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135 私と犯人とココア

(ちがうわ…。誰よ、いい加減な事言うのは…。私を突き飛ばしたのは……)



「アンネローゼ様…じゃない……」


「ステラ!!」



ぼんやりとした意識の中、名前を呼ばれた。強く手を握られた気がして目を開くと、そこにはボロボロと涙をこぼすアンネローゼ様がいた。



「アンネ…ローゼ様…?」


「よかった…っ!!全然意識が戻らないから…っ。このまま死んでしまったらどうしようかって…っ、私…」



(ああ、そうか…私、階段から落ちて……)



どのくらい時間が経ったのだろう。

寝かされているのはふかふかのベッド。

頭巻かれているのは包帯だろうか。



(ここ、どこ…?)



ぼんやりとした意識のまま、目だけを動かし辺りを窺う。見た事のない天井に見覚えのない室内。窓からは明るい光が射しこむ。体を起こそうと首を持ち上げると、ズキンッと後頭部に鋭い痛みが走った。



「…っ、痛っ」


「起きてはダメよ!あなた階段から落ちて頭を打ったの。安静にしていなさいってお医者様がおっしゃっていたわ」


「どこですか?ここ…」


「サロンの奥の王族専用の部屋よ。エリオットとヴィクターが運んでくれたの」


「殿下とヴィクター様が…」


「ものすごく…血が出てたのよ…。ごめんなさい…っステラ。私、あなたを……っ!ごめんなさいっ!ごめんなさい…っ」



泣きじゃくりながら許しを請うアンネローゼ様。



(違う…。アンネローゼ様のせいじゃない。アンネローゼ様が謝る必要なんてないのに…)



「違います、アンネローゼ様。あなたのせいじゃありません。あの時、一瞬でしたが…、私確かに見ました。あなたの後ろから伸びる手を…。その手が私を突き飛ばしたんです。アンネローゼ様は巻き添えになっただけです。あなたは悪くありません…だからもう、謝らないでください…」


「ステラ……っ」



私の手に頬を寄せ、唇を噛みしめるアンネローゼ様。



(くそっ、誰だか知らないけどアンネローゼ様にこんな顔させるなんて絶対に許さない!)



「その話、本当?」



不意に聞こえた冷たい声に、ゾクッと鳥肌が立った。

おもむろに首を巡らすと、壁に寄り掛かり静かにこちらを見下ろすエリオット殿下の姿が見えた。

いつもの、のんびりほんわかとした雰囲気とは違い、今日の殿下からは氷のように冴え冴えとしたオーラが滲みだしている。ゾッとするような静かな口調に思わず息を飲んだ。



「…ほ、本当です。腕しか見えませんでしたが、あれは学園の制服に間違いないと思います。それに…」



袖口から見えた手は小さく、指先まできれいに手入れがされていた。それにあれは、おそらくブレスレット。一瞬だけキラリと光った赤い石が脳裏に残っている。



(間違いない。この学園の女子生徒だ…)



殿下はそれきり黙ってしまった私から、アンネローゼ様へと視線を移す。



「ローゼは?誰か見た?」


「わかりません…。何かに背中を押されたような気もしますが、気がついた時にはステラが宙に浮いていて…。慌てて手を伸ばしたのですが、逆に突き飛ばされてしまって…」



ごめんなさい、とアンネローゼ様が顔を覆う。



(そうだ私、思い切りアンネローゼ様の事突き飛ばしちゃったんだった)



私はズキズキと痛む後頭部を押さえながら体を起こす。



「申し訳ありません、アンネローゼ様。私、あなたも一緒に落ちちゃうと思って咄嗟に突き飛ばしちゃいました。お怪我はありませんでしたか?」



その言葉にアンネローゼ様がううっ、と目に涙をため再びシクシクと泣き出す。



(え…私なんか悪い事言った…?)



「ローゼはずっと君を助けられなかったって泣いてたんだよ。それなのに君が彼女の心配をするから…。でも本当に無事でよかった。僕もあの現場を見た時は流石に血の気が引いたよ。もうダメだと思った」



話を聞くと、目撃者の悲鳴を聞きつけた殿下とヴィクター様が駆けつけた時、現場はかなり混乱していたらしい。階段上部には真っ青な顔をして腰を抜かしたリリアと気を失ったアンネローゼ様。階段の中ほどに頭から血を流し意識のない私。周りにはたくさんのやじ馬が集まっているものの誰一人救護活動を行う者はおらず遠巻きに見ているだけ。その間に、目撃者と思われる女も突き落としたであろう犯人も姿を消していた、らしい。



「目撃者の行方はヴィクターに追わせている。もう間もなくここに連れて来ると思うよ。それより…」



エリオット殿下は私のいるベッドサイドにひざまずくと、そっと後頭部に触れた。



「本当に大丈夫?もう血は止まっているみたいだけど…」



触られるとちょっとだけ痛い。でもさっきより大分収まっているのは『白き乙女』の力なんだろう。殿下に理由を言えないのはちょっぴり心苦しい気がした。



「はい、大丈夫です。丈夫だけが取り柄ですので」



そう笑顔で言った私に、殿下が泣きそうな微笑みを浮かべた。



「ちっとも大丈夫じゃないだろう…。あんな落ち方をしたら死んでいてもおかしくなかったんだよ。君は僕に…僕たちに心配もさせてくれないの?」


「エリオット殿下…」


「ねえステラ、これだけはよく覚えておいて。僕はね、君の事をとても大切な人だと思ってるんだ。もちろん一番はローゼだけれど…僕にとって君はその次に守りたい存在になっている。だから…ね」



殿下はゆっくりと、後頭部にあった手を下へ滑らせ、髪の一房を掬い上げた。



「君をこんな目に遭わせ、ローゼをあんなに泣かせた人間を…僕は絶対に許さないよ」



目に鋭い怒りをたたえ、静かな口調で殿下は言う。



(これ…敵に回したら一番おっかないタイプだ。アレンに似てる)



そう言えば…、



「あの、リリアは?大丈夫なんでしょうか?」



腰を抜かしたって言ってたけど、それにしては姿が見えない。



「ああ、さっきまでここでローゼと一緒に泣いてたんだけど、急に『ココア!!』って言って走って出て行ってしまったよ。どうしたんだろう。彼女も頭を打ってたのかな?」



殿下がいつもの様子でそう言った。

ココア…。そう言われたらなんだかココアが飲みたくなってきた。



「ステラがうわ言のように呟いていたの。『ココアが飲みたい。飲まないと死ぬ』って。そうしたら彼女、慌てて出て行ってしまったわ」



そうだったのか。でも何だろうこの脱力感。傷の痛みと引き換えにどんどん体の力が抜けていく、気がする。



そこに、



ダァ―――ン!!と勢いよくドアを開けリリアが入ってきた。



「ステラさんッッ!!ココアです!!ココアをお持ちしましたよ!!!」



本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。


犯人、たどり着けませんでした…!予想通りです!

次回はステラの秘密がばれる?!それもこれもココアのせい?!


次回もどうぞよろしくお願いします(*'▽')

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