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終わらない因果

それは今から四千万年前の話。恐竜が生きていた最後の時代、中生代の白亜紀が終わりを告げてから二千五百万年の月日が流れた頃。時は新生代、第三紀の中の古第三紀、始新生と呼ばれている時代に、哺乳類が繁栄をとげた時代の話だ。

哺乳類とは言っても、今の世界に栄えている人類の姿は影も形もないとされている。しかしそれはあくまで、今の人間が化石などから推測しただけのものに過ぎないのだ。そう、今から四千万年前、本当は人類はこの地球上に存在していたのだ。


「・・・待て待て待て、いきなり何を言い出すんだお前は」

何かの演技をしているかのような仕草と言い方で、意味の分からない説明をし始めたルシファーに月夜は口を挟んだ。

「なんだ、黙って話を聞けないのか貴様は?」

明らか不機嫌そうな顔をしたルシファーは、月夜を睨みつける。その鋭い瞳に威圧されることなく、月夜は睨み返した。

「俺は、俺らはお前のことを聞いてるんだよ。そんな意味の分からない偽歴史を聞くために俺らは黙ってるわけじゃない」

実際のところ、月夜以外の二人、楓とリミーナはいまだ強い重圧感により口を開けないだけなのだが、月夜は違うのでそう言った。

「ふん・・・偽歴史、とな。その目で過去を見てきたことがない貴様は、なぜそれを決め付ける?」

ルシファーの口ぶりは、まるで四千万年前を見てきた者のそれだった。それでも月夜は動じることなく、言い返す。

「俺にそれを決め付けることは出来ない。でも、ならお前にだって決め付けられることが出来るわけないだろ?」

月夜の言葉に、ルシファーはしばらくの間口を閉ざした。しかし、その表情は不敵な笑みを浮かべている。

「私には出来るのだ。なぜなら私は・・・その時代に生きていたのだから」

ようやく口を開いたルシファーの言葉に、月夜は言葉を失った。四千万年前から生きている?そんなことがあるはずがない、と月夜は考えをめぐらすが、目の前に存在している相手は人間ではない、その事実が月夜を黙らせた。

「ふん・・・信じるも信じないも貴様の勝手だ。しかし、貴様の考えなど関係なしに、時は流れている。その時に起きた事柄は、全て事実なのだ」

もはや、言い合いをする気もない、というように、ルシファーは月夜の言葉を待たずに説明を再開した。


四千万年前に存在していた人類。それはチンパンジーやゴリラのように類人猿と呼ばれているものではなく、今この世界に存在している人間そのものだった。唯一違うのは、鍛え上げたわけでもないのに素手で岩を持ち上げ、象程の大きさの動物すら素手で狩る、異常なまでの筋力だ。数は多くはなかったが、それでも数千という人間が村を起こし、そこに住んでいた。

そしてその時代には、人類の他にも歴史に残っていない種族が、二つ存在していた。一つは黒い翼を生やした悪魔族、そしてもう一つは・・・白い翼を生やした天使族だ。今あげた三つの種族、そのどれもが起源と発祥は分からない。しかし、確かにその三種族は地球上に存在していたのだ。


「黒い翼に・・・白い翼だって?」

それは月夜にとって、身に覚えがある単語だった。それどころか、月夜自身、黒い翼が生えている。リミーナと楓も何かを感じたらしく、微かに首を動かして月夜を見る。

「そうだ、そして私は、白い翼を持つ、天使族だった」

事情を知らない者が聞けば、笑うか呆れそうな突拍子のない話だったが、月夜の中では何かが繋がりそうになっていた。そして、じゃあ、俺は・・・?という疑念が浮かび上がってくる。

