123 私とアンネローゼとカラフルニョッキ 1
なんか今月は自分の思い通りに事が運ばず、悶々としています。
「ステラ~。ほうれん草ってどうやってゆでるの?っていうかゆでるって何?」
「ステラ。ニンジンとジャガイモを鍋に入れて火にかけたんですが、黒い煙が出て来ましたわ。しかもこのおかしな臭い…何でしょう?」
「楽しいわね!ステラ!」
キッチンの至る場所から私を呼ぶ声が響く。
ここはカフェの厨房。
「ステラと料理がしたい!ニョッキが食べたい!」というアンネローゼ様の要望を叶えるべく、私たちは前回同様この場所を借り切って調理実習の真っ最中だ。
「シンディ!!ほうれん草は切っちゃダメ!!まずはお鍋に水と塩を入れて火にかけてちょうだい。沸騰したらほうれん草を根元から入れてゆっくりお湯に沈めて。それが茹でるって作業だから。あとですりつぶすから結構柔らかめで大丈夫」
ナイフを振りかざし、生のほうれん草に今まさに入刀しようとしているシンディに慌てて指示を出す。
「ああっ!!セシリア!!水っ!!お鍋に水入れないと!!焦げてるから一旦火からおろして!!それにニンジンもそんなに入れなくていいから!!色付けに使うだけだから2本くらいで大丈夫!ジャガイモもそんなにたくさん使わないから。あと丸ごと茹でると時間がかかるから半分に切ってくれる?その方が皮をむく時も楽だから」
大きめの寸胴の縁から怒ったハリネズミの背中のように飛び出しているニンジンの山と底に敷き詰められた大量のジャガイモ。しかも鍋の中には水が一滴も入っていない。直火にかけられた鍋の中から黒い煙がのろしのように上がっている。しかもこの臭い…間違いなく焦げてる!!
(なんでこんなことに…。これなら殿下の時の方がずっとマシだった…)
あの時はこんなにバタバタしなかったのに…。
そもそもこの二人、私の言う事を聞かなすぎる。行動力があるのは結構だけど初心者の独断ほど怖い物はない。
「今、僕の時の方がマシだったって思ったでしょ?」
フフッと笑い声が聞こえ、振り返る。そこには椅子に腰かけた殿下がこちらを見ながらニコニコと笑っていた。
「よ、読んだんですか?私の心」
「ふふっ、そんなことしなくても、ステラはわかりやすいから」
そんなことしなくても…?えっ?そんなことしなくてもって今言った?…ホントに読めるの?!
そう言えば昔、アレンとスラムから男爵邸に向かう馬車で同じような事があったのを思い出した。
(アレンと殿下って、やっぱり兄弟だったりして…)
あの日以来、アレンには会っていない。しばらくは男爵家の仕事で他領を回るのだと、学園に休暇届を出しその日のうちに寮を後にしたのだと、彼の友人に聞いた。
(あの時はそんな事、一言も言ってなかったのに…)
それに…
(私…アレンにキスされたんだよね…)
無意識に指が唇をなぞる。
柔らかな唇の感触を思い出し思わず頬が赤くなった。
「僕の顔に見とれてくれるのは嬉しいけど、後ろ、大変な事になってるよ。いいの?」
いつの間にかぼーっと殿下の顔を見つめていたらしい私に殿下が首を傾げる。
「え?」
慌てて振り返った私はその光景に唖然とする。
セシリア担当の鍋からは地獄の釜のごとく煮えたぎった湯がボコボコと吹きこぼれている。シンディは茹で上がったほうれん草を水に取ろうとしてあまりの熱さにざるごと放り投げ、近くの騎士様が湯を被らまいと逃げまどっていた。その後ろでおろおろする料理人の方たち…。
阿鼻叫喚―――。
この言葉をこんな所で使う事になろうとは…。
「楽しいわね!ステラ。お料理って!!」
(空気読んでください。アンネローゼ様…)
エリオット殿下の隣で椅子に腰かけ、キラキラと目を輝かせて私たちの調理(?)の様子を眺めているアンネローゼ様。
(そもそもこの人は何をしに来たんだろう…)
「と、とにかく!!一旦落ち着きましょう!!みんな手を止めて!!」
その場を一旦整理した私は、ふーっとため息をついた。
「なんだか取っ散らかってしまいましたが、一つずつ確認していきましょう。まずは殿下…」
私は殿下の方を指さした。
「殿下はなぜこちらにいらっしゃるのでしょう?今日は気軽に女子だけですわ、とアンネローゼ様から伺っていたんですけど」
そのつもりで色々準備をしておいたのに、フタを開けてみれば大量の材料を運び込む料理人に騎士と医師。前回より多少の人員の削減は見られるけど物々しい事に変わりはない。
(いないのってヴィクター様くらいじゃないの?)
