええ、私より2つ下の弟です。と言ってもいつの間にか背も伸びて急に大人っぽくなってしまって…」
しかもしっかりしてるからとても弟とは思えない…なんてことは悔しいから絶対言わないけど!
チェスはふむ、と腕を組んで何かを考えている。と、私の顔を見てにっこりと微笑んだ。
「ではチェスくんと、私の事はそうお呼びください。私はステラ様の事、お姉さまとお呼びしましょうか?」
冗談めかしてチェスが言う。あれ?私からかわれてる?
「いえ…遠慮しておきます」
チェスがフフッと笑った。
「それはそうと、なんでチェス君がここにいるの?」
演奏会が終わり、お手洗いに行くというリリアを外のベンチで待っている所だった。
「私、本日より3日間、エリオット様の命によりステラ様の護衛を言いつかっております」
「へ…?」
突然の事に話が全く見えない。
「護衛ですか…?」
「はい」
「学園祭ですけど…」
「承知しております」
「……」
学園祭に護衛…。聞いたことがない。
断る事は…きっとできないんだろう。
(そんなことしたら、殿下が笑顔で怒ってきそう…)
そんな私の戸惑う気持ちが通じたのか、チェスが少し困った顔をした。
「申し訳ありません、ステラ様。私が一緒では折角の降誕祭を楽しめないと思うのですが…」
「ち、違うの!そういう事じゃなくて…。みんなに迷惑かけちゃってるのが申し訳ないというか…。一人でも大丈夫だって自分では思ってるんだけど、それだけ私が頼りなく見えてるって事だよね。もうちょっとちゃんとしなきゃって反省してただけ」
守ってもらうだけで、誰かの負担にしかならない自分ではいたくない。
とはいえ、スチュアートに襲われ、ミッシェルに突き落とされたのは事実。
(護身術は昔習ってた。これで剣でも使えれば、みんなに気を使わせる事もなくなるのかな)
自分の足で歩いて行かれなきゃ意味がない。
自分の生き方を人に委ね、寄り掛かってなきゃ生きられない自分には二度と戻りたくない。泣いて、人のせいにして自分を肯定する卑怯な自分とは、先輩とお別れをしたあの時決別したはず。
(強い人間になりたい。だから私は泣かない…何があっても、絶対に)
急に黙り込んでしまった私に、チェスが優しく声をかけてくれる。
「迷惑だなどと…私もエリオット様も思ってはおりませんよ。ステラ様は主にとってとても大切な方のようです。そんな方をお守りできるのは私にとって名誉でしかありません。煩わしいかとは思いますが、今しばらく主のわがままにお付き合いいただけませんか?」
そんな言い方をされたら断れるわけがない。
「では…私からもお願いします。この3日間、護衛ではなくお友達として一緒にお祭りを楽しみませんか?」
「お友達として…ですか」
その申し出にチェスが少しだけ困った顔をする。
「私はその方が気が楽です。それでもよろしければ殿下の申し出をお請けします。ダメですか?」
チェスは諦めたように静かに息をついた。
「わかりました。主にはあなたの意に従うように言われています。あなたがそれでよろしいのでしたら問題はありません」
「ありがとうございます。それじゃよろしくね。チェス君」
「承知しました。ステラ様」
握手をしようと差し出した私の手をそっと取るチェス。そしておもむろに足元に膝まづくと手の甲に優しく額を押し付けた。
(うわ…これ…っ。キスされるより恥ずかしいかも…)
上目遣いに見上げられ、思わず固まる。その様子をクスッと笑われ、思わず目をそらした。
(くそ…最近の子は成熟というかなんというか…。年上をからかうんじゃないわよ…っ全く)
そこに、
「ステラさーん、お待たせしましたぁ」
よたよたしながら、ようやくリリアが戻ってきた。
「遅かったわね、リリア」
「ごめんなさい。混んでいて……あと、あんまりよく見えなくて…あれ?チェスさん、ですか?」
リリアが目をこすりながらチェスに近づく。
「そうなの。お友達になったから降誕祭、一緒に見て回ろうかと思って…。いいかしら?」
「わぁ、そうなんですね。もちろんです!」
本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
すみません。悪い癖で長くなってます。次回で1日目終了です。
2日目、3日目はもう少しスピードupをはかりたいと思います。
今しばらくお付き合いくださいませ。
降誕祭終了後はアレン視点のお話が続く予定です。
アレンが今どこにいるのか…。という所からスタートします。
次回もどうぞよろしくお願いします。