「悩むのは貴様の勝手だ。しかし、話を最後まで聞けば、貴様にもその力の元が分かる」

「どういうことだよ・・・?」

「続けるぞ」

月夜の言葉を無視し、ルシファーは説明を再開した。


天使族と悪魔族はすさまじい力を持っていたが、その数は人類と比べるとはるかに少なく、十分の一程度だった。この三種類の種族は、とある一つの大陸に、それぞれ分かれて暮らしていた。種族間同士の交流は何一つなく、それどころか、仲は険悪で小競り合いが絶えなかった。

特に、人間は異形の生物を嫌う癖がある。人間の姿形をしているのに、背中に翼が生えている・・・なおかつ、すさまじい力を保有している。それだけのことで、人間どもは天敵のように我ら天使や悪魔を忌み嫌ったのだ。


「なるほどね・・・なんとなく、話は読めてきた」

月夜の脳裏には、かつて見た不思議な夢が思い出されていた。人間、天使、悪魔・・・それらの単語は、月夜が見た夢にしっかりと繋がっている。月夜の言葉に、楓とリミーナは、まだよく分からない、といった表情で月夜を見た。

「聞いてれば分かるよ。ほら、さっきから中断されっぱなしで今にもキレそうなやつがいるからさ、少し黙って聞いてようぜ」

ルシファーの話を中断している主な原因の月夜は、悪びれた様子もなくルシファーを指差しながら、二人に言う。もはや月夜には、恐怖や緊張感など欠片もなかった。

「そう思うなら、まずは貴様が口を慎め。物語で言うのならば、まだプロローグに過ぎないのだぞ」

何度も中断され、今にもキレだしそうなルシファーは、それでも余裕を見せ付けるように落ち着いた声で言う。しかし、その声と体はわずかに震えている。まだプロローグとか・・・こいついつまで話す気なんだろうなぁ、とある程度話の予測がついてる月夜は嘆息した。そんな月夜の気持ちに気づくはずもなく、ルシファーは説明を再開した。


人間は天使と悪魔を嫌い、悪魔は人間と天使を嫌った。しかし、天使だけは違った。元々温厚な彼らは争いを嫌い、身に降りかかる火の粉を払いはしたが、自らが積極的に争いに参加することはしなかった。そうして、小競り合いは絶えなかったものの、数百年という平穏な時が流れた。しかし・・・ある事件がきっかけで、平穏無事に保たれていた均衡が一気に崩れることとなったのだ。


ルシファーの表情は、怒りとも哀しみともとれない表情だった。しかし、その表情の奥底には、湧きあがるような強い怒りが静かにうごめいていた。そんなルシファーを見て、月夜は己の中にいる闇が自然とざわつくのを感じた。


きっかけとなったその事件・・・当時の天使族の長の娘、フュリア様が人間どもに誘拐されたのだ。


フュリア、という名前を聞いて、月夜はわけの分からない懐かしさと・・・そして強い哀しみを抱いた。己の内から突然現れた強い哀しみに、月夜は胸が張り裂けそうになる。

「ふん・・・どうやら貴様も覚えているようだな。いや、それも当たり前の事か・・・私は彼女を忘れたことは一度たりとてなかった。貴様の中にある我が魂の一部も、しっかりとそれを記憶しているようだな」

俺の中にある、お前の魂の一部?ルシファーの気にかかる言葉に月夜は口を開こうとしたが、口からその言葉が出てくることはなかった。代わりに、自分を襲う哀しみと切なさから、嗚咽が口から漏れた。

「どうしたの月夜!?ねぇ、大丈夫!?」

月夜の様子が突然おかしくなったことに気づいた楓は、自身を縛り付けていた恐怖に打ち勝ち、月夜のそばに寄り添いその顔を覗きこんだ。

「・・・月夜?泣いてる、の?」

楓にそう言われて、月夜は始めて自分が涙を流していることに気づいた。せきをきったように溢れる涙は、頬を濡らし、幾粒の雫となって地面へと落ちて行く。子どものように嗚咽を漏らしながら涙を流す月夜を、楓は優しく抱き締めた。なぜそうしたのか、楓自身にもよく分かってはいない。それでも、なんとなくそうしなければいけないような気がして、楓は月夜は抱き締めた。そんな二人を見ながら、ルシファーもまた、月夜と同じ様に辛そうな表情を浮かべたが、月夜と違い涙が流れることはなく、そして寄り添ってくれる者もいなかった。

