127 私とアンネローゼとカラフルニョッキ 5
ニョッキ回、最終です。
皿に盛り付けられたニョッキからはホカホカと湯気が立ち上る。
最初にスプーンを持った殿下が、黄色いニョッキをおもむろに掬い取る。
「殿下!いけません!まずはお毒味を…っ!!」
騎士の一人が慌てて声を上げる。
「いい、誰が作ったと思ってるんだ?」
殿下がスプーンの上で湯気をあげるニョッキにフーフーと息を吹きかけ、大きな口で頬張る。ハフハフと口の中で転がした後、もぐもぐと幸せそうに咀嚼しごくんと飲み込んだ。
「そう、これだよぅ…っ。この食感が忘れられなかったんだぁ…っ。なんでこんなにもちもちしてるんだろう。すごくおいしい。ソースも…この間みたいに濃厚じゃないけど、スープっぽくていいね。ソースのこの甘さは玉ねぎかな?」
「はい、殿下にたくさん切って頂いたのでたっぷり使ってみました。玉ねぎは弱火でじっくり炒めると辛みが抜けて甘みが増すんです。って、オニオンスープの時に経験済みでしたね」
「うん、あれもすごくおいしかったよね。今度また一緒に作ろう。さあ、みんなもどんどん食べて欲しい。とってもおいしいから」
その言葉に各々がスプーンを取る。
待ちきれないとばかりに人参のニョッキをスプーンですくい上げるアンネローゼ様。
「…んっ!おいしい…っ。なんなのこの食感…っ。これがニョッキなのね。やっと食べられたわ。つるんとしててもちもちしててすごくおいしい!これを私が作ったなんて…信じられない!」
アンネローゼ様が目を輝かせる。
「それに彩りが楽しいわね。黄色に緑に赤に白。どれから食べようか迷っちゃう!」
「味も食感も微妙に違うのがいいですわね。それにこのソース。ニョッキにつけた溝にすごく絡んでたまらなくおいしいですわ」
その場にいる全員の手が止まらない。みんなの「おいしい」の言葉に私の胸はいっぱいになった。
「おかわりもできますから。遠慮なくおっしゃってくださいね」
その言葉にセシリアが勢いよくお皿を差し出す。それに続いて何人かの騎士たちも手を上げた。
(気に入ってもらえたみたいでよかった)
みんなのお皿を回収しながらテーブルを回ると、手を止めてお皿をじっと見つめているアンネローゼ様が目に留まった。
「どうかなさいましたか?アンネローゼ様。…お口に合いませんでした?」
さっきまであんなに楽しそうに召し上がってたのに、どうしたんだろう。
「これ…ミッシェルたちにも食べさせてあげたかったわ。こんなにおいしいんだもの。きっと気に入ってもらえたと思うのだけど」
「……」
私が視線を上げると、エリオット殿下と目が合った。
「でも、誘ったのに断られたんでしょ?だったら仕方ないんじゃない?こんなおいしいもの食べる機会を逃すなんてほんとバカよね」
シンディが大きめのベーコンを頬張りながら、ついでにスプーンをくるりと回す。
「誘ってみたんですか?」
「…ええ。でも『料理なんて貴族のすることじゃない』って断られてしまって…。それ以来なんだか疎遠になってしまって…。最近はあまりお話しする機会もなくなってしまったの」
アンネローゼ様がシュンと肩を落とす。そんな彼女の肩を殿下が優しく抱き寄せた。
「人の興味はそれぞれだから。君が気に病むことはないよ」
「そうよ。今日は楽しかったんだからいいじゃない。そんな風に悩むのはもったいないわ。割り切った方が気が楽よ、アンネ」
いつの間にかアンネ呼びになっているシンディ。私の知らないうちにかなり仲良くなったみたいだ。
「ええ…ありがとう、シンディ」
そんな気安い態度を取ってもらったことが嬉しかったのか、アンネローゼ様が頬を赤らめて嬉しそうにはにかむ。その姿がものすごくかわいらしい。
同時に、私のいじりの虫がむくむくと顔を出した。
「あ、いいですね、その顔。すごくかわいいです、アンネローゼ様。もっと笑ってください」
「えっ!い、いきなりどうしたの…っ?ステラ…」
私の突拍子のない発言にアンネローゼ様がワタワタと慌てだす。
「いきなりも何も、そう思ったからお伝えしたまでですが…おかしいですか?」
「違うよ、ステラ。ローゼは笑ってなくてもかわいいんだよ。怒ってても泣いててもすごくかわいいんだから。何なら昔の彼女の肖像画を見せてあげようか?どれも良く描けているんだよ。専用の部屋に保管してあるからいつでも見に来ていいよ」
専用の部屋か…。うん、流石にそれはちょっと引く…。
「ではそれはまた、別の機会にでも…」
「や、やめてください…っ!あの部屋は片付けてくださいってお願いしたじゃありませんか!!」
顔を真っ赤にして言い返すアンネローゼ様。
あれ?これってもしかして……っ。ちょっとまずいんじゃない?
「片付けたよ。きちんと年代別に整理したんだ。今までよりずっと見やすくなったんだよ」
「そ、そういう事を言ってるんじゃないって……っ」
下を向いてプルプルと震えだすアンネローゼ様。まずい…。これ絶対ヤバい奴だ……っ!
私は慌ててその場を離れようとした、が……、
「言ってるじゃありませんかぁ―――っ!」
ばしゃぁぁぁ――――――っ!!
どこからともなく降り注ぐ大量の水。
その場にいた全員が全身びしょぬれになる。
(ま、まにあわなかった……)
「あははっ、また油断しちゃった…。最近多いよね。あははははっ!」
あきらめムードの騎士たちと目を見開いて固まっている料理人と医師たち。
それから…、
「わ、私のニョッキがぁぁぁぁ……っっっ」
と水浸しの状態で大声で嘆いているセシリア。
シンディは咄嗟に何かを察知したのか、いつの間にか厨房の方に移動して事なきを得ている。
そんな中小さなハンカチ一枚を手に「ごめんなさいっごめんなさいっ」を連呼しながら右往左往しているアンネローゼ様。
阿鼻叫喚リターン……。
私は髪の毛とスカートを思い切りぎゅうっと絞るとはぁと大きく息を吐いた。
本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
昨日は急にアクセス数が伸びびっくりしました。登場人物重要でしたね。すみません。
次回から「降誕祭」という名の学園祭に突入します。
次回以降もどうぞよろしくお願いします、




