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132 私とコフィアとパトロン

今日はちょっと長めの4000文字強です。

「私をこのミルとドリッパースタンドの支援者(パトロン)にしてくださいませんか?」


「支援者…ですか?」



クロノールさんがオウム返しに問う。



「ええ。今後これらの道具を商品化するに当たり、かかる費用のすべてを私の方で負担させて頂ければと…」



この提案にクロノールさんがポカンと口を開けて私を見つめる。



「え?しますよね。商品化。以前クロノールさんもおっしゃってたじゃないですか。道具の生産は街の発展にも繋がるって。折角こんなに素晴らしいモノができたんですから、売り出さなきゃもったいないでしょう?」


「た、確かにそんな事を言った覚えはありますが…でもこれはお嬢さんのアイデアで作った品物ですし、私たちにそんな権利はありませんよ」


「私のアイデアって…ただコフィアの豆を砕いて濾す道具を作って欲しいってお願いしただけですから、私にこそそんな権利はありませんよ。私はお二人のアイデアで作った商品を買わせて頂いたただの客ですから、自由に作って販売してください」


「しかし…」


「いいですか?今はまだ高級志向品とされ、わずかな貴族の嗜みとしてしか飲まれていないコフィアですが、この先間違いなく輸入量が増えるだろうし流通が盛んになれば一気に大衆化され、定着するのにそう時間はかからないはずです。ミルもドリッパーもコフィアを手軽に飲むためには絶対に必要な道具ですから、売り出せば絶対に当たるはずです。作らない手はないです!だからそのお手伝いを是非私にさせて頂きたいなと…」


「ま、待ってください!お嬢さん…」



クロノールさんは眉間を指で押さえ目を閉じ、ふーっと息を吐いた。



「…すみません。確かに以前そんな話をしましたね。思い出しました。ですが…そんな事今日まで全く考えていなかったので…少し、驚きました。その…突然の話だったので」


「…あ、そうですよね。ごめんなさい。私もついさっき突然思いついたので…気持ちが先走ってしまいました。ごめんなさい」



また悪い癖が出ちゃった。思いついたらすぐ走り出そうとしちゃうんだよね。気を付けよう。



「でも、悪い話ではないと思いますよ。とっかかりとしてこれらの道具が広く認知されればこの職人街の知名度は間違いなく上がります。ここに住まわれている他の業種の職人さんだって、やりようによっては今よりもっと仕事を取る事ができるはずです。そうなれば街全体を活性化も難しい事ではありません」



「どういう事でしょうか…?」



クロノールさんが首を傾げる。



「例えばですが…ドリッパーは形や素材に決まりはありません。今回はたまたまあのような形を考えて頂きましたが、陶器や磁器でも底に小さな穴を開ければコフィアを抽出することはできます。フィルターもネル生地じゃなく、丈夫な紙でも濾すことはできるんです。この職人街にはいろんな業種の職人さんたちがいらっしゃるでしょ?各業種それぞれに合った道具の商品開発ができればもっとこの街が発展するんじゃないかって思ったんです」


「商品の開発…」



そう、これは町おこしにはもってこいの新規事業だ。

私はコクンと頷いた。



「持ち込まれた仕事を黙って請け負っているだけじゃそれ以上の発展は望めません。自分たちで動かなければ。そのためには先を見据え他者より早く動くことが肝心だと私は思っています」


「石橋をたたいて渡る」事も大事だけど今は「先んずれば人を制す」。

それだけの価値がこのコフィアにはある。


「この職人街がコフィア産業の先駆となれれば…。あっ、コンセプトは『コフィアの道具がそろう街』とか、どうですかね?」


「………」



クロノールさんがポカンと薄く口を開けたまま私を見つめる。



「もちろんどんなに費用がかかっても私が負担させて頂きますので安心してください。あ、でも無駄なお金は払いませんから、クロノールさんには会頭としてその辺の管理をきちんといて頂ければありがたいです」


「………」


「まあ、今日の今日でどうこうという話ではありません。コフィアの流通量が増えるまでにはまだまだ時間がかかるでしょうから、よく考えて頂いて必要な時にはいつでも声をかけてください」



私はさっき戻ってきた金貨袋をテーブルの上に置いた。



「一先ずこれは置いていきます。こんな大金を私が持っていたら危ないので」



そう言ってエヴァンズさんを見る。

彼はちらっと私を見ると、天井を仰ぎ、はぁぁぁと大きく息を吐いた。



「一つ聞いてもいいですか?」



クロノールさんが顔の前で両手を組み真剣な顔を私に向ける。



「どうぞ」



「お嬢さんはどうして、私たちのためにそこまでしてくれるのでしょう?職人街の事はあなたには全く関係のない事でしょう?それなのに、あなたのお話はすべて私たちにとって都合のいい条件ばかりです。もしこの投資が失敗すれば損をするのはあなた一人です。あなたにとってなにかメリットはあるのでしょうか?あなたは見返りとして一体何を求めていらっしゃるのでしょう?」



