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11 私とアレンと旅立ち

◇◆◇


3年が過ぎ、私は13歳になった。

そして今日、私はスラムを出る。あれからいろいろ考え私は男爵家の養女になる事を決めた。


男爵夫人とはずっと手紙のやり取りを続けていた。ソフィアおばあちゃんが小さい頃から字の書き方を教えてくれていたおかげだ。時々お茶にも誘って頂きずっと交流を続けている。今では二人目のおばあちゃんのような存在になっていた。



スラムはあの頃とずいぶん変わった。昼間っからお酒や博打をする男たちはいなくなった。大声でヒステリックにわめき散らす女の声も今は聞かない。朝は笑顔であいさつをかわし、日暮れはおいしそうなスープの香りが漂ってくる。そんな当たり前の町の情景が広がっている。


「フレンチフライ」のワゴン販売は予想以上に大当たりした。

食べ物を油で揚げるという調理方法がなかったこの国ではフレンチフライは大変めずらしがられた。噂は平民街だけにとどまらず男爵領、ひいては王都にまで広がっていった。

おかげでワゴンの制作工房とイモの加工工場も予想以上に早く着工でき、半年もたたず「事業」としての基盤が出来上がった。これにはヘイデンさんと男爵様の尽力があればこそ。二人は見た目小娘の私の話に真剣に耳を傾けて、意見を出し、知恵を貸してくれた。いくら前世で経済の勉強をかじっていたからと言って経営の実務は全くの素人。この世界のルールもあり、すごく勉強をさせてもらった。



工房も工場も「経営」は順調だ。実はヘイデンさんたちと話し合いを重ねる中でうれしい発見だったのが路地販売の形式だった。この国にも露店商は数多くいるけれど、店自体を移動でき尚且つ販売もできる移動販売車の発想がなかったようだ。

確かに町の露店はござ売りかテント売りしか見かけなかった。しかもそれらは大抵野菜だったり工芸品のみの販売で、その場で作って売るという軽食販売自体が始めてのことで、より多くの注目をあつめることができた。

工房の人たちも私がイメージを伝えると意見を出し合い改良を重ね、コンパクトで軽くて丈夫な素晴らしいものを作ってくれた。ブランド感を出すためのイメージとしてカラーは赤と黄色に決めた。だってほら、やっぱり引っ張られるじゃない?こういうのって。この組み合わせはこの世界にはないカラーなので街中で特に目を引いた。今や製作に半年まち。みんなが「元祖」の看板を欲しがった。

加工工場も今まで働いたことのなかった女性たちにとって初めて()()()()を見いだせる場所になったようでみんな生き生きと働いている。近くに子どもを預けられる施設を作ったのも大変喜ばれた。

今ではそのノウハウを学ぶために近くの町から勉強に来る人なんかもいてなんと街に宿屋ができた。宿屋だけじゃない。食堂にパン屋、雑貨屋、食品店……、今までこの街になかったものが徐々に増え始めた。

人が集まれば仕事が生まれ、やがてお金を生む。昔座学で学んだだけの言葉が今は身をもって体感できている。

みんなの力でここまで来られた。その事が本当にうれしかった。

この3年で「スラム街」と呼ばれていたこの街は正式に「町」となった。きちんと税金も納め今では「希望の町」とも呼ばれている。もう誰もスラム街なんて呼ばない。

そして親分として街を見守っていたヘイデンさんは新しい町の町長として町政を取り仕切っている。一番理想の形でこの町は生まれ変わることができた。


つい先日、私はこの商売のすべての管理をヘイデンさんと商会にお願いすることにした。ここまで商いが大きくなってしまっては子供の私には荷が重い。きちんとした組織に管理してもらうのがいいだろうと判断した。それに男爵家に入る私はもう今までのように関わることが難しくなる。ちょっと寂しい気もするけど私も町も次のステップを踏むいい機会だ。




「ステラ、準備できたかい?」


ソフィアおばあちゃんが小屋の入り口に立っていた。


「うん。大した荷物はないから」

「そうかい」


おばあちゃんは近くの椅子を引き寄せるとよいしょ、と小さく声をだして座った。

外ではアレンが馬車の準備をしてくれている。アレンは馬丁として男爵家に雇われることになり私と一緒にこの町を出る。


「おばあちゃん…」


私はおばあちゃんの前に膝をついてその両手をぎゅっと握った。


「私を拾ってくれて、今まで大切に育ててもらいました。おばあちゃんのおかげで今まで生きてこられたの。本当に…本当にありがとう」


おばあちゃんを見上げると、いつもの優しい笑顔を向け、私の手を握り返してくれた。


「あの日、ホントはあそこに行く予定じゃなかったんだよ。薬草は東の森にしかないから。でもなんでかねぇ、行かなきゃいけない気がしたんだよ。そしたらお前がいた。すやすや眠ってる顔が本当にかわいかった。今だから言うけどね、お前の周りを遠巻きにオオカミの群れが囲んでいたんだよ」

「え?!そうなの?」


おばあちゃんはふふっと笑ってうなずいた。


「でもね、怖い感じじゃなかった。どちらかというと見守っているような感じ。とても静かで穏やかで、ちっとも怖くなんかなかったんだよ」


おばあちゃんは懐かしそうに目を細めた。


「お前は特別な子なのかもしれない。あのスラムをたった3年でここまで変えてしまうなんて。イディなんて一時期すごく落ち込んでて見てて面白かったよ」

「そうなんだ…」

「もう恩返しなんて考えなくていいから。これからは自分のために生きなさい。お前自身の幸せのために生きるんだよ」

「…うん」

「二度と会えなくなるわけじゃない。いつでも帰っておいで」

「うん」


おばあちゃんをぎゅっと抱きしめ、そっと頬にキスをした。


「ステラ、そろそろいい?準備できたよ」


アレンに促され、おばあちゃんから離れる。


「行ってきます!」



町の人たちに見送られ馬車が出発する。御者席にはアレン。降り返ると遠く小さくなった町の人たちがいつまでも手を振ってくれているのが見えた。


この時、町の案内看板とすれ違ったことに私は気づかなかった。

そこには「希望の町ステラ」と書かれていたのだけど、それを知るのはもう少し先のことになる。


次回投稿は明日朝6時を予定しています。

遅くなり申し訳ありませんがよろしくお願いします。

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