怪しい情報ばかり出てきました
「それから、北の貴族領と旦那様が仰いましたが、クライツ男爵との繋がりはあまりありません。もちろん、貴族としての関わりはありますが、最低限ですな」
「先程線引きが難しいと言ったが、それは――」
タロンメルのある貴族領は公爵領から北にある。
ただ、この国を北と南に分けた時に真ん中からやや北に位置するというだけで、一応は北部貴族とみられているだけだとの事だ。
しかも、分け方によっては南部とも言えなくもなくて、見る人によって少し変わったりするらしい。
だから線引きが難しいと、エッケンハルトさんが言ったんだそうだ。
「結局のところ、バスティアさんに怪しい動きはありません。むしろ、まだ契約前だというのに、クラウフェルト商会と取引をするつもりでいるようですらあります」
「好意的に見てくれているわけですね。ありがとうございます」
以前直接話した時は、輸送方法に関してトレンツァさんとは違って最後まで懐疑的な様子だったけど、それは見せかけだったのだろうか?
いや、あれは多分本心で、おそらくその後連れの人に鑑定箱によって薬草など、レミリクタで購入した物を調べて、前向きに考えるようになったのかもしれない。
薬品を購入した事に関しては、すぐ近くにあるレミリクタで購入しているので、当然報告に上がっているのは当然として。
「とりあえず、バスティアさんに関してはこのままクラウフェルト商会として、取引をする方向で考えて良さそうですね」
「えぇ。大きな商会ですが、まだ創設間もないクラウフェルト商会に対して、高圧的でもありません。良い取引相手となるのではないかと」
大きな商会を率いるバスティアさん自ら、薬品を認めて取引を求めているのだから、契約が結ばれたら大きな商機になるだろう。
もしかしたら、もう少し取引予定の薬草を増やしてもいいかもしれない……というのは利益を追求する考えになるので、抑えておく。
薬草畑の計画もあるから、安易に取引数を増やすのも難しいしな。
俺の健康度外視なら別だろうが、それは確実にクレアに止められるし、俺自身やるつもりもない。
「さて、次はトレンツァさんの方ですが……」
「セバスチャンさん?」
バスティアさんは安全だろう、とりあえずの結論を出してトレンツァさんに話が移る。
しかしセバスチャンさんは、何やら難しい表情になった。
「判断できるほどの動きを、見せていないと言いますか……それが怪しいとも言えますし、逆に何もないとも言えるのです」
「動きを見せていない?」
「それはどういう事、セバスチャン? まさか、宿から一歩も出てきていないと?」
宿は、この村唯一でありながら大きな街の高級宿にも引けを取らない、この屋敷を建てるのと同時期に作られたもの。
貴族が泊っても問題なく、実際に俺達が引っ越ししてくる直前にエッケンハルトさんが泊っていたり、テオ君やオーリエちゃんも泊まっていた宿だ。
そんな宿だから、居心地が良くて外に出ず、ずっと宿にいるという事もあり得るかもしれないけど……。
「いえ、宿から出てきている者もいます。村に入る前に確認しましたが、トレンツァさん達は六人で連れ合って宿に泊まっています。その中から、一人か二人が宿を出て村の者と話す事もあるようでした」
ランジ村は観光地ではないけど、村の中ではラクトスから運んで来た物、家庭菜園みたいな感じで、作った作物を販売している小さなお店や、食事処も一応はある。
まぁ、やっているのは大体村のおばちゃん方だし、食事は家庭料理だけど。
今は兵士さん達が多いので、それなりに賑わっているのはまぁいいとして。
ちなみに、家庭菜園と言っても日本の小さな農家くらいの畑を持っていたりするから、その家庭が消費する作物だけでなく、余剰分は村内の別の家に分けたり売ったり、ほんの少しくらいはラクトスで売る事などもあるらしい。
「一人か二人……セバスチャンの言い方だと、トレンツァが出てきているわけではないのだな?」
「はい。トレンツァさんに関しましては、タクミ様と取引契約の交渉をしたあの日以来、宿から一歩も出てきていません。さすがに、宿の中まで調べるわけにもいきませんが……宿を管理している者によると、部屋から出てくる事もないのだとか。それから、夜な夜な怪しい笑い声が聞こえてくるとも」
「怪しい笑い声って……」
夜に何かやっているんだろうか? まぁ、笑い声が聞こえるくらいで怪しい、何かある、と断定するのは早計にすぎるからなんとも言えないが。
「まぁ、そういった人もいるかもしれませんし、それだけで何かあると考えるわけにはいきませんか……」
「そうですな。旦那様など、良からぬ事を考えて夜間に大きな笑い声が聞こえる事もありますし。クレアお嬢様も、時折部屋から物音が漏れ聞こえる事も以前は……」
「セ、セバスチャン?! そ、それは今関係ないのではないかしら!?」
「わ、私は、そんな事をしておらん……はずだが」
頷くセバスチャンさんの言葉に、焦った様子になるのはクレアさん。
