取り押さえるために動き出しました
「自分の主張だけに集中して、視野狭窄になるのはさっきの事でわかっていたからね。レオちゃん、協力してフェンリル達を抑えてくれないかな? さすがに、僕がやるにはここは狭すぎるし、フェンリル達に被害が出すぎるんだ。まぁ、ある程度ならタクミ君がいれば無限ロエでなんとでもなるかもだけど」
「ワウ、ワフ」
「無限ロエって……」
提案に頷くレオ。
ギフトの過剰使用の危険があるため、本当の意味でロエが無限に作れるわけじゃないのはユートさんも知っているのに。
まぁそれはいいとして、屋敷の庭はレオとフェンリル達が走り回れるくらいには広い。
とはいえ、ユートさんがフェンリルを制圧するのには魔法を使うんだろう、それができる程の広さはないはずだし、今は他の人達を巻き込みかねない。
屋敷への引っ越し前、突如森の方から走って来たユートさんがぶっ放した魔法や、それを防いだフェンリル達の魔法を思い出した。
あれは、屋敷の庭よりも倍以上の範囲が爆散していたからなぁ……。
「いくらでもとは言えないけど、元々そのつもりだったし、多少の怪我ならロエで治せるし後でフェンリル達には謝る。だけどレオ、近くにはエッケンハルトさんや兵士さん達がいるんだから、巻き込まないようにな?」
「ワッフ」
「任せるよ、レオちゃん、タクミ君」
広範囲で高威力の魔法ではないとはいえ、巨体のレオがフェンリル達相手に思いっきり暴れてしまえば兵士さん達を巻き込みかねない、というか俺もだ。
やりすぎないようには注意しておいて、レオの背中の上でいつでも飛び降りれるように重心を少しずらす。
大きく動かないのは、まだトレンツァさんに気付かれないようにするためだ。
まだ包囲が完成していないからね。
「でも、強制隷従具で従わされているなら、従魔契約と似た状態だとして、レオが抑えてもその後は……」
心配なのは、フェンリル達を取り押さえた後。
既に魔法具で従わされてしまっている状態なのが、今後も続くとなると……。
「それは大丈夫。タクミ君もわかると思うけど、フェンリル達は抵抗しようとしているでしょ? 完全に隷従させられていない証拠だよ。魔法具自体未完成というか、力が弱いんだろうね。複数を対象にしたからかもしれないけど。さらにもう一度使われたら厳しかったかもしれないけど、もう強制隷従具は壊れているみたいだしね。あの様子から、もう一個持っているとかもなさそうだ」
「成る程……完全にじゃないから、まだ取り戻せるんだ」
「ワッフ」
そう聞いたら、俄然やる気が出て来る。
というか、これからトレンツァさんがこの場をどうする気なのかはわからないけど、もしフェンリル達を連れていかれたとしたら、もう一度強制隷従具を使われる可能性がある。
今この場でなんとか抑え込まなければいけないわけだ。
「そろそろだよ……」
「……」
「ワウ……」
トレンツァさんから注意を離さないようにしつつ、包囲が完成するのを待つ。
こうしている間も、ユートさんはトレンツァさんと舌戦――というよりは、罵り合いをしているのはちょっとすごい。
まぁ叫び合っている内容は、正直あまり耳に入れたくない事ばかりだったけど。
とりあえず、トレンツァさんは自分が素晴らしい研究者である、自分の研究こそ正しいのだというプライドが高すぎる程に高いのだというのはわかった。
わかったから何がってわけではないけど、そこを上手くユートさんが突いて挑発している感じだ。
経験の差と言っていいのか、これだけ相手の神経を逆なでし、自分に釘付けにする程の挑発は俺にはできそうにないなぁ。
やりたいとも思わないけど……。
なんて考えている間に配置に付いたようで、エッケンハルトさんとルグレッタさんがこちらを見て頷いた。
動き出しのタイミングはこちらに任せるという事でもあるだろう。
「……タクミ君」
「うん……レオ、頼んだ!!」
「ワフ!」
何かを叫んでいるトレンツァさんの様子を窺い、内容は聞き流して、誇らしげに胸を逸らした瞬間、レオに向かって叫んで飛び降りるのを合図とした。
「ガァゥ!」
「捕まえろ!」
「んなっ!」
「……纏い風! 反射板!」
レオがフェンリル達に飛び掛かり、何をしたかはわからないが一瞬にして二体を空に打ち上げる……うち一体はフェリーのようだけど、後で治療はするからな!
