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141 私とある令嬢の後悔

「一生……はちょっと無理ね」


「え?」



私の言葉にミッシェルが訝しむように顔を上げた。


「一生恨むなんて絶対に無理。私そんなに長く覚えてられないもん。おばあちゃんになるまで生きるつもりでいるのにそんな長い間この事覚えてるなんて無理ね。私には出来ないわ」


「あなた…何言ってるの?」


ミッシェルが目を見開いて私を見る。


「心から反省してる人間をいつまでも責められないって言ってるの。そんな事に時間を費やすなんてほんと時間のムダ。そんな時間があるなら私はもっと楽しい事をしていたいわ」


「……」


「ほら見て、頭の傷。もう何ともないでしょ?実はたいしたことなかったの。その男の言った事を認めるのは癪に障るけど、丈夫なだけが取り柄なのは本当だしあれくらいの怪我じゃ死なないってのも間違ってない。だから…今回の私の怪我については、もう終わりって事でいいです」


「何言ってるのステラ!ダメだよ!!君がよくても僕が許せない!!」


殿下が立ちあがって私をとがめる。

アンネローゼ様も信じられないと言った顔で私を見ていた。


「もちろん終わりにするのは私の怪我に関してだけです。アンネローゼ様の気持ちを踏みにじった事は許せませんし今だって引っぱたいてやりたいと思ってます」


「私を許す…っていうの?あなたにはいろいろひどい事したのに…」


「私…突き落とされる以外、あなたに何かされましたっけ…?」


「したわよっ!気づいてるでしょ!!あなたに近づくなってアンネローゼ様に言わせたり、厭味もたくさん言ったわ!アンネローゼ様に近づこうとするのを邪魔したりもした…っ」


「あ、やっぱりあれってあなたが言わせてたんですね。アンネローゼ様にしては随分高飛車な物言いだなとは思ってたんですけど…そうでしたか納得しました。まあ、それも別に大した事じゃないです。鬱陶しいなぁと思うこともありましたが、世の中にはもっとひどい事する人だっていますから。あなたにひどい事をされて苦しんだのはアンネローゼ様で私じゃありません。だから悪いと思ってるならアンネローゼ様に謝ってください」


そう、世の中には人の胸に平気で剣を突き刺す男もいれば、ティーポットを投げつけてくる令嬢もいる。突き飛ばされるくらいどうってことない。かわいいもんだ。下が階段じゃなければだけど。


「バカじゃないの…あなた。お人よしにも程がある」


「ふふっ、よく言われます。でもいいじゃないですか。人を恨んで生きるなんて人生がもったいないです。それはあなたにだって言える事ですよ」


その言葉にミッシェルの瞳がフルフルと揺れた。

慌てて俯き、堪えるように下唇を噛む。

そのうち、意を決したようにアンネローゼ様の前に進むと足元に膝まずいた。


「アンネローゼ様…。私これまで…あなたには失礼な事をたくさんしてきました。今更許してもらおうなんて思っていません。どんな罰でも受ける覚悟はできています。本当にごめんなさい…」


アンネローゼ様はそんなミッシェルを悲しそうな顔で見下ろしていた。

そして静かな口調でミッシェルに言葉を向ける。


「ミッシェル…私にとってあなたは生まれて初めてできた友達…そう思っていたの」


「はい…」


「でもあなたはそう思ってはくれていなかったのね」


「……はい」


変に取り繕う事もなく、正直に答えたミッシェル。

その言葉にアンネローゼ様は静かに微笑むと彼女の前に同じようにしゃがみ込んだ。


「アンネローゼ様…?」


彼女の予想外の行動に、意味が分からずうろたえるミッシェル。そんなミッシェルの手をアンネローゼ様はそっと握った。


「では、これから友達になれない?」


「は……?」


「ローゼっ?!」


殿下にしては珍しく声がひっくり返っている。


「あなたは私の初めての友達じゃなかったから、私の初めての友人はステラになったわ。2番目はシンディとセシリア。3番目はリリア。あなたは4番目の友達になってしまうんだけど…どうかしら?」


