12 私と馬丁と男爵家
フライング投稿です。
私がこの度お世話になることになったヴェルナー男爵家は、王国建国以来の土豪で王都の北に位置し広大な領地を持つ由緒のあるお家柄だそうだ。現当主はコンラット=ヴェルナー男爵。配偶者はイザベル=ヴェルナー男爵婦人。どちらも優しく穏やかな方々で領民にも大変人気がある。二人いるご子息は既に成人され、ご長男は騎士として王都に、ご次男は伯爵家に婿入りし当主となられたという。主な産業は酪農、豆やイモといった農産業、豊富な木材を利用した製紙業。隣接する多領とも国境の隣国とも交流、交易において関係は良好でどこをとっても申し分ない領主様だ。
私は、ガタゴトと馬車に揺られながら、男爵家のあらましについてアレンから説明を受けていた。
「ねえ、男爵家のご子息って二人とも家を出ちゃってるの?じゃ、ここの跡継ぎは?誰が継ぐの?」
「ご長男はまだ独身だから、戻られれば継がれる可能性もあるんだろうけど、難しいだろうな」
「なんで?」
「近々騎士爵をお受けになるみたいだから」
おぅ、そうなんだ。これって普通の事なんだろうか。跡取りが二人とも家を出るって。
「男爵様はお優しいから、お二人を引き留めなかったらしいよ」
ふーん。まあ私だっておばあちゃんを残して出てきちゃったしあんまり人のこととやかくは言えないんだけどね。
「あ、ステラとご子息たちを同じには考えないでね。ステラはちゃんとあとの事まで考えて出てきたんだから」
ってか、さっきからなんなの!なんで私の考えてることがわかるのよ!怖いんだけど……、エスパー?
「ステラは顔に出やすいから」
そう言ってアレンは振り返って微笑んだ。
顔に出やすいって……、あんた御者でしょ!前しか見てないじゃん!顔すら見てないのに……ホントに怖いんだけど。
「でも、最近男爵様は養子を迎えられたらしいよ」
「養子を?」
「遠縁の親戚らしいけど。名前はルーカス様。確かステラより二歳年下って話だよ」
「ふーん」
どんな子だろ?仲良くなれたらいいな。なんて考えてハッとアレンを見た。また考えを読まれるかもしれない!私は急いで両手で顔を隠す。
アレンはそんな私を横目で見てクスッと笑い小さな声で「ステラなら大丈夫だよ」そう呟いた。
その声は馬車の走る音にかき消され私の耳には届かなかった。
男爵様のお屋敷はこれまでに何度も訪れているので今更緊張はない。いつも通り迎えてくれる執事のフレデリックさんはとても優しいおじいさんだ。
「こんにちは。フレデリックさん!」
「おかえりなさいませ、ステラお嬢様」
「え?」
いつもと違うお出迎えにちょっと面食らう。フレデリックさんはニコッと笑うと、
「本日よりステラ様は当家のお嬢様でございますので」
間違っていませんよ、といたずらそうにウインクする。ふふ、この人のこういうとこ大好き。男爵様とフレデリックさん、それにイザベル様は小さい頃からの幼馴染だそうで、ちょっとぽっちゃり体型の男爵様と細身ですらっとしたイケジイはとっても仲がいい。というか男爵様をいじって遊んでるのを時々見かけるけどあせあせしてる男爵様が可愛かったりしてなんかほっこりする。それを見ている夫人もほんわか笑顔でいるからきっとおんなじ気持ちなんだろう。
「さあ、お部屋にご案内しましょう。イザベル様が張り切って衣装やら家具やらを整えていらっしゃいましたよ」
これまではサロンでお茶をいただくだけだったので、屋敷の奥に入るのは今日が初めてだ。改めて見るお屋敷は歴史のある建物であるにも関わらず手入れが行き届いていてどこもかしこもピッカピカだ。
こちらですよ、と扉の前に案内された。両開きのドアを開くと目の前に広がる空間…。すごい…これ私の小屋の何倍あるの?
真っ先に目に飛び込んできたのは天蓋付きの大きなベッド。大きな窓には真っ白なシフォンのレースカーテンがかかり明るい光が差し込んでいる。床には毛足の長いふかふかの絨毯。これ…踏んでいいのかしら…。壁紙は淡いピンクベージュの地色にコーラルピンクの小さな薔薇が全体にちりばめられていてとてもかわいらしい。調度品はすべて白で統一されていてまさにお姫様!といったお部屋だ。奥にも扉がある。あれは浴室だろうか。どうしよう…広すぎて落ち着かない…。前世だって3DKのマンションに家族4人、私の部屋は6畳だったのに。あれ?こっちにも扉がある。
「そちらは衣裳部屋でございます」
フレデリックさんが先に立って扉を開けてくれる。うぉ!まぶしい!!私の小屋くらいの広さの部屋いっぱいにつめこまれたドレスの山。これだけあるとひと月に一着着ていっても袖を通しきれないんじゃない?
