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148 ヴィクターの憂鬱 2

手で口元を覆い落ち着かない様子のエリオット。


それはそうだろう。


9年前、アレクシスを亡くしたエリオットはアンネローゼに出会うまでずっと長い間塞ぎ込んでいた。それだけこいつはアレクシスに懐いていたのだから。


本当ならすべてを話し、安心させてやりたいと思う。


けれど……


アレクシスはそれを望んでいない。


理由は全くわからないが、彼の中ではそれ以上に大切な何かが、どうしても打ち明けられない理由があるようだった。


(エリオットには申し訳ないが、俺はやはりそれを尊重してやりたいと思っている)


俺の一番の忠誠はやはりアレクシスにあるのだ。





「口止めされてるの?」


再びカウチに腰を戻したエリオットが静かな口調で言った。


「……」


「どうして…?」


焦燥と落胆を抑え込み、平静を保とうとする姿が痛々しい。けれど残念ながら俺はその答えを持ってはいない。


「……わからない。でも…オレは待つと決めた。話してくれるその時まで…」


「……そう」


エリオットが深く息を吐く。


おそらく無理やり自分を納得させているんだろう。彼は王太子の座を受け継いでからそうする術を身につけた。




「ステラの幼馴染の従僕は…アレンと言ったか?」


再び固まる俺。自分の性格が心底恨めしい。


「どんな男だ?」


「……エンジ色の髪に…藍の瞳で」


「いい男?」


「ああ、それなりに」


「僕に似てたりして」


「……」


「そっかぁ…」


エリオットに笑顔が浮かぶ。


「この学園にいるんだろう?どうして会わないんだろう」


「それは…」


お前と会う事を避けている、とは口が裂けても言えない。


「僕の事、避けてるのかな」


「……っ!いやっ!そんな事は…っ」


慌てて否定をして墓穴を掘る。

ああ、もう…このまま死んでしまいたい…。


「だから…お前はもう少し嘘をつけるようにならなきゃだめだよ。仮にも王の右腕になる男なんだから」


クスクスと笑うエリオット。その表情はいつもの穏やかな彼に戻っている。


「善処する…」


「うん、頼んだ」


エリオットはテーブルの上のティーセットから色の黒い飲み物をカップに注いだ。


「随分緊張してたみたいだし、喉が渇いただろう。よかったら飲んで」


眼の前に出された飲み物は今まで嗅いだことのない香ばしい香りがする。それでいてホッとするような優しい香り。


「コフィアだよ。飲んだことは?」


「いや…まだないな」


このところ夜はずっと酒だった。短時間に深く眠るためにはそれが一番の特効薬だとここ最近で学んだ。


「夜だし、本当はミルクとか入れて飲んだ方が胃には優しいんだけど…。でも、今日のお前には必要ないよね?」


「は?」


エリオットは俺の眼前にカップを差し出すとにっこり笑った。


「あれ、忘れちゃったの?今日は寝かさないって言ったろ?()には聞きたいことがまだまだ残ってるじゃない。さっきの話は想定外で少し驚いたけど、君がヘマして取り逃したスチュアートという男の話や、そいつが『あの方』と呼んでいる人物の正体、奴らがステラを狙う本当の理由。君ががこれまでに調べてわかっている事をすべて話せ。それまでは絶対に寝・か・さ・な・い・よ?」


口元にグイグイと押し付けられるティーカップ。


それを…


俺は黙って受け入れる覚悟を決めた。



エリオットから強引にカップを奪い取ると中の黒い液体を一気に飲み干す。口内と胃に初めて味わう苦味が流れ込んだ。


「お前の知りたい情報で、俺が持っているものはすべて話そう。但し、中にはどうしても言えない事もある。その件に関して俺は絶対に譲らない。それでもいいか?」


きっぱり言い切ると、エリオットは肩をすくめた。


「…わかった。それでいいよ。ありがとう。ヴィクター」






明け方。


ポットの中のコフィアを全て飲み干したにも関わらず、倒れこむように眠りに落ちたヴィクターにブランケットをかけてやる。

そっとカーテンを開くと、東の空と大地の境界が細く(あかつき)に色づいていた。



(まさか兄様が生きていたなんて……)



掴んだカーテンが小刻みに揺れるのを見て、自分の手が震えている事に気がついた。その手に目をやり、強く拳を握る。


信じられなかった。


もう二度と会えないと思っていた大好きな兄様。強く聡明で、誰にでも優しく、すべての者に平等に接することのできる王の器。何より、輝くエメラルドの瞳がそれを物語っていた。


(僕なんかとは違う)


自分が王の器でないことくらい初めからわかっていた。こんな薄いペリドットの瞳で生まれた僕に次期王なんて務まるはずがない。ずっとそう思っていた。


けれど、


そんな僕を何気ない一言でステラは救ってくれた。


彼女は、自分にとって王太子は僕だけだと言ってくれた。兄と比べる必要はない、僕が今までやってきた努力は無駄ではないと。今まで誰も言ってくれなかったその言葉に思わず鼻の奥がツンと痛くなった。


僕は僕でいいのだと、初めて認められた気がした。




「好きになっちゃったんだよね…たぶん」




本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。


前回に引き続きヴィクター様視点&エリオット殿下視点でお送りしております。

次回はエリオット視点からの考察になります。


次回もどうぞよろしくお願いします。

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