99 私とスープと天然男子 2
「まいてきちゃったんだ」
そう言って笑う彼の言葉を、脳が瞬時に判断できない。
「はい…?」
思わず聞き返してしまった。
「隣国の視察から戻って以降、急に母上の護衛が増えちゃって。気の休まる暇もないから、隙を見て逃げて来ちゃった」
あははっと殿下が笑う。その笑顔は前回見た時の王太子然とした凛々しい表情よりもかなりあどけなく見える。
まあ、確かにね。たまには一人になりたい時ってあるもんね。その気持ちよくわかります。
「まあ、そんな時もありますよね。いいんじゃないですか?息抜きも必要ですから」
私がそう言うと殿下はきょとんとした顔で私を見た。
「いいの?」
「…?なぜですか?」
「そんな風に言う人は僕の周りにはいないから。立派な王になるためには努力を怠るなって。常に気を抜くなって、みんなはそう言うよ。君は変わっているね」
おっとぅ…殿下に変わってると言われてしまったぞ。
「立派な王だって息抜きは必要でしょう?そもそも立派な王っていうのがよくわかりませんが…。誰か参考になる人がいるんですか?」
「みんなは初代国王のロクシエーヌのようになれって言う」
この国の名前って初代の王様の名前だったんだ。初めて知った。
「初代国王って…そんな大昔の人誰も会ったことないじゃないですか?立派だったかどうかもわからないのに」
「違うの?」
「さあ…どうでしょう?暴君だって国をまとめ上げる人はいますから」
「でも、みんなが…」
「あの…さっきからみんながみんながっておっしゃってますけど、殿下はどう思われているんですか?初代国王のようになりたいんですか?」
「僕…?ほくは…」
殿下はそう言うと下を向いて黙ってしまった。
(やばっ…国の要人に余計な事を言っちゃったかな?)
その時、殿下がハッと顔を上げると慌てたようにベンチの裏に身をかがめた。
(な、なに…?)
そして生け垣の奥に潜り込み身を隠すと私に向かってシッと唇に指をあてた。
そこに、
「ご令嬢…」
足音もなく数人の騎士が現れ、私を取り囲んだ。
これはひょっとしなくても殿下の護衛の騎士さんたち、ですよね。
「なんでしょう?」
私はベンチから少し離れると極上の微笑みを彼らに向けた。
その中の少し年長の男が私の前に歩み出た。
「王太子殿下…いや、エリオット様をお見掛けしませんでしたか?」
10人はいるだろうか。みんな中々に鋭い目つきをしている。
以前見かけた二人の従者はこの中にはいないようだ。
(確かにこの人たちに囲まれてたら息も詰まるだろうな…)
「令嬢…?聞いていますか?」
しかもちょっとイライラしてるのが見て取れる。そりゃそうか、護衛対象にまかれたんだもんね。早く見つけないと処罰の対象になるかもしれない。
私はにっこり笑うと、明後日の方向を指さした。
「見かけましたよ。なんだかとても急いでいらしたようでしたわ。あちらの方に走って向かわれましたけど…」
「そうですか。お手を煩わせました。おい」
行くぞ、と年長の騎士が他の騎士を顎で促す。
彼らの姿が見えなくなったところでようやく、
「もう出てきても大丈夫そうですよ」
と声をかけた。殿下はよじよじと四つん這いで這い出して来るとふぅ、と息を吐き頭を振って生け垣の枯れ枝を振るい落とした。
「ありがとう、ステラ嬢。助かった。何のお礼もできないけどよかったらこれ…まだあったかいよ」
そう言って私にスープポットを手渡してきた。っていうかこれ、ずっと持ってたのか…。
「…返して頂けて良かったです」
お帰り…私のお昼ごはん。
「それにしてもその入れ物すごいね。持ってる間ずぅっと温かかった。炎の魔法がかかってるの?」
「違いますよ。これは灯熱石で作られた『スープポット』というものでして…」
私は詳細に、このポットについて熱く語ってみた。ついでにポットの中身のスープについても。野菜たっぷりのミネストローネ…。そう言えば私、いつこれ、食べられるんだろう…?
殿下はへぇ、とかそうなんだ、とか相槌を入れながら興味深く聞いてくれた。
「いいなぁ、温かい物なんて生まれた時から食べたことないから全然想像もつかないけど、きっとすごくおいしいんだろうね。君の話を聞いていたら心からそう思えるよ」
ニコニコとした笑顔の下で、とんでもない話を聞かされた。
(温かい物を食べたことない…?うそでしょ?)
「あ、だったらこれ食べてみます?まだあったかいですし…って、ダメか…。食べかけなんて失礼ですよね。ごめんなさい」
「…ううん、失礼ではないよ。でもごめん、食べられないんだ。今日は毒味の人間を連れて来てないから…」
「あ…」
そういう事か…。王族たるものいつ何時命を狙われるかわからない。食事なんて絶好の機会、狙われないわけがないもんね。
「あ、でも誤解しないで。君のスープに毒が入ってるなんて思ってないから。これは決まりだから仕方ないんだ…。気を悪くさせちゃったらごめんね」
「全然気にしてませんよ。それより温かい物を食べた事がないなんて…。人生の9割損してますね」
王族なんて百害あって一利なし。満足な食生活を送れないなんて、転生が王女とかじゃなくてホントによかった。
「そうかな?今まであんまり気にしたことがなかったけど…。正直食事に対してあまり興味がないんだ。王宮の食事をおいしいと思ったことは一度もないし」
「そうなんですか…?!」
だって、王宮のご飯だよ。おいしくないわけないと思うんだけど…。
そんな私の反応に殿下はクスっと笑った。
「僕たち王家の人間はね、会食以外の食事は一人でするんだ。給仕の人間もたった一人。素性のはっきりした者を選びに選んで担当させるんだよ。もし僕に何かあればその者が罰せられるだけで済むからね。調理人の所から運ばれてくる料理は、途中何人もの毒味役が味を見る。当然だけど時間がかかる。だから僕の所にたどり着くころには冷たくなった料理しか運ばれてこないんだ」
冷たいご飯に個食…。しかも何人もの人間が手を付けた、いわば食べかけ。
そんなの、食に興味をなくして当たり前だ。
「殿下は温かい物…食べてみたくないですか?」
「うん…どうかな?君の話を聞いてたら食べてみたい気もするけど…。正直わからない。でもどのみち王宮の調理人の作ったもの以外食べてはいけない決まりになっているから…」
「だったら…ご自分で作ってみる、というのはいかがでしょう?」
次回100話は明日19時頃更新予定です。
とうとう100話まで来ちゃいました。
まだもう少しお付き合いくださいませ。
本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
また明日もどうぞよろしくお願いします(^^♪




