14 私と義弟と口げんか
「という訳でね、男爵様ってただのポンポコたぬきじゃなかったの」
私はアレンの新しい職場である馬の厩舎に来ていた。アレンがあきれた顔で見てくる。
「すぐに君の元に戻るとは言ったけど…、早すぎない?っていうか君の方から来ちゃってるし…」
まだ夕方にもなってないんだけど…、とアレンは馬の背中をブラッシングしながらぶつぶつ言っている。
「だって暇なんだもん」
サロンを出てから特にすることもないので屋敷の中を探検することにした。屋敷は思ったより広かったが体力には自信がある。一階にあるサロンからスタートしビリヤードみたいな台のある娯楽室、調理場に食堂、パーティールームにランドリールーム、二階に上がりそれぞれの私室に客間、応接室に執務室なんかの場所を確認し最後に図書室を見つけた。蔵書量が半端ない。大衆小説から難しい学問の本までなかなかバラエティーに富んでいる。それから外に出て中庭、裏庭をめぐり下級使用人用の別棟を見つけ、今現在厩舎に来ている。たまたま見つけたアレンを捕まえて世間話の真っ最中だ。
「それで、ルーカス様はどうだった?」
はぁ、ルーカスね。
「かわいらしい子だったわよ」
「……思ってないだろ、絶対」
思ってるわよ、見た目はね。私はアレンにルーカスの生い立ちを話して聞かせた。
「それは……かなり歪んじゃったかな…?」
「わかんなけど、私に対する敵意はすごかった」
初対面なんだけどね。嫌われる理由がいまいちわからない。
「まあ、徐々に話してみるしかないね」
「ん?う~ん。う~~ん……っ」
話してくれるかな?
「さあ、僕は仕事があるから君はもう部屋に戻れよ。令嬢が厩の樽の上に座ってるなんて品がない」
アレンが飼い葉まみれになったスカートをはらってくれる。
私はうんうんうなりながら今後のルーカスとの付き合い方について考えていた。
「遅かったね、お義姉さま」
部屋に戻るとソファでくつろいでいたルーカスに声を掛けられびっくりした。
「な、なんでいるの?」
「義姉弟なんだから、別にいいでしょ?」
「それはそうだけど、あんた私と仲良くする気あんの?」
ルーカスが一瞬目を瞠った。
「へえ、普段はそういう口調なんだ」
あっしまった。つい素が出てしまった。ルーカスが立ち上がり私の前まで歩み寄る。
「やっぱり、みんなの前では気取ってただけか。そうだよねぇ。今までスラムに居たんだもん。そんな簡単に品位が身につくはずがないものね」
ルーカスが馬鹿にしたように笑う。
「……私、あなたとは初対面だと思うけど何か気に障る事をしたのかしら?そんなにあからさまに敵意を向けられる程、親しくはないと思うのだけれど」
ルーカスが私を見上げる。まだあどけない顔なのになんだか大人のような顔をするなと思った。
「イザベル様から僕の話聞いたんでしょ?」
「……聞いたわよ」
「それで?」
「それでって?なに?」
「どう思ったの?」
「どう…って」
「……かわいそうだと思ってるんだろ?」
「………そうね。かわいそうだと思ったわ」
なんなんだろう、いったい……。
するとルーカスは悔しそうに唇をかみしめキッと私を睨みつけると思い切り私の腕を叩いた。
「何するの!?」
「うるさい!!同情なんかするな!!お前なんかスラム上がりのくせに!!どうやってこの家に取り入ったんだ!僕はここの当主になるために来たんだ!ここは僕の家なんだ!僕の居場所を奪うつもりならただじゃ置かないぞ!!」
感情的に怒鳴りつけられポカンとした。そして、自分が敵意を向けられている理由がなんとなくわかった気がした。でもね、こんな八つ当たりをしていいわけない。だから、
「……あんた何言ってんの?同情なんかするわけないじゃない!私なんか生まれてすぐに親に捨てられたのよ、しかも墓場に!!それもあんなゴミ溜めみたいな何にもないスラムによ!!私の方がよっぽどかわいそうじゃない!!不幸自慢とかやめてよね!!!」
「へっ…?」
怒鳴りつけたのにその三倍の大きさで怒鳴り返され、ルーカスは面食らって間抜けな声を出した。
「不幸自慢って…別に自慢なんか…してない……」
急に声が小さくなる。
「だったら何?言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!!男でしょ!!八つ当たりとか男らしくないわ!!」
「……っ」
あ、ちょっと言い過ぎたかな?ルーカスが下を向いてなにかぶつぶつ言っている。
「……っい」
「なに?聞こえないわ」
「……っうるさい!!!ブスっっ!!!」
ルーカスは私を突き飛ばすとその勢いのまま部屋を飛び出していった。
突然の事で今度は私が呆然とした。ちょっと言い過ぎたかしら…。
それにしても……、
「ブスって……。久しぶりに聞いたわ、あんな悪口……」
小学校以来だろうか。なんだかとても懐かしい。懐かしくて思わず
「ふふっ!はははっ、あははははっ!!!」
声をだして笑ってしまった。目尻に涙がにじむ。はー面白い。
大人ぶっていてもやっぱり子どもなんだわ…。
(でも泣いてはなかったわね)
部屋の中から聞こえる笑い声に、心配したメイドが遠慮がちにドアを開いた。
「だ、大丈夫ですか?お嬢様」
「ふふふっ、だ、大丈夫です。気にしないでください」
「それならよいのですが…。あのもうすぐ夕食になりますので食堂においでください」
「わかりました。ありがとう」
まあ、なんとかなるかな。と。その時は単純にそう思った。
悪い子ではないんだろう。ただ気持ちを持て余してるだけかな、と。
私はルーカスとの関係を長い目で見ることの決めた。
次話投稿は明日朝6時を予定しています。
よろしくお願いします。




