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9 私と商いと頼れる親分

おはようございます。

朝ですがちょっと長めのお話です。

今日も一日頑張りましょう。

「ステラ?」


アレンが心配そうにのぞき込む。ハッとして我に返った。昔の事を思い出していた。


「あ、ごめん…。…ちょっとぼんやりしてた」

「疲れただろう。今日はもう休もう?」


アレンがそれ以上追及してこなかったことにホッとした。


「うん」

「いろいろ話してくれてありがとう。もう1人のステラを知ることが出来てうれしかったよ」

「もう1人の私…?」


アレンがニコッと笑う。


「たとえ紗奈が君の中で過去の人だとしても、記憶がある限りそれは君の延長上にある。だから僕は紗奈という存在も含めて君を大切にしたい。紗奈も含めて君は僕の大事な人だから」


家族だろ?僕ら、と見つめてきた。

アレンの大人な対応とよくわからない色気に、ほんとに12歳?と疑わしくなる。記憶がなくても、きちんとした教育を受けてきただろう気品みたいなものが彼にはある。それはスラムに落ちてからもずっと変わらない。言葉遣いは多少悪くなったかもだけど。こんな愛の告白みたいな言葉言われたら世のお嬢さん方だったら胸キュン、卒倒案件だわ。


「アレン……、気を付けてね」

「……?何を?」

「あんたのそのよくわからない色気は世のお嬢さんたちを惑わしかねない」

「…?何言ってるの?」


でもアレンの気持ちは受け取った。彼に恋心を抱くことはないけど、家族としてはとっくに愛しちゃってるのです。


「ふふっ。大好きよ。アレン」

と笑顔を向けると、彼もにっこりほほ笑むと頭をポンポンと撫でてくれた。


「僕もだよ」


ベッドに入ると、あっという間に眠りについた。事故の日以来少しづつ、毎日のように夢に出てきた紗奈の記憶が今日はちっとも浮かんでこなかった。誰かに話すことで落ち着いたのかな?その日はなんの夢も見ることなくぐっすりと眠ることが出来た。



◇◆◇



前回のワゴン販売から3日後、私たちは広場に集まっていた。

今回はワゴンを3台に増やし、売り子は15人ほど。スラムの現時点で働ける子どものすべてが集まってくれている。

実はあの日の翌日、スラムではちょっとした騒ぎが起きていた。

手伝ってくれた子ども達の親が小屋に押し掛けて来たのだ。無理もない。スラムでは銀貨1枚あれば家族4人、一週間は飢えることなく生活ができる。それを半日足らずで、しかも子ども達だけで稼いできたのだ。スリでも万引きでもなく真っ当な商売として。それは大人達はビックリしただろう。集まったのはそれだけじゃない。この話を聞きつけた街の人たちも一斉に押しかけてきて大騒ぎ。みんな目が血走っててちょっと怖い。まあね、自分もおこぼれにあずかりたいと思うのは世の常だもの。当然の結果だわ。

まあ、これに関しては想定の範囲内という事で既に手は打っておいた。この街は行政から目の届かない、いわば捨てられた街ではあるけれど自治はある。それを取りまとめている親分さんに予め話を通しておいたのだ。なんでそんなことができたかっていうと、なんとこの人、ソフィアおばあちゃんの幼馴染みで弟分でもあるのです。私が拾われた頃から面識があって、おじいちゃんみたいな存在だったりする。


