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147 ヴィクターの憂鬱 1

本日ヴィクター様視点です

「知ってることを洗いざらい話せ」


「……」


王太子宮に移動し王子の寝所に足を踏み入れた途端、エリオットの顔つきが変わった。

一人掛けのカウチに腰を下ろし、俺に睨みを利かす。


(こういう所は、兄弟なんだと実感させられる…)


兄であるアレクシスもそうだが、普段の柔和で穏やかな印象がいかに猫を被っているのかがわかる。

今のエリオットからは俺ですら息を飲むほどの威圧感が漂っている。


「そもそもお前は、いつからステラとつながりがあったんだ」


アレクシスと約束した手前、あいつの事を話すわけにはいかない。

とはいえ、すべてを隠せば勘のいいエリオットの事だ。すぐに見破るだろう。


俺はステラとの初めての出会いからエレオノーラと()()を戻すきっかけを作ってくれた恩人である事、カリスタ追放までの流れをできるだけ詳細に話して聞かせた。


「ふーん、そうなんだ。まさかそんな前からステラと知り合いだったなんて…。なんかすごく悔しいんだけど」


エリオットが不貞腐れたように頬杖をつく。


「でもステラらしいね。木から落ちて来るとか…ふふっ、何やってたんだろう。普通登らないよね?僕も見てみたかったなぁ」


クスクスと笑うエリオット。普段はこんなに他人に興味を持つような人間ではないのに…よほど彼女の事が気に入ったと見える。


「じゃあ、カリスタ嬢の追放の時に彼女がいたのは偶然じゃなかったんだ」


「…ああ」


あの時はアレクシスの入れ知恵もあり、エリオットに手を貸してもらう形になった。

事はまさにアレクシスのシナリオ通りに進み、エリオットの采配でカリスタは追放、取り巻きの令嬢たちの謹慎とグループの解体、エレオノーラの名誉回復と良い事尽くめで事態は収束した。唯一ステラだけがカリスタの投げたポットで怪我をするというとばっちりを受け、本当に申し訳ない事をしたと今でも反省している。


「そうなんだ。じゃあさ、あれは誰の指示だったの?」


当時の事を思い出して自分の世界に入り込んでいた俺は、エリオットの不意を突いた質問に一瞬反応が遅れた。


「……っ」


「ふふ、お前は本当に嘘がつけないね。すぐに顔に出るんだから。誰かの指示だったんだろ?でなきゃ長年ウジウジとカリスタの言いなりになってたお前が、急にあんな頼み事、僕にするわけがない。第一そんな決断力と行動力があればとっくに解決してただろう?誰かに入れ知恵されたと考えるのが自然だ。で?誰なの?その賢いブレーンは」


顔に出る、と言われ思わず自分の顔に触れる。その行動もエリオットからすれば予想通りなんだろう。


「顔を触るな。本当に出てるわけじゃないよ。それで?誰?」


「それは……」


いっそ、話してしまおうか。とそんな考えが頭をよぎる。


あいつが生きていた事をエリオットに話してなにか問題があるのだろうか。エリオットとベアトリーチェ王妃が繋がっているという事は万に一つもない。それは俺が保証する。これだけステラを慕っているエリオットが彼女に危害を与える事も絶対にありえない。だったら正直にすべてを話し協力を仰ぐ方が得策ではないだろうか。それに…、


(何より俺が、この重圧から解放される…)


二人の王子に挟まれる生活が始まってから、正直気が休まる時がない。それぞれから(めい)を受け、気づかれないよう隠密に行動することがどんなに気苦労か。後頭部に「金貨ハゲ」ができたことなど恥ずかしくて誰にも言えない。



しかし、




「すまない……今はまだ……言えない」





気持ちとは裏腹に口が勝手に動いていた。


アレクシスとエリオットを比べるわけではないが、己の身の保証を天秤にかけた結果やはり前者を選ぶ。俺だってやはり命は惜しい。


「そう…」


エリオットが俺から目をそらさず答えた。

背中と脇に尋常じゃない汗が噴き出す。今髪を引っ張ればごっそりと抜け落ちるかもしれない。


「僕は王太子で、僕が命令すればお前に拒否権はないんだけど、それでも言えない?」


言いたい!言ってしまいたい!!でも、そんな事をしたら俺が逝ってしまうかもしれない。


「すまない…。時が来れば必ず話す。だからもう少し待って欲しい…」


それだけ言うのが精いっぱいだった。

エリオットは胡散臭そうに俺を見上げていたが、はぁと盛大なため息を漏らした。


「お前がそれだけ頑なに言わないって事は、お前のブレーンは僕より立場が上の人間、もしくは逆らえない人物って事なのかな。そうなると父上か、義母上か…君の父のマクミラン公の可能性もある。それとも宰相のパイロン公?いや…違うな。お前の忠誠はそこにはない。となるとクローディア姉様…か?」


不覚にも一瞬、自分の体が揺れたのがわかった。


「まさか…アレクシス兄様…なんてことはないよね?」


冗談めいた口調で彼は言った。カマをかけられているのはわかっていた。

でもその試すような口調に思わず、俺の全身が石膏像のように固まる。


(バカか…っ俺は……っ!)


自然な態度を心がけようとしたが体は一向に動かない。それどころか思考も一気にフリーズした。


固まった俺は当然口も開けない。一言否定すれば済む話なのに、喉に張り付いた言葉はそのタイミングすら奪った。ただこめかみを伝う尋常でない量の汗だけが頭から熱を奪っていく。

そんな俺の態度から疑惑を確信に変えたエリオットは思わずカウチから立ち上がった。


「そんな…。兄さまが生きてるの…?まさか…ホントに…?」



本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。


中間管理職…いつの世も辛い立場だと思われます。


次回は明日、続きからの更新となります。

よろしくお願いします。

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