「・・・続けるぞ」

感情を押し殺したような声で言った後、ルシファーは続きを口にし始めた。


フュリア様をさらった人間どもは、彼女を人質に脅しをかけてきた。悪魔を根絶やしにするために、協力をしろ、とな。我らは、仕方なくそれを受け入れたのだ。彼女には、例え種族そのものが絶滅することになったとしても、護らなければいけない価値があったのだ。しかし、すぐに我らはその決断を後悔することとなった。なぜなら・・・それは協力などという生易しいものではなかった。前線に立つ者はその全てが天使で、人間どもはただ後ろで両者が弱る機会を窺っていただけなのだからな。


ルシファーが説明を始めてから、今まで多少とはいえ緩んでいた空気がこの時一気に張り詰めた。息が出来なくなるような重圧感とおぞましい程の怨恨の念が場を支配したが、それでも三人はルシファーの話に耳を傾けた。いまだ嗚咽を漏らし続けている月夜は、そんな状態なのにも関わらず、聞かなければいけない気がして、全神経を集中させてそれを聞いていた。


当時、まだ十八歳だった私は、戦に参加する権利を与えられてはいなかった。種族が滅んでも彼女を護ることが絶対、しかしその決まりすらも、初代の長、亡き後も絶対神と崇められていたその長が定めた法に背くことは許されていなかったのだ。・・・彼女を救う権利すらない自分自身に、私は強く苛立ちを覚えた。

天使と悪魔の戦いは熾烈を極めた。数に大差はなく、力も系統が違うとはいえほぼ同じ・・・両者を快く思わない人間にとって、それは好都合だっただろう。しかし、相打ちになることを望んでいた人間の期待は、裏切られることとなった。フュリア様を救うため、という天使側の強い士気と、数だけ見れば圧倒的な差に気が弱くなった悪魔側・・・両者の力が同等であれば、どちらが勝つかなど誰にでも分かることだった。それでも半数以上の天使が犠牲になり、人間側は全くと言っていいほど被害がないまま、その戦争は幕を閉じ、悪魔族はこの世界から滅び去ったのだ。


そこで一度ルシファーは言葉を切り、大きく息をついた。しばしの間、その場にいた誰もが無言を保っていたが、耐え切れなくなったように楓が口を開いた。

「・・・それで、結局その人はどうなったの?」

楓の言葉に、ルシファーは一瞬だけ気を緩めたような表情をした。

「無事に帰ってきた。しかし・・・」

だが、すぐに険しく怒りを孕んだ表情に切り替わる。

「悪魔との戦争で弱った我らを、人間どもが見過ごすはずもなかったのだ。やつらは彼女を返した後、すぐに矛先を我らに向けた」

楓はその言葉に絶句した。人質をとっていたとはいえ、協力してもらった相手に唾を吐きかけるようなその行為に、知らずの内に震えていた。結果は聞くまでもなかった。元より十倍程の数の差がある上に、悪魔との戦争により天使側は半数以上を失い、疲弊していた。ほぼ無傷とも言える人間に攻め込まれれば、それはもはや争いではなく、単なる虐殺にしか過ぎない。

「我らは一日と経たずして全滅の危機に追い込まれた。最後の最後まで勇敢に立ち向かった者、死ぬことを恐れ逃げ出した者・・・そのどれもが、虐殺されていったのだ」

ルシファーの強い怒りがまるで具現化されたかのように、彼の周りにドス黒いオーラが浮かび上がる。普通の人間ならば、その強い負の感情に当てられ、その場にいただけで発狂し、精神が崩壊してしまいそうだった。それでも楓は、ルシファーを強く見据えていた。その瞳には、同情や哀れみの念がこめられている。