「何を言っているんですか…?私はあなたを侮辱したんですよ。これまでひどい事をたくさんしてきたのに、どうして?」


アンネローゼ様は優しく微笑むとミッシェルの手を強く握り直した。


「さっきステラが言ってたでしょ?一生人を恨んで生きてくなんてもったいないって。私もね、そう思うの。あなたも知っているように私、人より鈍い所があるし、何でもすぐに信用してしまうし初対面の人とは緊張して態度が悪くなってしまう…そんな悪い所があるの。あなたは嫉妬深くて傲慢で、きっとわがままだわ」


「は…い…否定はしません…」


「欠点が分かっていれば、ある程度は許し合えると思うの。そして嫌な事があればはっきり伝える。何も言わず知らん顔をするのは卑怯だから絶対しない。もっと早くそれが出来ていれば私たちきっと仲良くなれたと思うの。だったらこれからそうしていかない?私もあなたを一生恨んで生きるなんてイヤだもの。あなたもレイチェルも…他の子たちも友達になってくれたらとても嬉しい」


「……っう…」


その時初めてミッシェルの目から涙がこぼれた。 


「ど…うして…っ。どうして二人とも…そんなにお人よしなのよ…。絶対いつか痛い目に遭って後悔するんだから…」


「後悔なんてしないわ。ミッシェルには悪いけど、私の一番のお友達はステラなの。ステラに何かあったら私が真っ先に助けてあげるし、ステラもきっとそうしてくれる。だからきっと痛い目になんか遭わないわ」


「アンネローゼ様…」


その言葉に私の胸もジーンと熱くなった。前世ではこんなことを言ってくれるような友達は死ぬまでできなかった。そんな私にこんな素敵な友人ができるなんて夢にも思わなかった。


「全く君たちは…」


それまで事の成り行きをポカンとしながら見守っていた殿下が、漸く口を開いた。


「こればっかりはミッシェル嬢の言葉に同感だ。なんでそんなにお人よしなの。これじゃ一人で熱くなってた僕がバカみたいじゃないか…」


殿下は自分を落ち着かせるようにフーッと長く息を吐き、眉間を押さえた。


「とりあえず、君たちがなんと言おうとこの件はそう簡単に許される事ではない。罪は償ってもらうよ、ミッシェル嬢」


「はい…もちろんです」


ミッシェルが素直に頷く。


「君とレイチェル嬢はしばらくの間、自宅謹慎。二人の家には僕から書状を送るからそれに従うように。…全く、君の父君は躾に厳しい方だろう。こんなことをすればどれだけの罰が与えられるか、頭のいい君ならわかりそうなものなのに…」


「私の事、ご存じなのですか…?」


ミッシェルの目が大きく見開かれる。


「知ってるよ。君はこの学年で常に成績上位者だ。周りの子たちに勉強を教えたりと意外に面倒見のいいところもある。少し短気で自分本位なところはあるけれど人をまとめる力もある。ダンスもうまいしパーティでの気配りもできる。ローゼにひどい事をしていた事実がなければ、僕は結構君の事を買っていたんだ」


殿下の言葉にミッシェルがその場に崩れ落ちた。


「私…ほんとバカですね。自分で自分の事を貶めてただけだったなんて。もうほんと…自分が情けない…。だからあんな男にも付け込まれるんだわ…」


ミッシェルが自嘲気味につぶやいた。


「あ、その男の事なんだけど…」


私は発言権を得るために、びしっと手を上げた。



本日も最後まで読んで頂きありがとうございます。


ざまぁを期待して読んで頂いていた方には本当に申し訳ありません。

ステラは断裁とかできないたちの女の子ゆえ、こんな形に落ち着きました。

実際は女子のケンカがこんなきれいに収まる訳はありませんが、フィクションを押していきます(笑)


それでは次回もどうぞよろしくお願いします('◇')


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