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106 私とお茶会とじゃがいもニョッキ

「びっくりしたわね~。なんで今まであんな存在感のある令嬢に気がつかなかったんだろう」

「全くですわ。一目見たら忘れられないあのメイク…。はっきり言って化粧品の無駄使いですわ」


恒例の夜のお茶会。

クロノールさんに貰った黒灯熱石のおかげで夜間キッチンに湯を取りに行く必要がなくなった私たちは格段に寮母さんに怒られる回数が減った。感謝してます、クロノールさん。


「もしかしたら最近のはやりとか…なんじゃない?」


メイクなんてこの世界に来てからほとんどした事のない私は正直流行に疎い。美容に関して全く興味がないのでその知識と常識はほぼレベル0。しかも今後上がる予定もない。


(前世でも化粧は必要最低限しかしなかったし…何ならすっぴんでもそんなに気にならなかった。おかげで先輩以降男っ気ゼロ。だぁれも近寄ってこなかったしなぁ)


でも世の中なんて何が流行るかわからないじゃない?実際前世でも「ガングロ」とか「ヤマンバ」とか流行った時代もあったんだし。もしかしたらあれが、今の王都の最先端なのかもしれない。


それなのに、


そんな私の言葉にシンディとセシリアが憐れむような顔で私を見た。


「…そんな訳ないでしょ。いくら流行に疎いステラでもそれくらいはわかるでしょ?」

「シンディ…しかたないですわ。ステラなんですから…」


(何よぅ…、そんなにディスらなくてもいいじゃない)


私はあらかじめ頑張って挽いておいた豆を使って二人にコフィアを振舞った。ほんとは引き立てがおいしいんだけど、なかなかの重労働だから時間のある時にやっておかないと好きな時に飲めない。


(早くできないかな、コフィアサーバーとミル。エヴァンズさん、頑張って!)




「ねえ、ステラに絡んてきた令嬢って、アンネローゼ嬢に檄を飛ばしてた子?」


シンディが私の新作『ビスコッティ』をかじりながらそう聞いてきた。


「うん、そう。ミッシェル=ターナーって名乗ってた。伯爵家のご令嬢だそうよ」


シンディがガジガジと必死になってビスコッティをかじっている。硬いんだよね、これ。

私はシンディからそれを取り上げると彼女のコフィアの中にトポンと浸した。

少しの時間浸したビスコッティはコフィアを吸って柔らかくなる。それをシンディの口に突っ込んだ。


「ターナー家ですか…。あまり大きな家門ではありませんが貿易関連の事業で成功した伯爵家ですわね。領地には特に特産品と言える商材がないので、先代のご当主がそちらに舵取りをしたことで財を成したようですわ。最も先導していたのは奥様だったそうですが。そのためご婦人に人気の香水やクリームなんかの高級品の取引が多いようですわね」


「……」

「……」


「なんですの…?」


「…いや、相変わらずそういうの詳しいなと思って」

「うん、セシリアの情報っていつもすごいよね。勉強になります」


私たちがそういうとめずらしくセシリアが頬を赤らめた。


「…嫁ぎ先が商会ですから…。それなりの勉強はしておかないとお役に立てませんから」


ふーん、政略結婚とは言っていたけどお相手の事、結構好きなんだな。

セシリアの意外な一面を見ることができた。


「じゃあ、あのメイクももしかしたらミッシェルが?」

「うーん、わかんないけど、流石にあれを勧められても断るでしょ?あんな顔にされて黙ってるとか意味わかんないし」

「なんだかつかめないご令嬢でしたね。高圧的な態度を見せたかと思えば急に優しかったり…。どういった方なんでしょう?」

「うーん……」


結局ここであーだこーだ言ってても謎は謎のまま。


(なるべく、殿下の周辺の人たちには近づかないようにしよう。なんか嫌な予感しかしないし…)







そうは思っていても…


(呼び寄せてしまうのは私の特殊能力なんだろうか…)



この数日、なるべく殿下周辺に近づかないため一人でランチを取る事にしていた。


カフェには殿下専用のテーブルがあり、彼はそこでしか食事を取らない。その事実を知ったのはつい最近の事。まあ、殿下と直接話をする機会なんて一生ないと思ってたし関わりになるなんて夢にも思わなかったから知らなくて当然なんだけどね。

だからランチ時にカフェに近づかなければ会う事もないだろうと高をくくっていた。


それなのに…。


私はテーブルの向かいでニコニコと笑っている殿下を見ながら、静かにため息をついた。



ここは学園のどの施設からも遠く離れた西の庭園の東屋。昼時にわざわざ出向くような場所ではないので人の姿は常に皆無。スープポット片手に片道10分以上もかけてここまで通ってきていた私の苦労は何だったんだろう。


「久しぶりだね、ステラ嬢。最近カフェで見かけないからどうしたんだろうと思っていたんだよ。どうしたの?なんでこんな人気のないとことで一人で食事をしているの?」


まさか「あなたのせいです…」とも言えず、あいまいに笑ってごまかす。


「…殿下こそ、どうしてこんな時間にこんなところにいらっしゃるんですか?」


殿下に構わずスープポットの蓋を開け、私は食事を開始する。今日のポットの中身はジャガイモのニョッキのチーズクリームソース。温かいままだからチーズも固まらずいい感じにとろりとしている。


「…おいしそうだね……」


殿下の喉が上下する。ううっ…そんな顔をされても殿下は食べられないじゃないですか。


「殿下…あの…お食事は…?」


穴が開くほど見つめられ、仕方なく話題を振った。


「ん?いや、食べてないよ。君を探そうと思ってまた護衛をまいてきちゃったから…」

「は…っ?え……っ」





ナンデソンナコトヲスルンデスカ……。




「ねえ、それはなんていうスープなの?」


殿下がポットの中を覗き込んで不思議そうな顔をしている。


「……これは、スープというよりはパスタですね。ジャガイモと小麦粉を混ぜて茹でたニョッキというパスタをホワイトソースとチーズで絡めてあるんです。もちもちしていてとてもおいしいんですよ」

「へぇ…そうなんだ。聞いてるだけだけど、すごくおいしそう」


ポットの中を見つめよだれを流さんばかりの殿下に堪り兼ねた私は、とりあえずの社交辞令を口にするより他なかった。


「あの…よろしかったら一口いかがですか?」


スプーンとポットを差し出すと殿下はじっと私の顔を見た。


そしてニコッと微笑むと静かに目を閉じ、あーんと大きく口を開けた。



本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。


次回107話は明日19時頃更新予定です。

どうぞよろしくお願いします☆

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