「・・・じゃあ、どうしてあなたは生きているの?」

楓が感じていた疑問は、無論リミーナと月夜も感じていた。静かに、そして切なそうに、ルシファーは答えた。

「・・・彼女が、私を逃がしてくれた。最後の最後、生き残った数人の中に私はいた」

その時のことを忘れられない、といったように、ルシファーは愁いを帯びた声で続ける。

「数百の人間に囲まれ、もはや死を待つばかりのあの時・・・私は、せめて一矢報いてやろうと、敵陣の中に飛び込んだのだ。他の残った同胞も、私と同じ気持ちで付いて来てくれた」

ルシファーはとつとつとその時のことを語る。その声には先ほどまでの怒りはなく、哀しみの感情とやるせなさだけがこもっていた。

「同胞たちが倒されていく中、私にもついにその時が来た。動かずにぼろぼろになった体で、目の前で振り上げられた剣を、私はどうすることもなく黙って見ていた。・・・死ぬのは、怖くなかった」

しん、とした冷えた空気が場を支配する。ルシファー以外の三人は口を挟むことなく、ただ黙ってそれに耳を傾けていた。

「振り下ろされる瞬間、死を確信した私は目を閉じていた。しかし・・・いつまで待っても死はやってこなかった。おそるおそる目を開けた私の前には、彼女が立っていた・・・我らが命を賭して護るべきはずの、彼女が・・・。フュリア様は、振り向いて私に微笑んだ後、何かを口ずさみ始めたのだ。それは歌のようであり、詩のようだった」

月夜の中で、一際大きく鼓動が跳ね上がった。それを聞いてはいけない、それを言わせてはいけない、そんな感情が、月夜の中に浮かび上がる。一度は止まった涙が、再度流れ出そうになる。

「人間どもは彼女が発した神秘的な何かに、一瞬動きを止めたが、すぐに彼女に向かって攻撃を仕掛けた。彼女の頭上で振り上げられた剣が振り下ろされる瞬間、彼女は微笑んで私に言ったのだ」

さようなら・・・、ルシファーが発した最後の言葉が、月夜には違う誰かの声に聞こえた。その声は女性のもので、どことなく、楓に似ている声の響きだった。月夜は哀しみを超えた何かを感じ、大粒の涙をこぼし始めた。そんな月夜を楓は驚くこともなく強く抱き締めた。ルシファーはそんな光景を目にしながら、ゆっくりと続きを口にした。

「彼女の死を目の当たりにする瞬間、私は体が軽くなるのを感じた。いや、重力という概念すら、その時の私は感じてはいなかった・・・そして、気づいた時には私はここにいた。一瞬のうちに視界が切り替わった私は、初めは混乱したものだ」

後悔の念を含んだ声で、ルシファーは次へ次へと言葉を吐き出す。

「しかし、すぐに正気を取り戻した私は、この場所から出ようとした。しかし、何をしてもこの場所から出れることはなかった・・・彼女を護れなかったことへの後悔の念で、ここでどれだけ涙を流したかはもはや覚えておらぬ」

静かに・・・そしてゆっくりと、静まっていたルシファーの怒りが沸々と蘇ってくる。

「だから私は、深い眠りについたのだ。この身が朽ちることなく、人間への復讐の心を忘れることなく・・・体と気持ちを維持したまま、復讐の機会をただ待つためだけに」

強い芯の通った声でルシファーは言う。目的がなんであろうと、意志を持ちそれに対して動く人間の心は強く気高い。人間ではない彼だが、その心の強さは誰にも崩せないだろう。

