102 私と殿下とオニオングラタンスープ 3
昨日のつづきです。
大きめのザルに薄切り玉ねぎの山を築いたところで、鍋を二つ用意する。
「次にこの玉ねぎを炒めていきます。最初は火が強いと焦げてしまうので少し弱火で行きましょう。まずはバターとみじん切りにしたにんにくを入れ香りが出てきたら玉ねぎを入れます」
この世界の鍋は焦げつきやすいのが玉にきずだ。ほんとは強めの火で一気に炒めたいところだけど焦げてしまっては元も子もない。しかも殿下は初心者だしね。失敗はさせたくない。
熱した鍋の中で溶けたバターににんにくが踊る。
「なんだかいい匂いがしてきた」
鍋の中を覗きながら殿下が大きく息を吸い込む。
「そろそろ玉ねぎを入れてください。全部入れちゃって大丈夫です。だんだんカサが減りますから」
ジュワ―っといい音がして更にいい香りが室内に広がる。
「ここからは根気との勝負です。とにかく焦げないように混ぜ続けてください」
最初のうちは混ぜにくい玉ねぎも、徐々に水分が出て柔らかくなっていく。鍋の縁まであった白い玉ねぎの山が半分くらいの高さまで落ち着いてポテッとした塊に変わっていく。
「なんかもったりとしてきた。これは?いつまでこうしてたらいいのかな?」
「そのうち色が変わってきます。なるべく鍋の底からかき混ぜてください。できれば広げるように。そうです。お上手です」
「ははっ、また褒められた」
「疲れませんか?」
「全然。すごく楽しいよ」
単純作業だし、結構腕も疲れると思うんだけど…。それを楽しいって言ってくれるならなによりだ。
玉ねぎの色もいい感じの色になってきた。いわゆる飴色というやつだ。
「そろそろよさそうですね。ここまで来たらあと少しです」
大鍋に二人で炒めた玉ねぎを移し替え、ブイヨンのスープを加える。煮立たせて塩胡椒で味を調えたらオニオンスープの完成だ。
「これで出来上がり?」
ほわほわと湯気の立ち上る大鍋のスープを覗き込み、殿下がワクワクした表情で私を見る。
「あと少しです。持ってきていただいたハードパンをスライスして少し焼いておきます。その間にカップにスープを注ぎましょう」
殿下が、言われた通り陶器のカップにスープを注ぎ入れる。そこにこんがりと焼いたパンとたっぷりのチーズをのせていく。
「これをオーブンで焼きます。上のチーズが溶けたら完成ですよ。この調理が『グラタン』です。それじゃ、焼けるまでにテーブルの準備をしましょう。さあ、騎士さんたちも、お医者さんも料理人の皆さんも席についてください」
「わ、私たちもですか?!」
1人の騎士が驚いたように声を上げる。
「もちろんです。みんなで食べた方がおいしいじゃないですか」
「い、いや…私たちは…。殿下と同じテーブルにつくなど…許されません」
他のみんなもうんうんとざわめいている。
「えっ…でもそのつもりでたくさん作っちゃいましたし…。残したらもったいないですから」
それでも誰一人席に着こうとしない。えー、どうしよう。
「いいじゃないか。僕が初めて作ったスープだよ。みんなにも是非食べて欲しい。そうだよね?ステラ嬢」
殿下がみんなを促す。私も力強く頷いた。
殿下に言われて断る勇気のある人間は一人もいないらしく、戸惑いながらみんなが席に着く。
殿下にも座ってもらい、私はシンディとセシリアに手伝ってもらってみんなの元にスープを運んだ。
ホカホカと湯気を立ち上らせるオニオングラタンスープ。
トロッと溶けたチーズには少し焦げ色がつき、スープを吸ったパンが柔らかそうに色を変えている。
殿下は食い入るようにスープを見つめている。その喉がごくりと上下した。
「それじゃ、皆さん頂きましょう。すっごく熱いので絶対火傷しますから。気を付けて食べてくださいね」
殿下がスプーンを持ち上げ、ゆっくりとスープに沈める。
まずは一口。
黄金色のスープに形をなくした玉ねぎがわずかに浮かぶ。それを上品な仕草で静かにすすると、殿下がほぅ…と息を吐いた。
「……おいしい」
それを見ていた周りの人たちもようやくスプーンを手に取る。初めて見るスープに慎重だった人たちも一口スープをすすると目を輝かせた。
「うまい!!」
「なんておいしいんだ…。こんなスープ今まで食べたことない。スープに入ってるこのパン。あのカッチカッチのパンだろ?焼きたてならともかく、冷めたらとてもじゃないけど食えたもんじゃないのに…それがこんなに柔らかくなるなんて…」
「ああ、しかもただスープに浸しただけじゃなくて熱々だ。チーズも溶けて…見ろよ!ははっ!こんなに伸びる」
口々に述べる感想を殿下は静かに、そして笑顔を浮かべて聞いていた。
そしてもう一口。
今度はスプーンいっぱいにスープをすくうと、フウフウと息を吹きかけ冷ましてからスープを飲んだ。
「……」
それから、はやる気持ちを抑えきれないといった様子で、スープに浮かぶパンにスプーンを差し入れる。スープをたっぷりと吸ったパンはスプーンだけで簡単に千切れる。持ち上げると溶けたチーズが細く伸びた。
「パンはスープを吸って更に熱いですから。フーフーして食べてくださいね」
殿下はコクリと頷くと、私の言いつけを守ってフーフーと息を吹きかけている。
(ヤバッ…つい子どもに言うみたいに言っちゃった…)
私の心配をよそに、しばらくフーフーと息を吹きかけていた殿下が、唇で温度を確かめると慎重に口に運ぶ。入れた瞬間少しだけ動きを止めたのが分かった。そして一点を見つめたまま咀嚼し、ゆっくりと飲み込むと黙ってスープを見つめている。
器ごと熱く焼かれたスープからは相変わらずホカホカと湯気が立ち上っている。
そのスープにポタリと一滴。
何かが静かにこぼれ落ちた。
次回103話の更新は16日(水)を予定しております。
お礼が遅くなりましたが、ブックマーク、評価ありがとうございました。
本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
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