「おい、こりゃぁいったいなんの騒ぎだぁ?」


いきなりの親分の登場にそこにいた全員がたじろぐ。


「ヘイデンさん?!」

「こんな子どもの所に大の大人が寄って集って、いったいなんの用だって聞いてんだよ!」


ヘイデンは凄みのある大声でにらみを聞かす。


「ステラの商売(シノギ)に関しては全て俺が預かることになった。(文句)があるやつは俺んとこにきな」


ニヤッと笑うだけで皆が青ざめ、目を合わせたら最後だと言わんばかりにそそくさと逃げ出す。蜘蛛の子を散らすとはまさにこの事かと素直に感動した。


「大丈夫か、ステラ」


ヘイデンさんは私を抱き上げると頬をスリスリしてくる。

長い髭がちょっとくすぐったい。


「大丈夫。ありがとう、ヘイデンさん」

「いいんだよぅ、かわいいステラ。俺で役に立つことがあればいつでも言いな。お前のためだったら何だってしてやるからなぁ」


そう、ヘイデンさんは私を溺愛し可愛がってくれている。子どものいない彼には当然孫もいないので、自分の孫のように扱ってくれるのだ。


「みかじめ料はあとできちんとお支払するからね」

「そんな他人行儀なことすんなよ。悲しくなるじゃねーか。っていうかそんな言葉どこで覚えてきたんだ…?」


前世でとは言えないので、あはっと天使の笑顔でごまかした。


「ヘイデンさんにはお願いしたいことがあるの。昨日の商売で少し手応えをつかんだから、これからちょっとずつ大きくしていきたいなって思ってて…。相談に乗ってくれる?」

「ふむ、なんかおもしろいこと考えてやがるな。いいぜ?聞こうじゃないか」


ヘイデンさんはスラム生まれのスラム育ち、今もスラムに住んではいるけど実は平民街で実業家として名をはせているお金持ちだったりする。一代で財を築き平民街の一等地にそこそこの屋敷と「商会」を構え手広く事業をこなしている。そんな彼がなぜ未だにスラムに住み続けるのか、それは誰も知らない。本人に聞いても「いつまでも実家を離れられない小心者なんだよ」とお茶を濁される。

でも私は知っている。時々おばあちゃんの所を訪ねてきては憂いていた事を。


「ここのやつらはよぅ、最初っから諦めちまってんだよ。金がないのも仕事がないのもみんな他人のせいにしやがる。親がそんなんだから子ども達だってみんなそういうもんだと諦めちまう。違うんだよ!それじゃダメなんだって…。いくら言ってもみんな鼻で笑いやがる。俺はそんな負け犬根性が我慢ならねぇ」


おばあちゃんはいつも、黙ってそれを聞いていた。

今までの私はよく分からなかったけど、今ならその悔しさがよくわかる。ヘイデンさんはここを変えたい、街全体の暮らしをよくしたいと考えている。でもみんなの気持ちがついてこない。だから苛立ち、自分の不甲斐なさを恥じていた。

それは私も同じ。過去の私はこの街の人と同じだった。人に流されて自分から何かをする勇気が持てなかった。変わろうとした時にはもう手遅れだった。紗奈と言う大人の目線で物事を見られるようになった私はヘイデンさんの意思に同調した。私もこの街を変えたい。そしてそれはきっとおばあちゃんへの恩返しになるし「ステラ」の意志でもある。



「まず、コレが昨日の売上。元手は男爵様から頂いたものでまかなってるから純粋な利益になります」


私は銅貨の入った袋を5つと銀貨の袋1つを机の上に置いた。


「すげーな。一日でこんなにか。何を売ったんだ?」

「揚げたじゃがいもです。棒状に切って塩をふって手軽に食べられるよう工夫しました」

「じゃがいもを揚げるのか……、考えたこともなかったな」

「油は高級品なので、なかなか思い付かないかも。でもとてもおいしいのよ」


まあ、私が考えたんじゃないけど。手柄を横取りしてしまって、考えた人ごめんなさい。


「それで、これからどうしようって言うんだ?」

「まずこれを足掛かりにワゴン販売の数を増やしていきたいと思います。増えすぎても潰し合いになるから数はある程度調整しますが、平民街の規模を考えてもそこそこの台数はいけるんじゃないかと。いずれは王都にも拡大できればって思ってるけど、取り敢えずこれらを今後のスラムの雇用に繋げたいと考えています」

「!」


今日押しかけてきた人たちを見ても明らかに雇用を求めているのがわかる。


「まずは子ども達から。スラムの大人は子どもを足手まといに思っています。その子達がきちんと稼げる事がわかれば不当に暴力を振るうこともなくなるんじゃないかって考えたの。それに子ども達の自信にもつながるから」


自分に自信を持って育った子どもは、大人になった時きっと正しく子どもを導く事ができるはず。いわゆる自己肯定感の形成だ。自分の存在価値を自分で認められるか否か、それがこれからの未来を作っていくきっかけになると考えた。


「当面、販売は私たち子どもチーム、調理…、揚げる作業は20歳からの青年チームを組もうと思います」

「それだと今日みたいなやつら(大人)が黙ってないぞ」

「はい、わかってます。ゆくゆくは老若男女問わず個人の商いにしてもらうつもりではいますが、当面の売上を元手に近くワゴンの製作工房とじゃがいもの加工工場を建てようと思ってます。」


ワゴンはブランド力を高めるためにオリジナルのカラーとロゴをつけたもののみを製作する専売工房とする。言い方は悪いけど所詮は揚げたイモを売るだけだ。きっと真似てくる人たちは大勢出てくるはず。ワゴンを統一することで「元祖」の看板を誇示したい。