「そして私は目覚めたのだ・・・いや、目覚めさせられたのだ。人間の死への恐怖、憎しみ、哀しみ、それらの多くの負の感情が、私を呼び起こした、復讐の機会と共に、な」

「・・・分からないことと聞きたいことが、いくつかある」

ようやくわけの分からない哀しみが大分治まった月夜は、楓から体を離し弱弱しい声でルシファーにそう尋ねた。

「なんだ?」

「お前とそのフュリアって人、どんな関係だったんだ?お前の様子を見る限りじゃ、ただの偉い人の娘とその下っ端、って感じじゃない」

月夜の疑問はもっともだった。フュリアの名前を口にする時のルシファーの声や表情は、まるで死んでしまった恋人に想いを馳せる者のそれだったからだ。しかしルシファーは、冷ややかな目でそれに答えた。

「私と彼女が恋仲だった、とでも言いたいのか?くだらん、貴様ら人間のつまらない感情と一緒にするな。・・・確かに、私は彼女に恋慕の気持ちを抱いていた、しかし、それ以上に」崇敬の念が強かったのだ。彼女を護れなかったことに何よりも後悔し、そして彼女を殺した人間どもに復讐するのは当たり前のことだ」

冷ややかな態度を崩さずに言い切ったルシファーだったが、月夜にはそれが嘘だと分かった。崇敬よりも何よりも、想いを馳せた人が殺されたから、それがルシファーを復讐に駆り立てるのだと、先ほど自分が感じた強い哀しみから月夜は理解していたからだ。

「ふーん・・・崇敬、ね。まぁいいや。次、お前の話の中に出てきた、俺の中にあるお前の魂の一部、あれはどういう意味だ?」

問い詰めても恋慕の念からによるものだとルシファーは認めないだろう。それを分かっていた月夜は、次の質問に移った。

「そのままの意味だ。人間ごときに貴様や白い翼などの兵器が作れると思うか?本来ならば人間にすらなれなかった貴様らに、生を・・・私の力の一部を与えてやったのは、この私なのだよ」

予想がついていたルシファーの言葉に、月夜は戸惑うことなくその続きを聞いた。

「なんのために?」

「それも文字通りの意味だ。兵器が人間を殺さないでなんとする?結果は失敗だったようだがな」

人を殺すために生み出された。ルシファーのその言葉に、月夜は怒りを通り越し笑ってしまいそうになった。それは楽しいからではなく、自分を嘲るために笑ってしまう自嘲的な笑み。人を殺すために生み出されたことなど、元より月夜は理解していたが、人から、天使から、二重で同じ意味を持つその理由に、月夜は自分の存在理由を再度分からされた。

「・・・人を殺すため、か。結局どこまでいっても、俺の生まれた理由はそれなんだな・・・」

切っても切れない因果な運命に、月夜は顔を曇らせた。それは、泣いているように見える顔だった。

「・・・違うよ!月夜は、そんなんじゃないよ!」

黙って二人の話を聞いていた楓が、強く叫んだ。月夜に寄り添い、その顔を覗きこんで言う。

「月夜は、兵器なんかじゃないよ・・・?私が知ってる月夜は、ちょっと馬鹿で、間が抜けてて・・・でも、優しくて、頼りになる普通の男の子だよ。生まれた理由なんて関係ない、月夜は月夜だもん」

その言葉は、月夜を純粋に想う楓の気持ちがこもっていた。理屈や理論、例えこの世の全ての理を否定していたとしても、楓の言葉はいつだって月夜を励ましてくれた。月夜はいつだって、そんな楓を護ろうと思っていた。

