145 私と初めての料理
初めての料理を振舞ったのは幼馴染の康介だった。
振舞ったと言えば聞こえはいいが、所詮は幼い子どもが作ったもの。
見よう見まねで作ったそれはとても料理と言える代物ではなかったが、今となってはいい思い出と言えるかもしれない。
あれはまだ、私たちが小学校に入って間もない頃だった。
幼稚園の頃から家族ぐるみで仲良くしてもらっていた康介のお母さんが交通事故に巻き込まれこの世を去ったのだ。
彼のお母さんには娘のように接してもらっていた私は自分の家族が亡くなったような気がしてとても悲しかったのを覚えている。
でもそれ以上に康介の沈んだ顔を見るのが心の底から辛かった。
私は毎日のように康介の家に通い続けた。
何にもできないけどせめて傍にいてあげたいと思ったから。幼かった私にはそれくらいしか思いつかなかった。
そんなある日、彼がぼそっとつぶやいた。
「お母さんのご飯が食べたい…」
膝に顔を埋め、鼻をすする彼を見て、料理上手だったおばさんの顔が頭に浮かんだ。
そして私の体は頭より先に動いていた。
勝手知ったる久我家の台所。
お米を洗い炊飯器にセットする。その間に戸棚からツナとコーンの缶詰、冷蔵庫からチーズを取り出し小さく刻む。それらを全部合わせて醤油で味付けをし炊き立てのご飯に混ぜ込んだ。熱々のご飯は火傷しそうなほど熱かったけど我慢した。
初めて一人で作った『おにぎり』はひどく不格好で大きさもばらばらだった。それらを海苔で包み、匂いにつられて覗きに来た康介の前に突き出した。
「これ!康介のママがよく作ってたおにぎり。一緒に作ったこともあるからおんなじ味だよ。食べて!」
熱で真っ赤になった両手で差し出すと、彼はびっくりしたような顔をし、おずおずと手に取った。
握りがあまく、持った途端崩れてしまいそうな不格好なおにぎりを慌てて口に運ぶ康介。かじった一口が二口になりあっという間に丸々一つが彼の口に消える。もぐもぐと咀嚼するうちに彼の目から涙が伝い、やがて大声を上げて泣き出した。
それを見た私もつられて泣き出し、彼のお父さんが帰ってくる頃には私たちは泣き疲れて眠ってしまっていた。
それから彼のお父さんが再婚するまでの数年間、私は康介の家に通い続け、時間のある時はご飯を作り一緒に食べた。
(今思えば、あれが料理に目覚めた瞬間だった…)
誰かのために作る、誰かと一緒に食べる。
それだけで、人間って結構幸せな気持ちになれるんだとその時初めて分かった。
(ご飯は誰かと一緒に食べる!たとえ時間がなくったってそれだけは絶対譲れない!)
「ステラ?どうしたの?」
ガッツポーズで空を見つめる私に、殿下が首を傾げる。
「あ、いえ…!クッキーそろそろですかね?出してみましょう!」
挙動不審の私に殿下の首が更に傾いた。
「「わぁぁぁ!かわいいっ!!!」」
リリアとアンネローゼ様が悲鳴のような黄色い声を上げる。
「本当だ…。こんなきれいなクッキー初めて見るよ。今までいろんな国を回ったけどこんな素敵なクッキー見たことない。すごいねぇ、ステラは本当に天才だね」
殿下も興奮気味に大絶賛する。
少し大きめに作られたクッキーの中心に色とりどりに輝くキャンディ。それらは薄くのばされてガラスのように透き通って見える。二色を使ったものは発色よくグラデーションになっていてこれがまたすごくかわいらしい。
「ねえ、ステラ!食べてみてもいい?」
アンネローゼ様が目をキラキラさせて私を見る。
「うーん、どうでしょう?ちゃんと冷まさないとキャンディが固まらないので…」
そう言いながら天板に触れてみる。
「まだ熱いですね。もう少しだけ我慢してください。今お茶を入れますから」
残念そうな三人に苦笑しつつお茶の用意をする。
私たちの話題は自然と降誕祭の話へと移った。
「そっか。ステラは学園の降誕祭は初めてなんだね」
「はい。男爵領の降誕祭は何度か足を運びましたが、王都は初めてです」
男爵領の祭りもそこそこの規模で開催されていたが、やっぱり王都のそれとは似て非なるもの。イルミネーション一つとっても華やかさがまるで違うのだ。
「学園ではいろんな部の方々が大会を催されるんですよね?あ、っていう事はローレンス様も参加されるの?」
リリアの婚約者であるローレンスは馬術部に所属している。
(最近会ってないけど、アルフォンスは元気かな?)
人懐っこくて賢いローレンスの愛馬、アルフォンスの顔が脳裏に浮かぶ。
「はい、馬術と剣術の大会に参加すると言ってました。毎日訓練で夜遅くまで頑張っているみたいです…」
リリアがそっと両手で眼鏡を押し上げる。気のせいか頬が少し赤い。
「そうなんだ。じゃあ、絶対応援に行かなくちゃね」
降誕祭の三日間、クッキーを配る以外特に予定はない。
シンディもセシリアも婚約者が来ると言っていたからそちらにつきっきりになるだろう。我がヴェルナー家に至っては現当主であるコンラット様が、通称魔女の一撃とも呼ばれる「ぎっくり腰」を腰部に食らい、執事のフレデリックさんから不参加との連絡を貰っている。アレンもいないし当日は一人でのんびりと回ろうと思っていたから丁度良かった。
「なに?ステラ、応援に行くの?」
急に殿下が食い気味に話に割って入ってきた。
本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
今回はちょこっと前世の話でした。康介君、苗字は久我君と言います。
初出しでした。
ちょっと中途半端なところで終わっていますが、続きは明日のおやつタイムに更新させて頂きたいと思っています。
次回もどうぞよろしくお願いします。




