100 私と殿下とオニオングラタンスープ 1
100話目です(*^_^*)
「なにかまた、おもしろい事を始めたみたいだね」
夕方、学園のカフェのキッチンでごそごそとやっている私にアレンが声をかけてきた。
「なんで知ってるの?」
「そりゃ、君の事だったら何でも知ってるよ」
先日の突拍子のない私の提案は、意外にもすんなり王子に受け入れられた。
「僕が…自分で作るの?料理を?」
「はい。ご自分で作ったお料理ならおかしなものを入れられる心配もありませんから。出来立てを温かいまま召し上がる事ができますよ」
「出来立て…」
エリオット様の喉が小さく上下した。彼は少しだけ考えていた様子だったけど、すぐに顔を上げにっこり笑った。
「そうだね。やってみようかな?温かい料理か…うん、いいね」
心無しかちょっと嬉しそうなエリオット様に私の顔にも自然に笑みが浮かぶ。
「じゃあ、色々準備しないとね…。ヴィクター!」
エリオット様が突然、思がけない人物の名前を呼んだ。え…?ヴィクター…?
「お呼びですか?エリオット様」
すると間を置かず、生け垣の裏からスッとヴィクター様が姿を現す。
「ヴィ…ヴィクター様っ?!」
(…いつから居たの?)
「ステラ嬢の話聞いてた?僕ね『温かい食べ物』を料理するんだ。準備してくれる?」
「承知いたしました」
「ステラ嬢。あとの事は任せるから必要なものがあったらヴィクターに言ってね。僕そろそろ行かないと…本気で捜索隊でも出されたら面倒だし」
気がつけば、午後の始業を告げる鐘が鳴っている。
「…近衛の連隊長が目の色を変えて探しておいででした。余り勝手な事をなさるとまた王妃様に…」
「わかってるよ。大丈夫、もうしない。あ、この事も母上には内緒だよ」
「承知しております」
「それではステラ嬢。僕は先に失礼するね。約束、楽しみにしてるから」
そう言って去って行ったのが数日前の出来事。
私はあれからほぼ毎日、慌ただしく準備に追われる事になった。
王族へのイベント企画がこんなにも神経を使うものだったなんて…知ってる人がいたら是非とも教えて欲しかった。
まず最優先は場所の確保。警備の関係上、王宮でという案も出たけれど流石にそれはお断りした。王宮の料理人に囲まれて披露するほどのレシピに私は心当たりがない。それにあんまり大事にして目立つのは断じて避けたかった。王宮に出入りする男爵令嬢…そんなのどんな噂が飛び交うかわかったもんじゃない。
そこでヴィクター様と話し合い、学園のカフェの調理場を借りる事で話は落ち着いた。ここならおかしな人間が入り込めばすぐにわかるし、そこそこ広く必要な道具も一通りそろっている。
場所は無事確保できたので、次の課題は何を作るか…。
温かくておいしくて幸せな気分になれて、しかも作ったぞ!っていう満足感と楽しかったって思い出に残る食べ物なーんだ?
となぞなぞのような問題に数日間悩まされ、ようやく出した答えは、
『オニオングラタンスープ』
ちょっと手間と根気はいるけど、熱々のこれはかなり幸せな気分になる事間違いなし。
必要な材料とブイヨンのスープは王宮から直前に運ばれることで話がついている。これも予め材料に何かを仕込まれないようにするための対策らしいのでそこは甘えさせてもらう事にした。ブイヨンは一から作ると時間がかかるしね。王子を料理人に転職させるわけじゃないんだから、そこまで本格的にやる必要もない。
それ以外にも警護やら毒味やらの人員が配置される事、万が一に備えて数人の宮廷料理人と医師が同行する事をヴィクター様から聞かされた。改めて、軽率な自分の発言に冷や汗が出る。
私的には学生時代の調理実習みたいなものを想像していたのに…改めて王太子という立場の重大さを認識させられることになった。
(まさか、こんな大事になるなんて想像もしなかった…)
あまりにも物々しい雰囲気になってしまったため、場を盛り上げるためシンディとセシリアに付き合ってもらおうと打診したところ親戚縁者の身辺調査までされてしまって、ホントに申し訳なかった。
「ねえ、よかったらアレンも参加しない?」
私の準備を見ながら、リンゴをかじっているアレンに声をかけた。
ここは少しでも多く身内を召喚しておきたい。
「僕は遠慮しとくよ」
「なんで?」
あっさりと断られてしまったがそう簡単には引き下がりたくない。
「エリオット王子とは…あんまり顔を合わせたくないんだ」
複雑そうな顔をしてそっぽを向くアレンの態度に私は心当たりがあった。
(ああそっか…内緒だけどエリオット様ってクローディア様の弟君だもんね)
「婚約者に逃げられた男」の称号を持つ者としては複雑な心境なんだろう。
そっかぁ、そうだよねぇと思わずにやける顔を背けた背中に…、
「…お仕置きいる?」
とにこやかに微笑まれた気配を感じた。私は慌ててブンブンと頭を横に振った。
次回101話は明日19時頃の更新予定です。
これまでの連載の中で「皇后」がちょくちょく出て来ましたがすべて「王妃」に変更しました。
王国ですからね。王妃が正解でした。
一応全部直したつもりですがもしまだありましたらご一報ください。
読者様だよりで申し訳ありませんがよろしくお願いします。
ブックマークも120人を超えまして、ありがたい事です。
話数も100を超えましたので無理なく読んでいただけたらと思います。
冬ですので、ドライアイには十分お気を付けください。
本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
明日もどうぞよろしくお願いします。




