13 私と義弟と男爵婦人
前回分ですが、昨日の9時にフライング投稿してます。まだお読みでない方はそちらからお願いします。
「馬子にも衣装だな」
「………」
ほらね、当たった。
「冗談だよ。すごく似合ってる」
「ありがとう。アレンもよく似合ってるわ」
いつもの着古した服から男爵家の馬丁として身なりを整えたアレンは想像通りのカッコよさだ。清潔な真っ白のシャツに黒のクロップドレングス、胸には黒のリボンが結ばれている。グレーのノーカラーのロングジャケットも黒の編み上げのハーフブーツも普段見慣れないけどすごくいいと思う。ほら、侍女やメイドたちがキャッキャしてるもん。ふふっ、わかるわ~。
「さあ、サロンに行ってお茶にしましょう。紹介したい人もいるから」
イザベル様が私を促す。アレンとはここで一旦お別れだ。彼には仕事がある。今までずっと一緒だったからすごく寂しいけどお互い立場はわきまえないといけない。
「じゃあ、ね。アレン」
彼の前を通りすぎる私に
「すぐに君の側に戻るから」
と耳打ちされた。ハッとして顔を見ると彼は右手の人差し指と中指で自分の口角を押し上げている。笑え、そう言っていた。私は両手の人差し指を両頬にあてると思い切り上に押し上げて見せた。
「紹介するわ、ステラ。あなたの義弟になるルーカスよ。さあルーカス、ステラに挨拶して」
サロンに入ると一人でお茶を飲んでいる少年がいた。フワフワのプラチナブロンドの髪が柔らかく揺れている。透き通るような白い肌にアイスブルーの瞳。天使のような容姿だけれどその目はどことなく冷たい。彼は優雅なしぐさで立ち上がると、私の前にひざまずき右手の甲に口づける…寸前で顔を上げ冷たい目で私を見上げた。
「初めまして、お義姉さま。ルーカス=ヴェルナーです。どうぞ仲良くしてください」
そう言って立ち上がると、イザベル様の横に立つ。こいつ、仲良くなる気なんてないわね。
挑むような視線に敵意を感じる。でもそんな顔されてひるむほど私はヤワじゃないわよ。舐めないでちょうだいお坊ちゃま。さあ、今度は私の番ね。私は両手でスカートの裾をつまみ軽くを持ち上げる。そのまま右足を斜め後ろの内側にひき左足を軽く曲げ背筋を伸ばしたまま腰を落とす。正直義弟相手にこんなにきちんとしたカーテシーの必要はないのだろうけど売られた喧嘩は買わないと気がすまない。彼は私を馬鹿にしたのだ。スラム上がりの小娘のマナーのレベルがいかほどなのか。彼が私の手の甲に寸止めのキスを仕掛けたのがその証拠。お前なんかに尊敬も親しみも持たないぞという気持ちの表れだ。
「初めまして、ルーカス。ステラよ。素敵な挨拶をありがとう。まだ小さいのにきちんと挨拶ができてえらいのね」
ルーカスがキッと睨む。ほほう、厭味に気づいたか。結構賢いな、こやつ。ルーカスは悔しそうにそっぽを向くとイザベラ様の袖を軽く掴んだ。
「イザベル様。今日はこの後、歴史の先生がいらっしゃいます。もう下がらせていただいてよろしいですか?」
上目遣いにイザベル様を見上げる姿はもう天使そのもの。さっき私に向けた顔とは大違いだ。
「あらあら、ルーカスは本当にお勉強が好きなのね。でも今日くらいお休みしてもいいのよ。せっかくステラが来てくれた日なんだから。もっとたくさんお話をしましょう」
「お心遣いありがとうございます。でも僕はこの家の跡取りとして引き取られた身の上です。早く男爵様のお仕事のお手伝いができるようになりたいのです」
「ルーカス…そんなに早く大人にならなくていいのよ」
イザベル様がなぜが寂しそうに微笑んだ。
「お義姉さまもお疲れでしょう。今日はお二人で積もる話をなさってください。お義姉さまの話をお聞きになりたがっていたでしょう?」
それでは失礼します、と優雅に挨拶をしてルーカスは出て行った。
