108 私と彼女と殿下の証言 2
「アンネローゼとはもうずいぶん長い付き合いになるから…改めて聞かれると難しいな…どんな子なんだろう?」
私に聞かれても困るんですが…。
こうなったら私からの質疑応答に変更させていただこう。
「殿下とアンネローゼ様の婚約はいつ決まったんですか?」
「一番上の兄が亡くなってすぐの頃だったから、僕が6歳の時だよ。あの頃、一つ上の姉も急に王宮から居なくなってしまったからすごく寂しかったのを覚えてる。そんな時連れてこられたのがアンネローゼだったんだ」
クローディア様のことだ。確か前王妃殿下がお亡くなりになったのもその数年前だと聞いている。そんな短期間に幼い殿下の周りから大切な人がどんどんいなくなってしまったのか。
「アンネローゼはね、今よりずっと小さかったんだよ。これっくらい」
殿下が親指と人差し指を広げてサイズを示す。いや、どう考えてもそんなに小さくはないでしょう。
「初めて会った時ね、ローゼはずっと僕の事を睨んでたんだ。でもなんで睨まれるのかわからなくて。『なんでにらんでるの?』って聞いてみたんだ。そしたら急に泣き出しちゃって…」
殿下は昔を思い出したのかクスッと笑った。
「睨んでたわけじゃなかったんだ。ただ緊張してただけで…もともと目元がきつい事もあってコンプレックスだったんだって。それなのに初対面で泣かしてしまって…でも泣きながらすごく怒ってて。それがすごくかわいいなって思ったんだ」
ふむふむ、きつい目にコンプレックスか…。それにもしかして、若干のツンツン女子?
「アンネローゼ様はお友達が多いようですね」
私は思い切って近々の事を聞いてみた。
「ああ、そうみたいだね。この学園に入ってから急に友達が増えたみたい。今まで令嬢の友人がいた事がなかったからね、彼女」
「え?そうなんですか…?」
「うん。緊張するとつい余計な事を言っちゃうんだって。だから相手を泣かせちゃったり怒らせちゃったりしてなかなか友人ができなかったんだ。でも今一緒にいる令嬢たちはそんな事気にしなくていいって言ってくれたみたいで…すごく喜んでた。あんなにうれしそうな彼女初めて見たよ。ふふ、その様子もすごくかわいかったんだ」
「殿下…アンネローゼ様の事かなり溺愛していらっしゃいますね?」
「うん、だって一目ぼれだったから」
「そうなんですか?!」
まさかの殿下の恋バナ。うわっ!!すごく楽しいんだけど!!!
「泣いてる顔も笑ってる顔もすごくかわいいんだ。あ、でもこれは内緒だよ。言うと怒るんだ。まあ、それも楽しいんだけど」
「うわぁ、いいですね!素敵です!!そんな風に思われてアンネローゼ様は幸せですね。うらやましい!!」
「君にはいないの?そういう人」
「ははっ、いませんねぇ。そういう方は。兄妹みたいな人はいるんですけど」
「そうなんだ。でも気がつかないだけじゃない?君、そういうの鈍そうだし」
ニコニコと殿下が私の心をえぐる。
「今、サラッと悪口言いましたよね…?」
「え?僕は褒めたつもりだけど…。そう聞こえなかった?」
「…いえ全く…。でもまあいいです。私もうっかりしてました。殿下は天然王子でしたもんね」
「…え?」
「あ…っ」
しまった。ついまた思ってたことが口からまろび出た。
「…ふっ」
失言にワタワタしている私を見て殿下が急に笑い出した。
「はははっ!!ステラはホントに楽しいね!僕に面と向かってそんな事言う者はいないんだ。そっかぁ。ステラは僕の事、天然王子って思ってるんだね」
「も、申し訳ありません…っ!で、でもっ!!思ってただけですから!!口に出したのは今日が初めてですから…っホントです!!」
「あはははっ!!それっ…全然フォローになってないから…っ!!」
しゃべればしゃべるほど沼にハマる。もうしゃべんない。
「ああ、もうほんとに…。こんなに笑ったのいつぶりだろう。ステラといると王太子だって事忘れちゃう。こんな大笑いしてるの王宮の者に見られたら報告案件だよ」
「えっ…そうなんですか?」
「うん。王太子は常に冷静に。何事にも心を動かされないよう微笑みをたたえすべての事を見極める事…そう教えられてきたからね」
「大変なんですね…王太子をやるのも…」
殿下がきょとんとした顔で私を見つめ、再びプッと吹き出した。
「そうだね…っ!大変なんだ。王太子をやるのも…っ」
(え、私…なんか変な事言った?)
「ホントだったら王位を継承するのは兄のはずだったんだ。兄はすごい魔力の持ち主だったんだよ。物心がついた頃から力のコントロールもできたんだって。僕みたいな薄い緑の瞳じゃなく純度の高い深い緑の瞳の持ち主で…。まだ小さかったけど次期国王として誰もが認めていた。なのにあんなに簡単に死んじゃうなんて…。前の日まで姉と三人で一緒に遊んでたのに…。病気なんてとても信じられなかった」
さっきまでの笑顔が嘘のように殿下の表情が沈む。
「僕には兄程の魔力はない。誇れるのは必死で身につけたコントロール力だけ。到底兄の代わりなんて務まるはずはないんだ。みんなもきっと僕に期待なんかしてない…」
「え?それはないと思いますけど…?」
即答した私に、殿下の瞳がくるんと揺らぐ。
「…なんで…そう思うの?」
「え…だって…私が普段見かける殿下はちゃんと王太子ですから。多少天然ではありますが学園での殿下の立ち居振る舞いはとても王太子です。先日のカリスタ嬢の時のお言葉も大変すばらしかったとみんなが言ってました。こんなこと私が言うのもなんですが、お兄様と比べる必要はないのではないでしょうか?失礼ですが、お兄様が亡くなられて9年の歳月が流れています。その9年の間、殿下はずっと努力なさって来たんでしょう?今仮にお兄様が現れたとしてもその9年分の努力は確実に殿下が勝っています。お兄様にだって負ける訳がありません。もっとご自分に自信を持たれてもいいのではないですか?少なくとも私たちの中で王太子は殿下だけですから。他の誰でも代わりにはなりません。それに…」
私は心細そうな殿下に笑いかけた。
「殿下は結構、愛され王子だと思いますよ」
茫然と私を見つめていた殿下の瞳が急にキラキラと輝きを増した…ように見えた。
殿下はフッと静かに微笑むと、静かに瞼を閉じた。
「君についての報告に悪いものが一つもない理由が…分かった気がする…」
その小さなつぶやきは私には届かなかった。
殿下は顔を上げると、とても美しい微笑みで私を見た。
「君みたいな子がローゼの友人になってくれたらいいと心から思うよ。なかなか理解されにくい人ではあるけどできればステラには仲良くしてやってもらいたい。彼女の友人は君みたいな子の方がいいと思うんだ。今の子たちよりも…」
殿下は静かに私の手を取るとその指にそっと口づけた。
「ローゼの友達になって欲しい…。僕のお願い、聞いてくれる?」
今日は更新の予定じゃなかったんですが、急に仕事がキャンセルになったので更新しちゃいました。
次回109話の更新は明後日、水曜日となります。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。