「え…だって。僕だけ仲間外れなんて、寂しいじゃないか。それとも僕なんていない方がよかった?」
目をウルウルさせて涙を浮かべる殿下の様子に、近くの騎士がカチャリと剣に手をかける。
ヒィィィッ…コロサレルッ!!
「そ、そんな事は言ってませんが、こちらにも都合がありますので事前に言って頂けると嬉しいです」
「へへっ、ごめーんね」
悪びれず殿下が言う。おい、さっきの涙はどこ行った?
「それから…このエプロンは、何なんでしょう?」
私たちは今、揃いのエプロンを身につけている。これは開始直前にアンネローゼ様から渡されたものだけど、同じものをなぜか殿下も身につけていた。
「ふふっ、いいでしょ?ローゼのために僕が作らせたんだよ。料理をする時は汚れないようにこういうのを身につけるんでしょ?似合うよね、ローゼ。ホントにかわいい。やっぱり作らせて正解だった」
真っ白な生地にたっぷりのフリルをあしらった、いわゆる『新妻エプロン』。
相手もいないのにまさかこれをつける日が来るとは思わなかったけど、問題は素材。
「大変申し訳ないのですが殿下…これは料理をするには適していません。主に素材が」
「ええっ!!」
殿下が用意してくれたエプロン。
(おそらくこれ…シルク、よね?)
サラサラとした肌触りに滑らかな質感。どう考えても綿ではない。装飾にたっぷり使われているリバーレースは平民には一生お目にかかれない程の高級品だ。
(1cmのモチーフで金貨1枚はくだらないのに…)
これではエプロンのためのエプロンが必要になる、案件だ。
(このエプロン一枚でフレンチフライのワゴンがいくつ作れるんだろう)
と、思わず貧乏性な考えが頭をよぎる。
「そっかぁ…。僕の勉強が足りなかったみたいだね。でも、今回はとりあえずそれで我慢してよ。後ろの二人も服は汚れてないみたいだし、一応役には立ってるみたいだから」
な・ん・で・す・と…?
私は恐る恐る後ろを振り返る。
(いぃやぁぁぁ―――っ!!)
背後に立つシンディとセシリアを見て私はひっくり返らんばかりに心の中で叫声を上げた。
真っ白だったはずのエプロンは煤やら泥やらにまみれ元の様子が一切わからない。シンディに至ってはレース部分のあちこちが裂けて破れている。
(何をしたらこんなに汚れるの?!料理をしてただけじゃないの?)
「エリオット様、確かにこのエプロン、レースの部分がかなり弱いですね。すぐ破れちゃうし。レースいらないかも」
「そうですわね。もう少し丈夫な…ニードルやトーションがおすすめですわ。私、いいものを知ってますのよ」
「そうか。それじゃ、ローゼのかわいらしさが引き立つものを厳選してもらおうかな。次回までに新しい物を作らせよう」
(そういう事を言ってるんじゃないし、そもそも次があるの?!)
私は眩暈におそわれ、その場に崩れ落ちた。
本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回更新は一応明日を予定していますが、あまり自分が信じられないので告知はしないでおきます( ;∀;)
この続きもどうぞよろしくお願いします。