加工工場は主婦たちが空いた時間を有効に使えるように時給制で働けるようにし、なんなら小さい子どもを預けて働けるような部屋も用意する。

ある程度生活が安定し、資金を持てたなら、独立開業(フランチャイズ)の一歩を踏み出してもらってもいい。

その後は販路の開拓とか、フレンチフライ以外の商品開発とか色々あるけどそれは追々考えていけばいいだろう。まあ商品開発の方は考えてるのがあるんだけどね。


いかがでしょう?と目を向けると呆然と固まったまま動かないヘイデンさんと視線がぶつかる。彼は大きく息を吐くと驚いたと一言呟き、頭をかいた。


「ステラ……お前いくつなった?」

「今年で10歳です」

「……お前、ほんとにステラか?」

「……はい」


主に1/4は。残り3/4は三十路前の干物女ですけど。


「で?俺は何やったらいいんだ?」

「当面はさっきのような人達をおさえてもらえるだけで大丈夫です。まだ規模も小さいですし。後は閉店後の護衛と売上の管理をお願いしたいです」

「ふむ、商会の名前を使いたいって事か?」

「いえ、それはまだ。いずれ商売が起動に乗れば丸ごと買い取って頂くこともやぶさかではありませんが、今はとにかくスラムのみんなで何かを模索する事が大事だと思うので。商会との上下関係に従ってしまうとみんな考える事を手放しますから」

「……お前、今さらっととんでもないこと言っただろ」


まるごとっていくらで売りつける気だ、と苦笑いを浮かべた。

私は再度、あはっと天使の笑みを浮かべる。


「まあ、いいだろう。おもしろい。ついでに営業中も売上回収に行ってやるよ。子どもが大金持ってちゃ危ないだろ」


大金を持ってる子どもなんて狙われやすいからな、と呟く。

さすが親分、分かってらっしゃる。


「助かります」

「しかし、よくこんなこと思い付いたな」

「たまたまおイモをたくさん頂いたので」


私が紗奈だった頃の日本の経済はここよりずっと複雑でよく分からないカタカナ語がいっぱい飛び交っていたけど、この世界の仕組みはまだまだ単純だ。恐らく300年は遅れてるんじゃなかろうか。だから私並みの頭でも何とかなる、ような気がする。


「そう言えば、ヴェルナー男爵に養女にならないかって言われたって?」

「…なんで知ってるの?」

「そりゃかわいいステラの事だからな。おじいちゃんはなーんでも知ってるぞ」


そう言って再び私を膝の上に抱き上げた。

なんて情報の早さ、そして手の早さ。恐るべし親分。


「俺は行けばいいと思う。ここ(スラム)にいる限りいくらお前が賢くったって未来はたかが知れてる。だけど貴族籍に入れば15歳になれば学校にも通える。交友関係も広がるしコネも作れるかもしれない。可能性は今よりずっと広がる。どろどろした嫌な面もたくさんあるかもしれないけどお前ならそんなの跳ねっ返せるだろう」

「でも私、おばあちゃんにまだなにもしてあげられてないから……」

「ソフィアはそんなやつじゃないだろう。なに心配してんだ」

「だっておばあちゃん、一人になっちゃうし……」

「何言ってんだ。俺が居るだろう」

「は……?」

「バカだな、俺がなんでずっとスラムに住んでると思ってんだ。俺はなぁ、ずっとソフィアが好きなんだよ。一人になんかしねーよ」


え?うそ……?そうだったの?全然気がつかなかった。


「ここだけの話、ソフィアだって俺の事満更じゃねーはずなんだ。だから……」


「ステラに何吹き込んでるんだい、イディ」

「ソ、ソフィ!!」


おばあちゃんは私をヘイデンさんの膝から引き剥がすとギュッと抱きしめた。


「仕事の話は終わってるんだろ?用ががないんだったらさっさとお帰りよ」


いつの間に居たのか、アレンがドアを開けて待ち構えている。


「つ、つれないこと言うなよ。アレンも!ドア開けて待ってんじゃねぇ!そ、そうだ!たまには一緒にメシでも食おうぜ」

「うちは貧乏だからねぇ。食事は3人分しか用意してないよ」

「だ、だったら外に食いに行こう!何がいい?なんでもご馳走してやるぞ」

「どうする?ステラ」

「私、お肉食べたい」

「じゃ、平民街で一番の食堂(レストラン)に連れてってもらおうか。行くよ、アレン」


アレンがこくりとうなずいた。


「よ、よーし!今日はパーっと行くぞ!」


ヘイデンさんの頬が少し赤い気がする。

いつもの威厳はどこへやら。ちょっと情けないヘイデンさんを見たのはこの日が初めてだった、


次話投稿は本日19時を予定しています。

よろしくお願いします。

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