「ステラ!やっと来てくれたわね。待っていたわ」
「イザベル様」
後ろから声を掛けられ振り返ると男爵夫人が立っていた。
「ふふ、ステラがなかなか来てくれないから、棺桶の中からあなたを迎えなきゃいけないかと思ってしまったわ」
両手を広げて微笑んでいる夫人の腕に飛び込むとぎゅっと強く抱きしめられる。
「この日が来るのをどんなに待ちわびたことか。愛してるわ。今日からあなたは私の娘よ」
愛おしそうに額にキスを落とすと、ふふっと子供みたいに笑った。
「さあさあ、とりあえずお風呂に入ってお着替えしましょう。私あなたを着飾りたくてうずうずしているの」
こんなに楽しい事ってないわ~と夫人は衣裳部屋に消えていく。どれがいいかしらととても楽しそうだ。
私はというと突如現れたメイドさんたちに奥の扉に連れて行かれる。扉の向こうにはかわいい猫足のバスタブが見える。あ、やっぱり浴室だった。湯舟にはホカホカとたっぷりの透明な湯がはられている。てきぱきと動きのいいメイドさんたちがいつの間にか私の服を剥いでいた。うぉー!ちょっと待って!恥ずかしい!!もう私13歳だから!服ぐらい一人で脱げ…ああ!ちょっと!!
気が付けば下着一枚残らずはぎとられてた。いつの間に!!
「あのあの!!私とても汚れているので!!一人で入れますから!!」
とりあえず上と下、大事なところだけを手で隠して抵抗を試みる。そりゃね、小説で読んだりして知識はありますよ。でもこんな大勢の前で一人真っ裸でお世話されるなんてどう考えても恥ずかしすぎる。まして生粋のスラム育ちの私はこの世界で一度もお風呂に入ったことなんてないんだからね!とにかく汚いのよ!!
「いいえ、そういうわけには参りません。私たちはステラ様のお世話係を勝ち取るために他の同僚を蹴落としてこの場にいるのです!もうみんなずっとずっとお嬢様を着飾りたくて…っ!お嬢様は原石です!私たちはそれを磨き上げたくずっとてぐすねを引いておりました!」
他のメイドさんたちもうんうんと力強く頷いている。
なんと…。驚いた。私いつのまにかそんなに愛されちゃっていたのか…。というよりこのメイドさん、心の声がダダ漏れですが私はこの先大丈夫でしょうか…?
ちょっとドン引いてる隙に担ぎ上げられ浴槽に放り込まれた。びっくりする間もなく数人のメイドさんに囲まれ体を磨かれ髪を洗われいい匂いのする香油を塗りたくられる。それにしても…、はわわ~気持ちいい…。昔はよくスーパー銭湯とか行ったなあ。広いお風呂大好きだったし。スラムでは体を拭くか川で水浴びだったからな。マッサージをされるとだんだん眠くなってくる。ああ、極楽極楽。
湯舟から水揚げされパウダールームまで手を引かれる。いや、自分で歩けるんだけど…。大きな鏡のこれまた白い猫足のドレッサーに促され椅子に座って鏡に映る自分の顔をみる…。
(うそ……これ、私?)
初めて見る鏡の中には知らない顔が写ってる。無造作にのびた肩までのプラチナブロンドは香油の効果でつやつやと輝いている。透き通る肌…とは言わないが今まで色黒だと思ってた肌は思っていたよりも白い。そうかあれは汚かっただけか…。グリーンがかったヘイゼルの瞳が鏡の中から見つめてくる。ほえ~、私意外とかわいかったのか、びっくりだ。
「ほらぁ、だから言ったでしょお嬢様!お嬢様は原石なんです。さあ、これからさらに磨かせて頂きますよ~!」
両手にはメイク道具。ふふふっと笑う。すでに抵抗をあきらめた私は、おてやわらかにお願いしますと黙って目を閉じた。
衣裳部屋に通されると今度はイザベル様が待ち構えていた。部屋の床にはこんもりとドレスの山ができている。
「まあまあ、なんてかわいらしいのかしら。さあステラ。今度はドレスを選んでちょうだい。私はこれがいいと思うのだけど、でもこっちも捨てがたいの。ああでも、これもあなたに似合いそうだわ」
すべてがピンクのドレスですが…。イザベル様はピンクがお好きなんですね。結局私はその中のピンクのドレスを身に着けた。ピンクしかなかったからね。上部は白地にピンクの小花柄、スカート部はシフォン生地をたっぷりふんわりさせたコーラルピンクのAラインのワンピース。ウエスト部分のリボンを前で結ぶとアクセントになってとてもかわいらしい。ひざ下の長さもちょうどいい。くるくる回ってスカートが広がるのを楽しむ。うん、かわいい。
「…まるでエリシアが帰ってきたみたい…」
小さく、ささやくような言葉だったが私は聞いてしまった。エリシア様は亡くなったお嬢様の名前だ。そっか、エリシア様はピンクがお好きだったのね。エリシア様が成長して成人なさっていればきっと私ぐらいの娘がいてもおかしくない。イザベル様のお気持ちを考えると胸の奥がキュッと痛かった。
「イザベル様、素敵なドレスをありがとうございます」
イザベル様はハッとして、それから愛しむような眼差しで私を見た。
「さあ、みんなにお披露目よ。あなたの従者はいったいどんな顔をするかしらね」
ウインクするしぐさがかわいい。そうかアレン。何ていうのかしら、って馬子にも衣装だな、とか言われそう…。
「そうそう、ルーカスも紹介しなくちゃね」
次話投稿は明日朝6時の予定です。
よろしくお願いします。