解せぬ、とでも言うようなエッケンハルトさんだけど、結構声が大きめだからそういう事があっても不思議じゃないと思う……何か面白そうなことを考えたとか、ありそうだ。
クレアさんの部屋から物音、というのは気になるが、顔を真っ赤にして俺をチラチラと気にしているので、あまり深堀しない方がいいのかもしれない。
「ほっほっほ、お二人のように、夜な夜な声や音がという事もある、というだけでございますよ。おっとそうでした、トレンツァさんではありませんが、そのお連れの方が村でデリアさんを見た時の反応ですが」
「デリアさんをですか?」
デリアさんは、リーザの家庭教師をやってくれているけど、それがない日などはペータさん達と畑で働いてくれたり、村で子供達の遊び相手になっていたりする。
ブレイユ村でも子供達とよく遊んでいたし、そういう事が好きで慣れているのもあるんだろう。
いつもはフェンリルと一緒だけど、今は村に行かないようにしているし、デリアさんが行ってくれるのはありがたい。
しかし、そんなデリアさんを見た時の反応って、気になる事なのだろうか? 獣人だからかな。
「ふむ、本人の言を信じれば、北部の者だからか」
「はい。タクミ様も知っての通り、数十年前には獣人の国との戦争がありました」
「えぇ……」
戦争の原因にリーザを拾ったお爺さん、レインドルフさんが関わっているらしいけど、それはともかく。
「私共のように、戦場より離れている国南部では噂程度でしたが、北部はその戦争に対して直接かかわっていた者も多くいます」
セバスチャンさんが話すには、北部の人は獣人に対して忌避感を持つ人もまだそれなりにいるらしい。
戦争後に関係を修復し、国交が回復している今となっては、行き来もあって身近に見かける事もある北部では噂でなんとなくしか獣人の事を知らない南部と違い、受け入れている人も多くいるようだが。
それこそ、アルヒオルン兄妹などは獣人に対して好意的だったりする。
けど一部ではいまだに、獣人を憎む人などもいるとか。
「噂を含め、実際に見た事がなく情報だけで考えているこちらとは違い、向こうは戦争に巻き込まれている者が多くいるからな。根強い反感はあるのだ」
戦争だから、それは仕方ない事か。
しかもまだ数十年……長く続いた戦争でなくとも、その傷跡や巻き込まれた人達の気持ちが完全に癒えるには、まだ短いのだろう。
「それで、そのデリアさんを見た人達の反応はどうだったんですか?」
「特に何も、ありませんでしたな。ヴェラリエーレ様がリーザ様を見たような、過剰な反応を示す事もなく、逆に忌避感を示してもいなかったようです。どちらかといえば、ただ自然と受け入れている。ここにも獣人がいるんだな、と言った程度でしょうか」
「……獣人が近くにいる事に慣れている者の反応とも言えるか。少々判断に迷うが」
「ヴェラリエーレさんは、過剰すぎて例に出すにはちょっとあれですが……」
あの人は、ちょっと行きすぎだと思う。
それはともかく……セバスチャンさんやエッケンハルトさんによると、北部の小さな村。
辺境という程ではないにしても、そういった村ではまだ獣人に対して反感を抱いている人も少なくないらしい。
逆に、獣人の国と近いために獣人が行き来し、見慣れているという事もあるようだから、エッケンハルトさんが言うように、どちらかという判断ができないという事みたいだ。
「その反応から、獣人を見る事は幾度となくあったのでしょう。その事から少なくとも、南部の出身ではないのは間違いありません」
「まぁ、トレンツァさんが北部の小さな村から、と言っていましたからね」
「それを信じるなら、だがな。タクミ殿、トレンツァという者が言っていた村、確かリカメフ……だったか?」
「はい、そうです……トレンツァさんが、嘘を言っていると疑っているんですね」
出身の村の人達のために役に立つ薬品を、と意気込んでいたトレンツァさん。
俺から見ると嘘を言っているように見えなかったけど……エッケンハルトさん達は、何か怪しんでいるというか疑っているようだ。
なんとなく、疑うだけの材料を持っている様子にも見える。
そういえば、ライラさんもトレンツァさんの方を気にしていたっけ。
「タクミさん、そのリカメフという村ですが……そのような村は、この国にないのです」
クレアの言葉に驚く。
「リカメフが、ない? 小さな村だから、知らないだけっていう可能性は……」
「いや、それはない。村である以上、複数の民が暮らしているだろう。そうなると、必ず国に届けがあるはずだ。貴族である以上、遠く離れた地であっても街や村の名は全て知る事ができるのだが、その中にリカメフという村の名はないのだ」
使用人さんの多くは、ライラさん含めある程度勉強していると言っても、近隣の村や国の主要な街くらいしか知らないのだそうだ。
けどエッケンハルトさんやクレアなどは、貴族家として国全体をある程度把握しておく必要があるため、どれだけ小さな村であってもその名を知る事ができ、知っておかなければならない。
