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112 私と嘘と彼女の宣言

「……アンネローゼ様は、彼女たちの言葉を信じたわけですね…」


彼女の肩がビクッと震えた。


「お、怒ってる?」

「…怒って…います。…せん」

「ど、どっち?」


どっちつかずの答えにアンネローゼ様が小さくつぶやく。


「怒ってるというか…、むしろ感心してるというか…」

「感心…?」

「ええ。一つ目は『よくこれだけの嘘が思いつくな』というミッシェルさんに対する感心、二つ目は『これだけあからさまな嘘なのにそれを簡単に信じてしまった』アンネローゼ様の人の良さへの感心。あとは『これだけの事を言わせてしまうほど嫌われてしまった』自分への感心…ですね」

「え?!嘘、なの?」

「……当事者の私が嘘だと言ったところで、信じられないでしょう?」

「え…どうして?」

「……」


大丈夫かな…この人。ピュアっピュアにピュアすぎる。そして、ここまでスレてないと本気で心配になる。


「アンネローゼ様はどう思います?ミッシェルさんたちの言葉と私の言葉、どちらが真実だと思われますか?」

「え…?」


アンネローゼ様は一瞬困ったような顔をした。


「……あの子たちが…私に嘘をつくわけないわ。だって私たち友達なんだもの…」

「だったら…私の言った言葉は忘れてください」

「で、でも、あなたは噛んだりしないんでしょう…っ?」

「…これまで生きてきて人に噛みついた記憶はありませんが…。まあ、どっちでもいいです。そう思いたい人がいるのならそれでもかまいません」

「どうして…?」

「…この世のすべての人にいい感情だけを向けてもらうなんて所詮無理な話ですから。私の事を嫌いな人が悪い噂を流す…よくある事です。そんなのいちいち気にしてたらキリがありませんし心が疲弊します。昔それで痛い目に遭いましたから…」

「…あなたも?」


(ええ、ものすご~~く昔の話ですけどね)


私はコクンと頷いた。


「今はもう他人にどう思われようとかまいません。ミッシェルさんたちは友達ではありませんし、アンネローゼ様には申し訳ありませんが今後もお付き合いしたいような方たちでもありません。どうでもいい人間に何を言われようと痛くもかゆくもありませんね」

「あなたは…強いのね」

「…そうですか…ね?…うん…そうですね。昔では考えられないくらい私は強くなれたと思います。でもそれは、何があっても私を信じてくれる人たちが傍にいてくれるからです。本当の私を丸ごと受け入れてくれる、そんな友人ができたからこそ私は強くいられるんだと思います」

「うらやましい…。そんな風に言えるあなたが…」


そう言ったきり、アンネローゼ様はソファの背に顔を埋めてしまった。

私はそんな彼女の元にそっと忍び足で近づくと、ソファの上に唯一出ていた両手をガシッっと掴んだ。

ビクッとして顔を上げた彼女に、


「がおっ!!」


と、大きく口を開けて顔を近づけた。


「きゃあぁぁ!!」


悲鳴を上げて逃げようとするが私に両手をガシッと掴まれているので逃げるに逃げられない。

その様子がかわいくて私は思わず大声で笑ってしまった。


「そんなに笑うなんて…っ!失礼よ」


本気で怒ってる…というより恥ずかしがっているのかな…?


「……」

「な、なにか…?」


アンネローゼ様が不安そうに私を見ている。

うん、この人かわいいな…。




「アンネローゼ様、実は…私…男なんです」

「ええっ!!そ、そう…なのですか…?」


「それにスラムの生まれなので、多額の借金がありまして…少しお金を貸していただけませんか?」

「それは大変ね…。どのくらいあれば足りるのかしら?」


「アンネローゼ様、私…余命があと二日なんです」

「そ、そんな…。私になにかできる事はあるかしら?」


「……」


とんでもない事を聞いてしまったと(多分)困ったような顔でおろおろしている。



「ごめんなさい。全部嘘です」

「う、嘘なの…?」


そんな彼女を見て、私は決めた。


「アンネローゼ様。よろしければ私とも、お友達になって頂けませんか?」

「こ、この流れでいきなり何を…」

「どうでしょう?ダメですか?」

「それは……。ミッシェルたちがきっと嫌がるから…」

「彼女たちは関係ありません。友達って誰かに命令されたり、決めてもらうものではないでしょう?私はアンネローゼ様に決めてもらいたいんです」

「私……私は……」

「…もしお嫌なら、はっきり断って頂いて構いません。でももし曖昧な事をおっしゃるなら…これからもぐいぐい攻めていきますよ。友達だって言ってもらえるまで」

「どうして私にそこまで…?」

「うーん…どうしてでしょう?自分でもよくわかりませんが……、アンネローゼ様がかわいいからでしょうか?」

「私がかわいい?!」

「はい、かわいいです。からかいたくなると言うか困った顔が見たくなるというか…そういうかわいらしさです」


殿下の気持ちが少しわかるような気がする。


「よくわからないわ…」

「つまり……笑っている所がみたい、そういうことです」

「……っ」

「なので…正直そのメイク、邪魔ですね」

「この顔…?」

「はい。表情が読みづらいです。失礼ですがそのメイクはご自分で?」

「いいえ、これはミッシェルたちがやってくれるの。最新のメイク術だそうよ。これから王都でも流行るだろうからって。未来の王妃は常に流行の最先端にいてもらわないとって言ってくれて…」

「やっぱり最新のメイクでしたか!私もそうじゃないかって友人に言ったんですが、違うってバッサリ切られまして…。あとでちゃんと謝ってもらわないと…っ!!」


(シンディとセシリアめ…散々私の事バカにしおって…許すまじ…!)


「あなた…変わってるわ」

「ああ、それよく言われます。自分ではそんな風には思わないんですけど…。でもそんな自分も嫌いではないので、誉め言葉としてちょうだいします」

「……ふふっ」


その時、アンネローゼ様の口から初めて笑い声を聞いた。


「もう私への警戒はとけましたか?」


その言葉に彼女は初めて私の顔を真正面から見てくれた。そして厚塗りの化粧の上からでもはっきりとわかる輝かしい笑顔を浮かべた。


「ええ、大丈夫です。きっとあなたは悪い人ではないわ。きっとミッシェルたちが誤解してるだけ。ステラ嬢の気持ち、よくわかりました。あなたのお申し出をお受けすることにします」


その笑顔につられ、私はそっと彼女に右手を差し出した。



本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。


次回113話の更新は明日19時頃の予定です。

明日もどうぞよろしくお願いします(^^♪

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