「・・・っほんと、なさけねーよ、俺」

「ほんとに、情けないよお兄ちゃん」

自分の情けなさを恥ずかしく思いながらそれを口にした月夜に、今までルシファーの強い重圧感に圧され口を開いていなかったリミーナがようやく口を開いた。

「・・・お前にだけは言われたくない」

そんなリミーナを横目で見ながら、月夜はいつもの調子で言った。

「ど、どういう意味よ!?」

「あいつのプレッシャーごときで喋れなくなってたお前には言われたくないって言ってんだ、大体から久しぶりに口を開いたかと思ったらそれかよ?」

「しょうがないでしょ!」

いつもの調子で緊張感の欠片もなくぎゃあぎゃあと喚く二人に、ルシファーが呆れたような声で言う。

「馬鹿騒ぎもいい加減にしろ。・・・そろそろいいかね?」

聞きたいことはもうないのか、という意味合いで言われた言葉に、月夜は異を唱えた。

「待て、あと二つ。一つは、どうして強い力を持ってるお前が、わざわざ俺らに人間を殺させようとしたのか。そして二つ目、どうしてお前は四千万年も眠っていたんだ?」

実際のところ、今更それを知る必要はないと思った月夜だったが、これから起こるであろう壮絶な殺し合いの前に、多少のもやもやはすっきりさせたいと思いそれを尋ねた。

「ふん、良い質問だな」

良い質問だったのか?と、月夜は疑問に思いながらもルシファーの次の言葉を待った。

「まず、なぜお前らを使役しようとしたのか、原因と理由は一つだ。・・・なぜかは分からぬが、私はこの場所以外で天使の力を使うことが出来ないのだ。だからこそ、人間になりえる前の貴様らを使おうと決めたのだ。人の死への恐怖、絶望、憎しみ、哀しみ・・・それらの負の感情は、私に力を与える。眠っている間の数千万年の時に、私は多くの力を取り戻したが、それでもかつての私に戻ることは出来なかった。・・・理由は、全く分からんがな。失敗作ではあったが、貴様らの働きは見事だった。おかげで、私は一瞬で力を取り戻すはず、だったのだからな」

最後の言葉を皮肉気に言ったルシファーは、ふん、と鼻を鳴らした。

「要するに、お前はお前自身の力を取り戻すために俺らに細工したんだな?」

長い割りにはいまいち要点を抑えてない説明をしたルシファーに、月夜はそう聞いた。

「そういうことだ。最後の最後、あの戦いで私は力を使い尽くしてしまっていたのでな」

納得した、というように月夜は頷いた。ルシファーの説明に腑に落ちない点はいくつもあったが、それを言わないということはルシファー自身も知らない、ということだろう、と月夜は思い、次の質問の答えを促した。

「次、機会はたくさんあったはずじゃないか?どうして今更になって起きちまったんだよお前は」

月夜の皮肉気な物言いを意にも介さず、ルシファーは答えた。

「知らん」

「は?」

ルシファーの毅然とした態度と全く反対方向に向かっているような言葉に、月夜は思わずそう呟いていた。

「先ほど、私はこう言ったはずだ。人間の負の感情が私を呼び起こした、と。それは正確には違うのだ。私は、己の力がある程度戻ったら目を覚ますように設定したのだ。しかし、なぜか私は四千万年・・・正確には、三千九百九十九万九千九百八十三年もの間を眠り続けていたのだ。この十数年で多くの力が戻ったというのに、なぜその長い間に戻らなかったのだろうな?」

知るか、と思った月夜だったが、とりあえず考えてみた。そして、頭に浮かんだ言葉を正直に述べた。

「知るか」

「ふむ・・・まぁいいとしよう、彼女に直接聞いてみればいいだけのことだ。心当たりがあるかもしれんしな」

彼女に直接聞く?その言葉を聞いて、月夜は自分が重大なことを忘れていたことに気づいた。月夜が倒れている間に起こった楓の豹変、微かに保たれていた意識の中で、月夜はそれを覚えていた。

「さて、では始めるとしよう・・・貴様らを私の体に戻せば、私は完全な力を取り戻す。そうなれば、人間に力を行使することもおそらく叶うであろう」

「待て待て待て!ちょっと待て!!」

月夜の抑止の言葉に、身構えようとしていたルシファーは不愉快そうに顔を歪めた。

「まだ何かあるのか?それとも、今更になって命が惜しくなったか?」

「楓のことだ、どうしてあの時、楓は豹変したんだ?」

月夜の言葉に、楓は体をビクンと震わせた。どうやら、思い出したくもないようだ。

「ふん、簡単なことだ。その女の中には、我が主、フュリア様の魂があるのだからな」

「「「!?!?」」」

ルシファーの言葉に、三人は驚愕の表情を浮かべた。全く予想もしていなかったその言葉に、リミーナと楓は血の気が失せて呆然としている。そんな中、月夜はかつて葉月に言われた言葉を思い出していた。

