140 私と殿下と犯人の正体
サロンにはヴィクター様と、俯いたまま震えて立つ二人の令嬢の姿が見えた。
一人はチョコレート色の髪を高い位置で結い上げ赤いリボンで結び、もう一人はハーフアップの茶色の髪を縦に緩く巻き、大きな黄色のリボンを結んでいる。
…んん?
ハーフアップの黄色のリボンに縦巻きロールって……どっかで見覚えが…。
「あっ!ミッシェルと取り巻きFっっ!!」
「ミッシェル…?それにレイチェル…っ!」
私とアンネローゼ様が同時に声を上げた。
ああ、この取り巻きF、レイチェルって言うんだ。
私たちの声に二人はビクッと肩を震わせると、見ていてわかるほどカタカタと震えだした。
「遅くなってすまなかった、エリオット」
ヴィクター様が砕けた口調で殿下に話しかける。
「全くだよ。おかげでお腹いっぱいになっちゃったじゃないか」
ヴィクター様に軽口をたたくと、殿下はサロンの上座にある一人掛けのカウチに腰を下ろし長い脚を高く組んだ。
「それで…?目撃者はどっちの令嬢かな?二人も連れて来たって事は…もしかしてどっちかが犯人だったりして、ね?」
殿下の目が鋭く光る。その言葉に二人の顔が更に青ざめた。
さっきまでの、ただ黙って微笑む殿下の笑顔が怖かったけど、今の顔の方が1000倍怖い。
(イケメンが怒るとすごみが半端ないのはアレンで立証済みだった…)
「君たち、ただ僕の顔を見るためにここまで来たわけじゃないよね?黙って立ってるだけじゃわからない。僕は真実が知りたいだけだよ。簡単だろう?証言が本当ならそう言えばいい。ローゼがステラを突き飛ばし階段から落とした。見たんだろう?ならば自信をもって証言してくれればいい。そうすればすぐに帰してあげる。難しい事じゃないだろう」
殿下の追いつめるような口調にレイチェルが静かに嗚咽を漏らす。
「話せないのは何か問題があるからなのかな?まさかと思うけど証言は嘘…とか言わないよね?それなら早く撤回した方が罪は軽くなると思うけど」
その言葉にいち早く反応したのはレイチェルだった。
「…もっ、目撃者は私です!!でもそれは頼まれて…っ!!」
顔を上げ必死な顔で訴えかけるレイチェル。
「へぇ。誰に?」
殿下が組んだ足の上で頬杖をつき彼女を見る。その冴え冴えとした表情に思わず息を飲んだ。
「ミ……ミッシェルに……」
「レイチェル!!」
名を呼ばれたミッシェルは悲鳴にも近いうわずった声を上げた。
「もう嫌よ!これ以上あなたには付き合えない…っ!!殿下!!私はミッシェルにそう証言しろと頼まれたんです!うちはターナー家に恩があるのでどうしても逆らえなくて…!脅されて、仕方なく言う事を聞いただけなんです!!お許しください!殿下!!」
「じゃあ君は、ステラを突き飛ばした犯人も知ってるのかな?」
「は、はい…!ミッシェルです!!ミッシェル=ターナーが犯人です!!彼女がステラ嬢を突き飛ばしたんです!!」
「レイチェルっっ!!!」
レイチェルはそれだけ言うと泣き崩れた。ミッシェルは今にも気絶しそうなほど青ざめた顔でガクガクと震えている。
「ヴィクター。目撃者の令嬢を連れて行け。家にはまだ帰すな」
「はい」
立ち上がれないほど力の抜けたレイチェルを引きずるようにして、ヴィクター様が部屋を後にする。パタンとドアが閉まると同時に、ずっと黙っていたアンネローゼ様が静かに口を開いた。
「ミッシェル……どうして?どうしてあなたがこんな事を…?一歩間違ったらステラは死んでいたかもしれないのよ?どうしてそんなひどい事をしたの?」
アンネローゼ様の蒼白な顔を見るのが辛い。
「私たち友達でしょ?何か悩みがあったのならこんな事をする前に相談してくれればよかったのに…」
アンネローゼ様のその言葉に、ミッシェルの震えがピタリと止まった。
彼女は自分の両腕を自らの両腕で強く掴むと下を向いたまま小さく低い声でつぶやいた。
「友達…?冗談でしょ…。私は一度だってあなたの事をそんな風に思った事はないわ」
「ミッシェル…?」
ミッシェルはキッとアンネローゼ様を睨みつけると堰を切ったようにまくしたてた。
「私はただ、エリオット殿下とお近づきになりたかったの…っ。近づきさえすればもしかしたら婚約者の座だって狙えるかもしれない、そう思ったのよっ!そのために利用してやろうとあなたに近づいたのっ!悪い?!そうでもしなきゃウチみたいな伯爵家、殿下に近づくことすらできないんだもん!ついでに貶めてやろうと思ったの。殿下に愛想を尽かされればいいと思って変な化粧をさせてきつい香水を使わせて影で笑いものにしてたのよ!!それなのに…本人には全然響かないし、むしろお礼を言われちゃったりして調子狂うし……っ。そこにステラ嬢が現れて急に仲良くなっちゃうし!殿下にもいつもつきまとってて、殿下もそれを笑顔で容認してるし…っ!心の底から悔しかった!憎かったのよ!!」
興奮したようにハアハアと息を切らす。
「そんな時、パーティーで男に声をかけられたの。この学園の生徒だって言ってたわ。見た事はなかったけどいろんなことに詳しかった。ステラ嬢、あなたの事にもとても詳しかったわ。だから私、つい気を許してたくさん話を聞いてもらったの。そしたら彼、こう言ったわ。『そんな女なら痛い目に遭わせてやればいいじゃないか』って」
ミッシェルが虚ろな目で話し続ける。
「最初は何言ってるの?って軽くあしらったわ。でも『ステラはそんなことくらいじゃ死なないよ』とか『あいつは鈍いから君の気持なんか一生わからない』とかそう言われて…」
おい、その男大概だな…。どこのどいつだ。
「彼の言葉が徐々に私の心を侵食していった。そして『もし君が彼女をどうにかしてくれるなら、殿下と二人きりで会えるよう僕が場を整えてあげる』そう囁かれて…ついその気になってしまった」
「愚かだな…。そんな男、僕は知らない」
殿下が吐き捨てるように言った。
「今思えば、なんでそんな見ず知らずの男の口車に乗ってしまったのかわからない。でもその時はそれが最善だと思ってしまったの。彼の声には不思議な魅力があったわ。でも、もういい…。どうせ殿下にも嫌われてしまったもの。当然よね。こんなことをしてタダで済むとは思ってない。修道院でも国外追放でもどのようにでもしてください」
全てを吐き出したミッシェルはある意味潔かった。
「当然だ。ローゼの心を傷つけ、ステラに怪我を負わせた。この罪はそう簡単に許すつもりはない」
ミッシェルが諦めたように微笑み、私を見た。
「あなたには悪い事をしたと思ってるわ。突き飛ばしてそのまま逃げてしまったからあなたがどうなったのか見もしなかった。すごいケガをしたと聞いて怖くなったわ…なんてことをしてしまったのかと後悔もしたけど…犯した罪は消えないから…。一生恨んでくれていい」
本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回更新は明日予定です。
どうぞよろしくお願いします(^^♪




