129 私と小麦とバターの関係
「ステンドグラスクッキーですか?」
聞いた事のない名称にリリアが首を傾げる。
「簡単に説明するとね」
私はテーブルの上のメモ帳に絵を描いて説明する。
「星形に抜いたクッキーの内側を、一回り小さい型で抜いて枠を作るの。その中にキャンディーを入れて溶かせば、ステンドグラスみたいなクッキーができるのよ。簡単だし、キャンディの色を変えればそれだけで楽しいし、降誕祭にはうってつけじゃない?」
私の説明にリリアが目を輝かせている。
「す…すごいです。ステラさん…。よく一瞬でそんな事思いつきますね。天才です…っ!!」
うん、私が考えたんじゃないからね。考えた人がすごいのは私も認める。
「一枚で配るなら大きめの方がいいと思うんだけど、星形の抜型、見せてもらえる?」
リリアが席を立って戸棚からいくつかの抜型を持ってきた。
「一番大きいのはこれですね」
見せてくれたのは子どもの手の平くらいの大きさの抜型。うん、ちょうどいい大きさかな。
「その下だとこれですね」
「あぁ…これだとちょっと大きいかなぁ」
枠の部分が細くなるとクッキーが割れやすい。
「その下だとこれになっちゃいます」
銅貨サイズの型は想像よりも小さかった。
「これだと小さ過ぎるわね…。他にはもうないの?」
「他の形だったらあるんですけど…」
出てきたのは定番の丸に花型…、それに猫の足型なんていうのもある。
「かわいいけど…今回はちょっと使えないわね」
「どうしましょう…」
うーん、これから探しに行ってもちょうどいいのが見つかるかどうか…。
「あ、そうだ……っ」
ないなら作ってもらえばいいじゃない?
私の頭に、その道のプロの顔が浮かんだ。
「いいわ、ちょっと当てがあるからこれから行って相談してくる」
「今からですか?じゃあ私も行きます!」
「ううん、一人で大丈夫よ。それよりリリアは材料の方をお願いできる?」
私は必要な材料をメモに書いてリリアに渡した。
「遅くても3日前までには揃えられるかしら?キャンディーは小さめのもので、なるべくたくさんの色があるといいんだけど」
「それは大丈夫ですけど…。でもステラさん。材料ってこれだけでいいんですか?これだとクラブで作る材料と変わらないみたいですけど…。本当にサクサクのクッキーができるんですか?」
リリアが首を傾げる。
「問題ないわ。クッキーが硬くなっちゃうのは材料のせいじゃないから。原因はバターが溶けすぎていたり、混ぜすぎだったりするからだと思うの。心当たりない?」
リリアが「あっ!」と声を上げる。
「そう言えば…っ!塊のバターは混ぜにくいからってお姉さま方が湯せんにかけてました。それから、生地はちゃんと混ぜないと粉っぽくなるからってペタペタになるまで混ぜてましたね。かなり打ち粉をしないと台にくっついちゃって…。型で抜くのも苦労しました」
「間違いなくそれが原因ね。クッキーは小麦粉のお菓子だから水分とくっつき過ぎると、ある成分が多くできてしまうの。そうすると生地も硬くなるし、焼くと縮むから時間が経って冷めると石みたいに硬くなっちゃうのよ」
「そうだったんですか…。全く知りませんでした…」
リリアが感心しきりといった様子で何度もうなずいた。
グルテンはパン作りでは欠かせないけど、膨らます必要のないクッキーでは全く必要ないからね。
「クッキーは小麦粉を入れたら切るように混ぜるの。絶対に捏ねちゃダメ」
「そうなんですね……勉強になりますっ!」
リリアの眼鏡がキラリと光る。
(あ、そうだ。あの人にも声をかけてみようかな?)
どれくらいの量を焼けばいいのかわからないけど、二人で作業をするには流石に限界がある。あの人だったら真面目に作業を手伝ってくれそう。
「それとリリア。お手伝いをお願いしたい人がいるんだけど、誘ってみてもいいかしら?」
「シンディさんとセシリアさんですか?」
「あの二人はぜっったいにダメッ!!!!」
私は先日の悪夢を思い出す。もう二度とあの二人に手伝いは頼まない。
「ミルトレッド公爵家のアンネローゼ様。多分こういうのお好きだと思うの」
「ア、アンネローゼ様ですか…っ?!」
リリアがものすごく驚いた様子で目を見開いている。
「なんで?ダメ?」
「ダ、ダメではないですが…。いつの間にそんなすごい方とお知り合いになったんですか…?」
ずり落ちた眼鏡を定位置にかけ直しリリアがほぅ、と息を吐く。
「うん?殿下に紹介してもらったのよ。つい最近お友達になったの。とってもかわいらしい方なのよ。リリアとも気が合うんじゃないかしら」
「で、殿下ってエリオット様ですかっ?!」
「なんでいちいちそんなに驚くのよ…」
リリアの反応がいちいち気になる。なんで?殿下はともかくアンネローゼ様は別に友達になってもおかしくないでしょ?
リリアは、信じられないと言ったようにボー然と私を見つめた。
「……ミルトレッド家は、このロクシエーヌ王国建国当時からの由緒ある公爵家です。魔法力を持つ公爵家は誰もが近づきたいと思う家門ですから他の貴族たちの間には必然的に牽制が生まれます。つまり私たちのような身分の低い男爵家なんかはじかれて当然なんです。それなのにヴィクター様に続きアンネローゼ様にエリオット殿下…。こんな高位の家門の方ばかり…。ステラさん……いつか誰かに刺されるんじゃありませんか…?」
「恐い事言わないでよ…」
なんとなく…なんとなくだけどいくつかの心当たりが浮かぶ。
(カリスタ一派はあの件以来、謹慎は解けていないし、カリスタ本人は国外追放になったと聞いた。直近でなんかしてきそうな人で思い当たる人と言えば…ミッシェルたちくらいだけど…流石にそんな事まではしないでしょ?)
「まあ、私の事だったら心配しなくて大丈夫よ。ちょっとやそっとの事じゃ死なないから」
「白き乙女」だしね。
「作業は降誕祭の二日前から始めましょう。道具と人員はそれまでに確保してくるから。頑張りましょうねっ!リリア」
「は、はい…っ!よろしくお願いします!ステラさん!!」
本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回は久しぶりに鍛冶屋さんの登場です。そろそろミルが出来上がってる頃でしょうか?
次回もどうぞよろしくお願いします(^^♪