数瞬遅れて、エッケンハルトさんの号令でトレンツァさんへと向かう兵士さん達。
突然の動きに驚きの声を上げるトレンツァさんには、さらにユートさんが短縮――無詠唱魔法らしい言葉を叫びながら向かった。
足は動いて走っているけど、地面についていないように見えるのはそういう魔法なんだろう。
「命! 散!」
「ちぃ!」
誰かの短い叫びと共に、トレンツァさんに向かうユートさんの前に、影が二つ踊り出る!
同じ人とは思えない速度のユートさんが、影の一つ、いや一人を蹴り飛ばし、舌打ちをしながら剣を打ち払った。
キンッ! という音と共にナイフくらいの大きさの何かが弾かれる、あの一瞬で暗器を飛ばして攻撃していたのか。
影――暗部達はそれ以外にも、包囲している兵士さん達にも向かっていた。
トレンツァさんがこちらに気を取られていたのと同じく、暗部の方も俺達がフェンリルとトレンツァさんに気を取られている間に、拘束を抜け出していたみたいだな。
でも……!
「ユートさん、ここは俺が!」
「タクミ君! ありがたい、任せたよ!」
「ちっ!」
レオから飛び降り、俺もトレンツァさんへ向けて走っていた足を止め、地面に手を突く。
ユートさんに声をかけつつ、急いで『雑草栽培』を使いマクレチスを作り、ユートさんの邪魔をしようとしている暗部へと伸ばす。
今度は暗部が舌打ちをしながら、隠し持っていたらしい武器――鍔のない短刀を両手に持ち、捉えようとしたマクレチスの蔦を切り落とされた。
でもその隙に、風のようにユートさんが通り過ぎた。
捕らえられないまでも、時間稼ぎは成功だ。
「トレンツァ様! フェンリルに命令を!」
「はっ! そ、そうね!」
「グルァゥ!」
「ひっ!」
兵士の足止めをしている暗部の一人が叫び、驚きから正気を取り戻したトレンツァさん。
だが、レオが吠えつつさらに三体のフェンリルを打ち上げた事で、恐怖を感じたのか短い悲鳴を上げた。
このまま上手く捕まえられれば!
「っっっ!! 私を運びなさい!」
「グ、グルゥァゥ!」
唇を噛み締め、予想より早くレオに対して感じた恐怖から立ち直ったトレンツァさんが、フェンリル達の一体に向かって指示を出した。
苦しそうにしながら、嫌だと拒否するような目をするフェンリルの一体だけど、強制隷従には逆らえなかったのか、トレンツァさんへと駆け込み、姿勢を低くする。
「させな……ぐっ、ふっ!」
「ガ、ガァゥ!」
フェンリルに飛び乗ろうとするトレンツァさんに向かうユートさんだが、横から飛び掛かって来たフェンリルによって阻止される。
上から振り下ろされるフェンリルの前脚を、頭上に両手を交差させて受け止めるユートさんは、全身に力を入れて押し返した。
魔法なんだろうけど、あのフェンリルと身体的な強さで負けていない。
だけど、その少しの時間で、トレンツァさんは次の行動へと移っていた。
「壁を飛び越えなさい! 逃げるわよ!」
「グ、グルゥ!」
フェンリルの一体に飛び乗ったトレンツァさんが次の指示を出し、他に三体のフェンリルを連れて庭の壁へ。
ユートさん、遅れて兵士さん達が追いすがるが、フェンリルの速度には追い付けない。
「レオは……くそ、あっちも足止めされているのか!」
「ワ、ワフ……」
