10 私と魔法と秘密の呪文
第2回目の販売日、私の読みはピタリと当たり出だしから絶好調だ。口コミは思った以上に広まっていたようで開店前からワゴンの前に行列ができる。前回買ってくれた人は「いつまた売りに来るのか待ちわびたよ」と声をかけてくれた。
やはり口コミ効果と中2日とった事が功を奏したようで嬉しかった。
前回以上に揚げては売りに揚げては売りを繰り返す。でも今回はワゴンも人員も前回の3倍だ。少しは余裕がある。メインのワゴンは店頭販売用として行列を捌く。あとの2台は持ち売り用にして前回同様木箱に入れて売り歩く。イモを揚げるのはコツがいるのと怪我の心配から二十歳を年長に5人、男4人女1人と決めた。前日前々日の2日を練習に当てる。
「とにかく熱いので油には十分気を付けてね」
「揚げすぎると黒くなって見た目が悪いし苦くなるので目を離さないように」
「揚げ鍋から離れるときは必ず火を止めて。必ずよ」
うるさいくらい注意した。ホント火傷だけは気を付けて欲しいかった。スラムみたいな衛生状態の悪いところで油火傷なんかしたら最悪死ぬから。
練習して試食して、なんなら近くの人達にもお味見よろしく配っていたら、いつの間にか行列ができていつの間にか炊き出しみたいになっていた。うーん、ちょっと失敗したな。
そして今日、みんな予想以上に手際よく捌いてくれている。しかも目をキラキラさせて生き生きとしていてなんか楽しそう!やりがいを見つけて働くって結構楽しいんだよね。なんか私もうれしくなった。
よーし!負けてらんない!私だってジャンジャン揚げるわよ!
途中何回か商会の人がお金を受け取りに来てくれた。知らない人だと安心できないので来るのは毎回ヘイデンさんの右腕の人、私も顔見知りのエルマーさんだ。多分まだ20代前半じゃないかな?細身の一見優男風のこの人、実はものすごく腕がたつんだって。人は見かけによらないね。
昼休憩を交代でとって、その間に在庫の確認をしておく。この間よりだいぶ多めに準備したけど夕方までもたないなぁなんて思っていると、通りの向こうからアンナが走ってくるのが見えた。アンナは前回も手伝ってくれた最年少6歳女の子。金色のツインテールがよく似合っている。木箱が空になっている所を見ると全部売り切ったんだろう。嬉しそうに駆けてくる。が走り方がやや前のめりなのが気になる。転ばなきゃいいなと思っていたら、
「あっ!」
案の定派手に転んだ。慌ててかけ寄る。
「…っ大丈夫?!」
「…うん」
アンナはひざ小僧をおさえ、ぐっと口を一文字に食いしばって泣くのを我慢していた。
見せてみて、と押さえていた手をどけさせるとそのとたんに血が滲みだしポタっと一滴、石畳にたれた。
あ、やばい…、と急いでハンカチでひざを抑え、アンナを見ると大粒の涙が目じりのたまっていく。これは泣く…。と思っているうちに涙がポタポタと落ち、ふぇーん、と泣き出した。近くの水場に連れていき傷口を洗い流す。そんなにひどいケガじゃないけど、地味に痛いやつだわ、これ。あと子どもは泣き出すと止まらない。でもね、実は私すごい魔法が使えるの。その名も「イタイノイタイノトンデイケー!」だ。この国の人は誰も使えない不思議なおまじないよ。ふふん、すごいでしょ。
「アンナ、これは内緒なんだけど私魔法が使えるのよ」
アンナの耳元でコソコソっとささやく。
「…ヒッ…ク…、ま、ほうっ?…」
しゃくりあげながら、アンナが顔を上げる。
「そう、痛くなくなる魔法だよ」
「うっそだぁ、魔法は王族しか使えないって死んだ母ちゃんが言ってたぜ!」
様子を見に来たアンナの一つ上の兄のジョアンが口をはさむ。えっ、そうなの?知らなかった。あったんだ、魔法。
へぇーと思いながら私はアンナの膝を両手でそっと包み込むと秘密の呪文を唱えた。
「イタイノイタイノトンデイケー!」
膝をつつむ私の両手がホワッと温かくなる、ような気がしたことにしとく。アンナがきょとんとした顔をしている。涙は止まったようだ。
「どう?」
「いたくない!!」
アンナは嬉しそうに言い、ニコッ笑った。ふふ、いいわ~子どもってかわいい。素直で。
「うっそだー!そんなわけないじゃん!!」
うるさい、黙れ!あんたもある意味素直だけど今はそういうの要らないのよ!
「ウソじゃないもん!!ほんとにいたくないもん!!」
「ウソだね!!うっそだー!!」
はやし立てるジョアンに若干イラっとする。でも私は、見た目は子ども中身は大人だから、そんなことじゃ怒んないのよ。ゆっくり立ち上がり、ジョアンの目を見つめながらその肩をがっしりとつかむ。一瞬ビクッとした彼ににっこり微笑みかけながら耳元で優しくささやく。
「ジョアーン。いつまでもー、こんな所にいてもいいのぉ?今日の売り上げ一番じゃなかったらぁそのよくしゃべる口に熱々のポテトねじ込むわよ。ポテトは熱々がおいしいの知ってるでしょ?」
と言い放った。ジョアンは慌てて口を押え、うんうん頷くと急いで木箱を抱えて走り去った。
「大人げない…」
「いいのよ。私子どもだもん」
いつの間にかそばに来ていたアレンがあきれたように言う。アレンにネタバレしといてよかった。
「ステラおねえちゃん。すごいね。まほう、すごいね!」
アンナの足にハンカチを縛ってあげるとキラキラした目で言われる。
ううっ…なんかだましてるみたいで後ろめたい…。
「そうだよ、ステラおねえちゃんはすごいんだ。でもこれは秘密のおまじないだからね。みんなには絶対内緒だよ」
アレンが助け舟を出してくれた。ほんとに頼りになるお兄ちゃんだ。
最終的に今日の売り上げは銅貨で袋8つ、銀貨が袋1つと半分だった。予想以上の売り上げにみんな口々に「やったー」とか「すごい!!」とか歓声を上げて喜んでいる。一日楽しく頑張ったからね。その達成感も相まって喜びもひとしおだろう。それぞれに今日の手間賃を支払うとみんなが更に笑顔になった。
ちなみに今日のご褒美銀貨の受賞者はジョアンだった。午後からの巻き返しがすごかったらしい。何があったんだろう、ね?
それからは今後の事について話し合った。今のスラムについて私が思っていること、この街をみんなの手で豊かにしたいと思っていること、みんなの気持ち、ヘイデンさんの想い…。ここにいる若い世代が一歩を踏み出せばきっと未来は開けるはずだ。みんなは真剣な顔をして聞いてくれた。今回の商いを呼び水にこのスラムが少しでもいい方向に変わればいいな、そう願った一日になった。
次話投稿は明日6時を予定しています。
今日も1日お疲れさまでした。
次回もよろしくお願いします。




