131 私とコフィアと職人たち 2
「悪かったな。みっともないとこ見せちまって…女に近づかれるとどうにも頭に血が上っちまって」
「いえ…私の方こそ、余計な事をしました」
ようやく鼻血の止まったエヴァンズさんが気まずそうに頭をかく。
「でも…おかしいな。あの時は何ともなかったのに…」
ブツブツと呟きながら首を傾げるエヴァンズさんが言いたいのはおそらくあの時の事。そりゃあれはアレンでしたから…なんてもちろん言える訳もなく、私は慌てて話題を変えた。
「そ、そう言えば私っ!別件でお願いしたいことがあって今日お伺いしたんですっ」
「ああ?まだなんかあんのか?あんた結構図々しいな」
「ははっ…自覚はあります」
「で、なんだよ?ついでだから聞いてやる」
「実はですね…」
私は学園から持ってきたクッキー型(大)を見せた。
「この抜き型より一回り小さい型が欲しいんです。大きさ的にはこれくらいの…」
私はメモに描いた星形を見せる。
「なんだ。そんなことか」
エヴァンズさんは立ち上がると工房の奥に姿を消した。しばらくして戻ってきた彼の手に、大きめの箱が一つ。
「気に入ったのがあったら好きなだけ持ってっていいぜ」
ドサッと乱暴に置かれた箱の中には大量のお菓子の金型。
「ど、どうしたんですか。これ…」
「昔、小遣い稼ぎで作ったんだよ。この時期、結構需要があるからな。これはその残り」
大中小、様々な大きさの抜き型があふれんばかりに詰まっている。一番多いのはやっぱり星形。
「すごい量ですね」
「師匠んとこから独立したばっかで暇だったからな。調子に乗って作ってたら在庫になっちまった。そろそろ片付けようと思ってたから丁度良かった」
私はちょうど手ごろな大きさの型を見つけるとエヴァンズさんにお礼を言った。
「ありがとうございます。助かりました」
「あんた、貴族なのに菓子を作るのか?やっぱ変わってるなぁ」
「変わってる…そうですね、よく言われます。まあ、生まれついての貴族ではありませんから、大抵の事は自分で出来ますよ」
「そうなのか?」
「ええ、元々スラムに置き去りにされてた捨て子でしたから。たまたま運よく男爵家に養子にして頂いたので今みたいな生活が送れていますが、そうじゃなければ今でもスラムで具のないスープを啜っていたんじゃないですかね?」
私は若干温くなったコフィアを一口すすった。
「…いいのか?そんな話ペラペラしゃべっちまって…。俺が余所でしゃべったら…」
「別に話してもらっても構いませんよ。スラムで育ったことを恥ずかしいと思ったことはありませんから。触れて回るような話じゃないですけど隠してるわけでもないので」
「……」
エヴァンズさんが何とも言えない顔で押し黙る。その隣でクロノールさんがフッと笑ったように見えた。
「エヴァンズさん、クロノールさん。今回は私の無理なお願いを聞いてくれて本当にありがとうございました。それで……お代は如何ほどお支払いすればいいですか?」
私の言葉にエヴァンズさんは片手でガシガシと顔を拭い、髪をかき上げた。
「……いらねーよ。今回は俺たちも結構楽しかったしな。それはあんたへのプレゼントとして貰ってくれ。いいよな、クロノールさん」
「ええ、もちろんです」
クロノールさんもこちらに顔を向け笑顔でそう言う。そんな二人の顔がすごく優しくて、気持ちが嬉しくてなんだか胸が熱くなった。
が…、
それとこれとは話が別だ。
「いいえ、お金はきっちりお支払いします。いくらですか?これだけあれば足りますか?」
私は金貨の入った巾着をドンッと机の上に置いた。中を見たエヴァンズさんがギョッとした顔で怒鳴る。
「あんた…っバカじゃねーのか!こんな大金持ってウロウロしてんじゃねーよ!危ないだろ!!っていうかいらねーって言ってんだろ。人が折角かっこつけてんのに台無しにすんじゃねーっ!!」
「大丈夫です。今更かっこつけられてもキュンとはしませんから。それにこれはビジネスです。依頼した仕事をこなして頂いてそれに見合う報酬をお支払いする。当然の事です」
「お前…、今さらっとひどい事言ったな。とにかく金はいらねーよ。道具と一緒に持って帰ってくれ」
「いえ!そういう訳にはいきません!受け取って頂かないと私も帰れません!!」
「いらねーっつったら、いらねーんだよ!!いい加減にしないと怒るぞ!」
私とエヴァンズさんの間で金貨袋が行ったり来たりを繰り返す。
「頑固ですね…っ!!」
「そっちこそ…っ!!」
二人の息が大分上がってきたところで、
「はっはっはっ!!」
大きな笑い声が上がった。
「ク、クロノールさん…?」
「い、いや…っ失礼…っ。二人のやり取りがあまりにおかしくて…っ」
クロノールさんがお腹を抱えて大笑いしている。
「お嬢さんの言い分はよくわかりました。ではお代はきっちり頂くことにしましょう」
クロノールさんは巾着の中から金貨を2枚取り出すとそのうちの一枚をエヴァンズさんに投げ渡し、残りは私に返してよこした。
「それだけでいいんですか?」
「十分です。とても楽しい仕事でしたから。お金じゃないんですよ。こういうのは」
「……でも、それじゃ私の気がすみませんし」
費用と時間、それに手間を考えたらこんな金額では採算が取れないはずだ。
(……あっ、それなら)
「だったらこうしませんか?」
私は二人に、ある提案を持ち掛けた。
本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
紗奈は一応経済学部卒です。
就職後はマーケティング企画の仕事をしていたのでこういう分野は割と得意だったりします。
という設定です。
次回もどうぞよろしくお願いします(^^♪