正確には、遠い場所のため全て必ず覚えておかないといけないわけではないようだが。
「少数が集まり……いや、集まり始めている場所で、そこにいる者達が呼称するために名を付けるという事はあるが、そのトレンツァという者はこちらまで来る事ができる程の店を構えているのだとしたら、そんな場所が届けられていない程、まだ発展途中とも言えない場所とは思えない」
「そう、ですね……」
まだ村とも言えず、ただ人が集まっているというくらいならまだしも、お店を構えて遠いランジ村まで来られるなら、小さいと本人は言っていてもそれなりの規模になるはずだ。
個人売買とかならともかく、お店は商品を売り買いするための人がいなければ成り立たないのだし。
「タクミさんに取引契約を持ちかけられた日から、お父様と共に調べましたが、間違いなくリカメフという名の村はなかったのです」
「架空の村、その出身だと言うトレンツァさんは怪しんでしかるべき、というわけだね」
出身を偽っている、という時点で怪しさ満点だ。
取引契約を本当に望んでいるなら、バレる可能性のある嘘を言うなんて、相手の信頼を損なう悪手でしかないのに。
「それでだな、タクミ殿。村の中がないとわかってから、ユート閣下と話し合ったのだが」
「ユートさんと?」
「うむ。まぁ、ユート閣下が興味を持っておられたわけだが、その中でセイクラム聖王国に近い名の場所があったのだ」
「セイクラム聖王国に、ですか!? じゃあトレンツァさんは……」
「いや、そう考えるのは早計かもしれぬ。言ったように、ただ近い名というだけなのだ。トカレフという名で、そちらは村ではなくそれなりの規模を持つ街のようだ」
何その、地球にあった銃を彷彿とさせる街の名前は。
彷彿というか、そもそもに銃の名称そのままだが。
「ユート閣下が言うには、今はあまり使われなくなった武器を作る事で大きくなった街だそうだが……」
どういう武器を作っていたかは、エッケンハルトさんもよくわからないらしいけど、なんとなく聞いた限りだと銃の生産をしていたので間違いなさそうだ。
生産にかかる費用や、魔法で代用できる事から徐々に使われなくなったようで、今では一部の愛好家が所持しているだけだとか。
銃は戦争のあり方を変えた武器とも言えるけど、費用ゼロで使える魔法がある世界で、大きな影響を与える事はできなかったのかもしれない。
俺が考える以上に色々あったのかもしれないが、その辺りの経緯などは今は関係ないので、とりあえず置いておこう。
銃を作るとか欲しいとか一切考えていないが、地球との関わりもありそうで個人的に興味があるため、そのうちユートさんに聞いてみようとは思った。
「確かに、名称は似ていますね……」
口に出した時の音も、なんとなく似ている気がする。
「似ているだけ、という可能性はあるが……騙す手口としてはよくある事でもある」
「騙す手口、ですか?」
「はい。地名や人物名などですが、かけ離れた名称になると無意識のうちに綻びが出る事もあるのです。ですので、誰かを騙す際に用いられる手口として――」
エッケンハルトさんの代わりに、俺の疑問に答えてくれるセバスチャンさん。
それによると、例えば偽名を本来の名前からかけ離れたものにしてしまうと、咄嗟に反応できないなど通常ではあり得ない行動をしてしまい、怪しまれる可能性があるとか。
だから呼ばれ慣れている名前に近い偽名にし、できる限りその可能性を減らすらしい。
要は、詐欺によくある手口って事だな。
「存在しない村の名前を出したのだから、トレンツァという名も偽名かもしれん。ただ似ているというだけで断定はできんが、セイクラム聖王国の者である可能性も考えておかねばな」
「セイクラム聖王国の人が、直接こちらに来たかもしれないってわけですか。これはさらに、気を付ける必要がありますね」
「もしそうであれば、レオ様の事は知られているでしょう。おそらく、フェンリル達の事も。ですが、タクミさんのギフトの事は知られていないと思います」
「これまで以上に、気を付けておかないといけませんね」
「タクミ殿のギフトが知られた場合、ある程度予想できるが、実際にどう動くかわからんからな……」
エッケンハルトさんやクレアさんの予想では、レオの事もあってセイクラム聖王国が手段を問わず取り込もうとする可能性が高いだろうとの事だった。
俺なんて取り込んでも、と思う気持ちもあるけど、実際に『雑草栽培』は使い方次第で文字通り毒にも薬にもなり得る。
カナンビスが作れたんだし、当然毒草や毒薬の原料なんかも作れてしまうだろうから。
どんな事をさせられるかはわからないが、話を聞いている限りのセイクラム聖王国なら、使い倒される気しかしない……仕事をするために生きているだけの状態、というのはもうごめんだ――。
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