「メリット…?見返り……?」



改めて聞かれ、自分の胸に聞いてみる。

みんなのためにできる事がしたいとか、嬉しそうな顔が見たいとか、確かその気持ちがないわけでもない。でも多分それは、申し訳ないけどほんの3割弱…。





しいて挙げるなら…、





「早く国中にコフィアが広まって、もっと気軽にガブガブ飲みたい…?」





前にも言ったけど、私は前世でコーヒー中毒者だった。

出かけた先々でコフィアが気軽に飲めたなら、もうそれは幸せでしかない。



「それだけの理由ですか…?」


「あ、ダメですよね。これは単なる私の願望でした。私にとっての利点…うーん、なんだろう…。見返り?うーん……」



一生懸命考えていると、



「ブハッ!!」



今度はエヴァンズさんが大きく吹き出した。



「あんた…っほんっっとにいいな!!おもしれーっ!!」



(また笑われた…。今日二回目…)



「なあ…マジで俺んとこ、嫁に来いよ」


「どうしていきなりそんな話になるんですか?」



そう切り返した私だが、エヴァンズさんの真剣な顔が今までと違っていて、不覚にも一瞬ドキッとしてしまった。



「ダメだ。エヴァンズ。私の目の黒いうちは彼女は嫁にはやらん」



そこになぜか参戦するクロノールさん。



「なんであんたの許可がいるんだよ。こいつのオヤジか?」


「そう思ってくれても構わん。どうしてもというなら私を倒してからにしなさい」


「なに言ってんだ、おっさんが。はぁ、意味わかんねー」



口調とは裏腹に優しい表情で微笑むエヴァンズさん。



(この二人、なんだか親子みたい…)



「とにかく、お嬢さんのお気持ちはわかりました。皆と話し合ってみます。お返事はまた後日改めさせて頂くということで」


「ええ、お待ちしています」

 







エヴァンズさんの工房を後にし、クロノールさんのお店へと足を運ぶ私たち。

何でも私に渡したいものがあるそうだ。



「いらっしゃるとわかっていれば持って行ったんですが…」



扉を開くといつもの軽やかなドアベルの音。



「そちらに座って待っていていただけますか」



暖炉(ストウブ)に火を入れたクロノールさんが作業場に向かうのを見届け、私は勧められたカウチに腰掛けた。

人がいなかった割りに仄かに温かい室内。窓辺には今まさに花開こうと蕾を膨らませたチューリップの鉢植えがいくつか置かれている。



(あ、咲きそう…すごい。こんな時期に花をつけるなんて)



「お待たせしました。お嬢さん」



戻ってきたクロノールさんに、私は窓辺を指さした。



「すごいですね、クロノールさん。鉢植えのチューリップ、今にも咲きそうです…って、あれ?咲いてます」


「えっ?!」



クロノールさんが驚きの声を上げる。気づけばチューリップが大きく花を咲かせている。



「そんなバカな…。今日家を出るまで小さな芽しか出ていなかったのに……」


「そうなんですか?部屋が暖かかったからですかね?春と間違えちゃったんでしょうか?」



俗にいう狂い咲きという奴だろうか。



(ちょっと成長が早いような気もするけど、でもこんな季節にチューリップが見られるなんてなんか得した気分)



「それで、クロノールさん。私に渡したいものって何でしょう?」



夕方もとうに過ぎた時間だ。街のイルミネーションの輝きも徐々に増してくる。



(あんまり遅くなるとアレンにバレた時怖いからね)



『梅干し』の刑は地味に痛いのだ。

私の言葉にクロノールさんがこちらに目を向ける。



「すみません…。実はこれをお渡ししようと思いまして…」



クロノールさんの手には星の形をした銀細工の髪飾りが乗せられている。



「先日頂いた『アルテイシアの星』のお返しです。あのクッキーは本当においしかった」



クロノールさんが優しく微笑む。

細かい透かしの細工が施された、星が三連に連なった髪飾りはとても繊細で、キラキラと輝いている。



「あなたに似合うと思って作りました。よかったら貰ってやってください」


「……ありがとうございます。大切にしますね、一生…」



私は貰った髪飾りをギュッと胸に押し当てた。



「以前…あなたが案じていたあの眼鏡ですが…」


「はい…?」


「きっと今頃、一生大切にしてくれる主の元で幸せになっていると思いますよ」


「そうですね。そうだといいですね…」



クロノールさんの言葉にはなぜか確信めいた響きがあった。

私はもう一度、静かに髪飾りを見つめた。






本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。


スチュアートの眼鏡は形を変えてステラの手に渡っています。

これってきっと嫌な人もいるだろうな~と思いながら書いていましたが、

ステラはそういう事を気にしないタイプの女子ですので、モーマンタイです。


次回もどうぞよろしくお願いします(^^♪



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[良い点] 眼鏡が転生して髪飾りに。
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