フェンリルを打ち上げて無力化しようとしていたレオだが、上手くいかなかったのか、強制隷従やカナンビスの強化薬の影響もあるのか、意識を保ってしまったフェンリル達によって抑えられている。
全身を使って複数のフェンリルがレオに圧し掛かっていた。
単純な力と重量で抑え込もうとしているんだろう、トレンツァさんの指示は出ていなかったと思うけど、何かしら行動させる命令を出す方法があるのかもしれない。
計六体とはいえ、レオなら振り払えそうではあるけど、やりすぎないようにと考えているからか、力加減をどうしようか迷っている様子で鳴いている。
「しっ!」
「っと! レオ達ばかり気にしていたら危ない!」
短刀を巧みに使って迫るマクレチスを防いでいる暗部。
油断するとこちらに飛び掛かってきそう……いや、暗器を飛ばすとかもあり得そうだ。
まずはこの人を無力化しないと。
「意表を突かれなければ防がれる……か」
さすがに訓練されているためか、いくらマクレチスを伸ばしても短刀によって切り落とされ、その体に届かない。
ほぼ直線に伸びるし、伸びる速度も速くないから対処しやすいんだろう。
それなら、防がれないようにすればいい!
「これなら、どうだ!」
両手を強く地面に突き、『雑草栽培』を全力で発動。
ボコボコと十、二十……三十を越えるマクレチスが飛び出し、暗部へと蔦を伸ばす!
「なっ!? ぐぅ! ぬっ……!」
二つ三つの蔦を対処されるなら、もっと多ければいい。
単純な飽和攻撃だ……能力任せとも言う。
俺が訓練された暗部と渡り合えるとも思えないので、卑怯かもしれないが手段は選んでいらえない。
「よし……っと、レオや皆は!?」
マクレチスで暗部を締め上げ、魔力供給を止めて枯れないように注意しながら、周囲を窺う。
「ワッフゥ!」
レオは押しかかっていたフェンリル達を押しのけるところで、土ぼこりを上げつつ、尻尾や前足、後足ではたいていた。
はたく、という動きで大きなフェンリルが飛ばされるのは驚く。
「待て!」
鋭い声のした方を見ると、フェンリルに乗ったトレンツァさんが、もう二体のフェンリルと一緒に庭の壁を飛び越える瞬間だった。
すぐに壁の向こうへ見えなくなる。
「タクミ様、そちらはお任せください!」
「はい、お願いします! 俺はフェンリル達を追います!」
「はっ!」
逃げられる、と思う俺に兵士さんが暗部を引き受けてくれるそうなので任せた。
すぐに壁の向こう、庭の出入り口へと走る。
「グ、グルゥ!」
「くそ!」
レオによって飛ばされた先がたまたま近かったんだろう、フェンリルの一体が俺の前に立ちふさがった。
いつものような力強さはないし、苦しくゆがむ顔と、強制隷従に抵抗しているその姿は弱々しい。
俺に襲い掛かる、というわけではないのは抵抗しているからか。
とはいえ、俺の方もこんな弱々しく見えるフェンリルを押しのけるのは……そんな力がないというのもあるが。
「タクミ君、そこどいて!」
「っ!」
後ろからの叫び声、ユートさんの声に反応し、急いで横に飛ぶ。
すると、風……ではなく何かの物質が先程まで俺のいた場所を通り過ぎた。
「グルァ……!」
「よっし!」
その物質、実際にはユートさんだったけど、通り過ぎた勢いのままフェンリルの首下に激突!