「ごめんなさいね、ステラ。あの子なかなか心を開いてはくれなくて……。慕ってはくれているんだろうけど、もう少し時間がかかるかもしれないわね」
メイドが新しいお茶を入れてくれる。この香りはアールグレーだろうか。ベルガモットの香りが懐かしい。イザベル様は私に座るよう促してくれ、自分も向かいに座った。
イザベル様が話してくれたルーカスの身の上はちょっと同情してしまうような内容だった。
ルーカスはイザベル様のご実家の遠縁にあたる伯爵家のご子息だったそうだ。伯爵はルーカスのお母様とは政略結婚だったが婚姻を結ぶとまもなくルーカスが産まれた。その実、伯爵はルーカスの母と結婚する前から付き合っている女性がいた。その女性はとある男爵家のご令嬢で、伯爵はずっとその女性との婚姻を望んでいた。でも伯爵の両親は自分の家柄より家格の低い男爵令嬢との婚姻を認めず、無理やりルーカスの母と婚姻を進めてしまう。その間男爵令嬢との付き合いはずっと続いていたらしい。ルーカスが産まれて1年が経った頃、男爵令嬢にも男の子が生まれた。伯爵はその男爵令嬢との息子に伯爵家を継がせたいと思うようになる。伯爵は別邸に男爵令嬢を住まわせ本宅には寄り付かなくなった。世間体を気にした伯爵のご両親は、本妻とルーカスを別邸に移らせ、男爵令嬢とその子息、新たに生まれた令嬢を本宅に住まわせた。ルーカスの母親は心労で心が病み半年前に亡くなってしまったのだそうだ。幼いルーカスを残して…。その後男爵令嬢は正式に伯爵家の後妻となり何事もなかったように幸せに暮らしているらしい。
なんて腹立たしい話……!!
「ルーカスの母親とはとても仲良くしていたのよ。とても優しい子でね。嫌なことがあっても文句一つ言わない子だったわ」
そしていつもさみしそうに微笑んでいたという。
「ルーカスのお母様はなんでそんな婚姻受けたんですか?」
「好きだったのよ、伯爵の事。それはもう小さい頃から」
二人は幼馴染だったという。幼い頃優しかった伯爵とは口約束ながら結婚の約束をしていたそうだ。その後どこかの夜会で知り合った男爵令嬢に心を奪われてしまっても彼女は伯爵を思い続けた。
なんとなく、ルーカスの母親の気持ちがわかるような気がする。ずっと好きだった人との結婚を望んでしまう気持ち。いつか自分のところに戻ってくれる事を信じて待ち続けるそんな気持ち。つい自分と重ねて胸がキュッと痛くなった。
「だからついルーカスを引き取ってしまったの。うちには今、後継ぎもいないしね。あの子の息子だもの。幸せになってほしいわ」
それにね、とイザベル様が付け加える。
「ちょっといじわるしちゃったの。伯爵家に」
ふふふっ、といたずらっ子みたいにイザベル様が笑う。
イザベル様の話によると伯爵家は後妻を迎えて以来、領の財政が立ちいかなくなったらしい。もともとルーカスのお母さんびいきだった家令を含む使用人たちがこぞって仕事を放棄したからだ。困った伯爵はコンラット男爵に相談を持ち掛けてきた。ぽっちゃり体型に普段ほんわか優しい男爵様も今回のルーカスの件については、こめかみに青筋が立つほどお怒りになっていた。そこで執事のフレデリックと組んで伯爵様をはめた、そうだ。それも徐々に響いてくる系のやり方で。
「今後の参考にその方法とやらをぜひ教えていただきたいのですが」
「そんな難しい事私にはわからないわ。でも今頃はお屋敷が人手に渡っているかもしれないわねぇ」
ほほほっと夫人が笑う。優しそうなおばあちゃんだと思っていたのに、なんか印象が違う?
「それくらいの仕返ししても罰は当たらないと思うの」
だって腹が立ったんだもん、と澄ました顔でお茶をたしなむ。
こういう人を敵に回したら怖いんだって身を持って知った男爵令嬢初日の昼下がりだった。
次話投稿は今日の19時を予定しています。
よろしくお願いします。




