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133 私とリリアとまぼろしの彫金師

いつもより時間的にちょっと早い投稿です。

吐く息が白い。

今年は暖冬の影響で比較的暖かな日が続いていたが、ここに来て寒さがグッと増した気がする。

高く澄み切った紺碧には雲一つなく、乾燥した空気が体から水分を奪う。



(静電気すごっ…髪が顔に張り付くのちょっといや…)



触れば触るほど帯電していくのが分かる。

と、そこに…、



「ス、ステラさーん!」



パタパタという足音と共に名前を呼ばれた。

立ち止まり振り返った私の視界に、オレンジブラウンのおさげを揺らしながら駆けて来るリリアの姿が入る。ハアハアと息を吐き、ずり落ちた眼鏡を定位置に戻すと息を整えようとフーッと息を吐き顔を上げた。



「これから部室ですか?」



私の持ち物に視線を落としたリリアがそう聞いてきた。手持ちの袋には昨日エヴァンズさんからもらったクッキーの抜き型と、豆も含めたコフィアのセットが入っている。あとでお茶の時間に飲もうと思って持ってきたものだ。

学園は今日から降誕祭の準備期間中のため授業は午前中のみ。時間はたっぷりとある。



「うん、本番に備えてクッキーの試作をしてみようかなって。リリアも来る?」


「もちろんです!」



私たちは連れ立ってカフェに向かって歩き出した。

しばらくたわいもない事を話しながら歩いていた私たちだったが、リリアの視線が私の髪飾りに止まった瞬間、急に彼女が足を止めた。



「ステラさん…っ。その髪飾りどうされたんですか」



ビックリしたように声を上げ急に足を止めたリリアにつられて、私も足を止める。



「え…?ああこれ?」



私はそっと髪飾りに手を添えた。



「先日、たまたま入ったお店の職人さんと懇意にする機会があってね。頂いたの。素敵よね。すごく気に入ってるの」


「ど、どこのお店ですか?!中央街ですか?それとも高級街ですかっ?!」



急にぐいぐいと迫ってくる彼女にこっちが面食らう。



「ちょ、ちょっと待って。どうしたのリリア。落ち着いて…?」



いつも大人しいリリアがこんなに興奮するなんて。この髪飾り…どうかした?



「あ…っ、す、すみません…。ちょっと取り乱しました…」



リリアがスーハーと深呼吸で息を整える。ずり落ちた眼鏡を両手で定位置に戻すと、ぐいっと顔を近づけてくる。



「そ、その髪飾りの透かし細工、昔同じ図案を見た事があるんです!!前王妃ルイーズ様がご成婚パレードでお付けになっていたティアラの装飾…確かにそれと同じでした!同じ作家の作品です。間違いありません!」



自信たっぷりにリリアの眼鏡がキラリと光る。



(ルイーズ様のご成婚…?って私たちが生まれる前の事でしょう?なんでリリアがそんな事知ってるの?)



「なんでそんな事わかるの?」


アンダーソン家(うち)は曽祖父の代に装飾品の取引で爵位を得た成金男爵家なんです。その実績を認められてローライ国王とルイーズ様のご婚約からご成婚までの装飾品のすべてをうちが納めたそうなので、その辺はちょっと人より詳しいんです。あれ?言ってませんでしたっけ?」


「初めて聞いた…。リリアのお家ってすごい家門だったのね。知らなかった」


「い、いえうちなんかとんでもないです!たかが3代続いた程度の男爵家ですから。建国以前より続くヴェルナー家に比べたらゴマみたいな存在ですから!吹いたら飛んじゃいますから…っ!」



顔を真っ赤にしたリリアが全力で否定する。



「ゴマって…そんな謙遜の仕方初めて聞いたけど…。それで、なんでルイーズ様のティアラとこの髪飾りが同じ作家の物だってわかるの?」



すると、リリアがぱぁぁと顔を輝かせ自信ありげに胸を張った。

おっ、今日のリリアはいつもと雰囲気が違うぞ。しかもちょっと話が長くなりそう…。



「装飾品の彫金って、作家の個性がよく出るんです。図案はもちろんですが技術に最も大きな違いが出て来ます。ちょっといいですか?」



リリアは私に断りを入れて、髪飾りをそっと持ち上げた。



「この髪飾りをよく見てください。一見するとただの三連の星をモチーフにした銀細工です。でもよく見れば、いくつもの薄く伸ばした銀地金一枚一枚にそれぞれ透かしの模様を刻み、それらを幾重にも重ねて立体感を出しているんです」



リリアの言う通り髪飾りは確かに手が込んでいる。それは素人の私にもわかった。



「この手法、実はかなりの難易度なんです。これを習得している彫金師はこの国に二人しかいません。一人は王室のお抱え彫金師。もう一人はどこの誰だかわからないまぼろしの彫金師さんです」



「まぼろしの彫金師……て」



(え、まぼろし?クロノールさん…が?)



「昔祖父が、ある作品のすばらしさに目をつけてその作家を探して歩いたことがあったそうです。ようやく見つけたその人はいくらお金を積んでも『こういうのは金じゃないんだ、楽しめない仕事は引き受けない』って首を縦に振ってはくれなかったと、口説き落とすのに苦労したと自慢げに言っていたのを思い出します…」



そう言ってリリアが遠い目をした。その言葉にリリアのおじい様がこの世にはもういない事を悟った。



(そうか…リリアのおじい様ってもう……)



「……そうなんだ。私もおじい様のお話、聞いてみたかったわ」



若き日のクロノールさんの話もちょっと興味あったけど。残念だ…。



「ほんとですか?じゃあ今度紹介しましょうか?」


「へっ?」


「当時の話をしたくてうずうずしていますから。ステラさんの話をしたらきっと喜びますよ」


「…リリアのおじいさんって、ご健在なの?」


「……?ええ、ピンピンしていますよ。降誕祭の招待状も送ってありますから、もしよかったら会ってやってください」


「……そう…なんだ」




私の感傷返して…。




「でもその作家さん当の昔に引退したと聞いていたのに…まだこんな素敵な作品を作っていたんですね。驚きました」


「そうね。私もいろいろびっくりした。今は平民街で時計屋さんをしているのよ。あと眼鏡も…」


「眼鏡……っ!」



再びリリアの眼鏡がキラリと光る。



「あ、あの…ステラさんっ!もしよろしければ今度私をそのお店に連れて行ってはもらえませんか?私もそちらで眼鏡を選んでみたいです…っ」



ハアハアと荒い息を繰り返すリリアが、やはり普段と違ってなんだか怖い。



(リリアって、こんな一面も持ってたんだ…うん、意外性って大事だよね)



「あ、ステラさん。あちらで手を振ってらっしゃるのって…もしかしてアンネローゼ様じゃありませんか?」



本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。


いつかクロノールさんの昔の話とか書いてみたいです。

次回もどうぞよろしくお願いします('◇')ゞ

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