悲鳴のような鳴き声を上げたフェンリルは、そのまま壁にぶつかるまで飛んで行った。
「ちょっと強引だったけど、ごめんね!」
壁に激突したフェンリルに謝るユートさん。
単純な体当たり、本来ならフェンリルの方が圧倒的に質量が大きいのに、それを可能にしたのはこれも何らかの魔法なんだろう。
これまで色々見せてもらってはいたけど、こと戦闘や緊急時になると『魔導制御』ってギフトはもう、何でもありな気がしてくるな。
頼りになるという意味ではいいんだけど。
「後でタクミ君に慰めてもらってよ! タクミ君、行くよ!」
「あ、わ、わかった! ごめん、後で必ず治療するから!」
「グラァゥ……」
慰めるのは体当たりしたユートさん本人じゃなく、俺なんだ、という突っ込みをする間もなく、俺に声をかけて出入り口に向かうユートさん。
慌ててついていく俺の背中に、壁に激突したフェンリルの悲しそうな鳴き声が届く。
……強制隷従はまだ切れていないだろうけど、レオに飛ばされ、さらにユートさんにも飛ばされてと続けてかわいそうな目に遭っているから、諸々が落ち着いたら、何かしてあげないとな。
そのためにも、フェンリルは絶対に連れて行かせない!
「って、はや!」
壁の外へ向かうユートさんを走って追いかけるけど、ぐんぐんと距離を離されていく。
そういえば以前、馬に乗らずに走って旅をしているみたいなことを言っていたっけ……。
「ワフゥ!」
「レオ!」
置いて行かれそうな俺の横に、風と共に駆け付けてくれるレオ。
すぐに体勢を低くしてくれたので、飛び乗って追いかけようという事なんだろう。
「ありがたいけど、レオはここにいるフェンリル達を……」
庭に残っているフェンリル達は、まだ暴れている。
しかも強制隷従の影響なのか、先程とは違って人へと向かっている様子も見えた。
カナンビスの強化薬で苦しんでいるのもあって、その勢いは全力とは言えないようだけど、巨体の体当たりは人間にとって危険だ。
無力化するためにもここはレオに任せておいた方がいいんじゃないか……そう思っていたら。
「ワッフ、ワフワフ!」
「え……?」
大丈夫、と言うようにレオが鳴き、視線を促すように屋敷の方へ顔をやる。
それを追って振り返ると……。
「ガウ! ガウーガウ!」
「ガァゥ、ガァ!」
「フェン、リルル!」
フェンとリルルが、兵士さんに突撃するフェンリルの一体に向かって飛び掛かるところだった。
「ワッフ、ワフワフ!」
「あっちは任せておけばいい? でも、フェンとリルルだけじゃ……」
庭に残っているフェンリルは六体。
フェンとリルルの二体だけじゃ、個体差が多少あっても厳しいだろう。
兵士さん達やエッケンハルトさんがいるとはいっても……。
「ワフ。ワッフ」
「魔法……?」
レオの言葉に疑問を呟くのとほぼ同時に、フェンとリルルの鳴き声が周囲に響き渡る。
「ガゥ!」
「ガァゥ!」
ピシッ! という音と共に、周囲の温度が急激に下がった気がする。
一体何が、と思う疑問を口にする前に、フェンとリルルが飛び掛かったフェンリルの全身が氷に包まれた。
「成る程、魔法か!」
「タクミさん、こちらは任せて下さい! お父様と共に、フェンリル達を無力化します!」
「パパ、ママ!」
「キャウー!」
「クレア! リーザにシェリーも!」
フェンの背中にはシェリーが、リルルの背中にはクレアが乗っていて、それぞれ俺に声をかけて来る。
シェリーもいるのか、と思ったけどフェンにやる気が漲っているのできっと必要だったんだろう。
というか、クレアもリーザも屋敷の中で安全に待っていて欲しかったんだが、出て来てしまったなら仕方ないか。
あと氷に包まれ、完全に動きを止めたフェンリルは大丈夫なのか、という心配はあるけど……多分大丈夫だ。
フェンリル同士でじゃれ合う時、氷像のようになっていた事もあるくらいだから。
危険なので、子供達というか人が近くにいる時はやらないよう、フェリーを通して注意はしておいたけども。
多分、表面だけ凍らせて体内も含めて完全に氷漬けにはしていないんだろう、というかさすがにそこまではできないのかもしれないが――。
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