『前世の魂が好意を抱いた魂は、その肉体が滅びて次の肉体に移っても、かつて好意を抱いていた魂に惹かれる』

俺が楓を好きな理由は・・・それなのか?自分が考えたことに一瞬愕然とした月夜だったが、すぐに頭を振ってその考えを振り払った。そんなことは、絶対にない、そう、強く思いながら。

「私の力が戻ったあかつきには、人間を滅ぼし、その強烈な死のエネルギーを以ってして彼女を蘇らすつもりだ!私には、それが出来る」

そして、ルシファーが言うその時はもはや目前だった。歓喜に打ち震えるように、己を祝福するように、ルシファーは両手を頭上に掲げ、今は見えない空を仰ぐ。

「・・・させねーよ、絶対に」

ルシファーのかたい決意に真っ向から挑むように、月夜も強い覚悟でその言葉を口にした。

「うん、私だって、そんなことさせない。あなたの好きなようになんて、絶対にさせない」

幼いながらも、リミーナもまた、強い覚悟でその言葉を口にした。

「ならば、力づくでも止めてみせよ。貴様らにそれが、出来るのならな!」

絶大な自信を持って、ルシファーは叫んだ。場の雰囲気は、重苦しい物に切り替わる。そこには、今までのしんみりとした空気は微塵もない。譲れない信念をかけて、今、壮絶な戦いが始まろうとしていた。

(さて、どうすっか・・・)

月夜はいまだ倒れている葉月に目配せした後、目の前にいる敵を睨み付けた。葉月にまだ聞きたいことがあった月夜は、なるべくなら葉月への被害は避けたかった。しかし、どうにもそういうわけにはいかない。仕方なしに、考えられる範囲で最善の方法を月夜は口にした。

「楓、葉月を抱えて部屋の隅に避難してくれ」

「うん」

即座に頷いて葉月のそばに駆け寄ろうとした楓を、ルシファーは声で制止した。

「その必要はない。なぜなら私はここにいる全員を殺す気はないのでな。貴様ら二人には、巻き込まれぬよう防壁を張っておく」

余裕の態度、と見てとられてもおかしくない言葉を言い放ち、ルシファーは軽く目を瞑って何かを念じた。先ほどのように、楓と葉月の周囲に透明の薄い膜が張られる。見た目はいまいち頼りないが、その効果のすごさは傷一つない壁や長椅子を見れば分かる。

「随分と余裕なんだな、二人を護りながら、俺ら二人を相手にしようなんて」

「うん、その余裕の態度、たっぷり後悔させてあげないだめだね」

睨みつけながら言う二人に、ルシファーは侮っている気持ちを隠しもせずに言う。

「あの男に勝てぬようなやつらが、己の力量を見誤るな」

「なら、その体で味わってみなさいよ!」

リミーナは言い終えるよりも早く、右手をルシファーに向けて突き出していた。リミーナの背中からは真っ白い一対の翼が姿を現す。そして、翼から流れ出る強い力は肩を通り腕を通り・・・突き出した右手の前に収縮されていく。右手の前に現れた小さな光輝く玉は、徐々に大きさを増し・・・そして、それ自体が敵を貫く弾丸となりルシファーに撃ち出された。距離は十数メートル程、そんな距離は無いにも等しく、わずかコンマ数秒でルシファーに弾は襲い掛かった。しかし、その弾が届くよりも早く腕を突き出していたルシファーは、自分の手よりも幾分大きいそれを受け止め握りつぶした。弾は、ばら撒かれたた宝石のように光りを放ちながら地面に落ちて消える。

「この程度か?」

「言ったでしょ?後悔させてあげる、って!」

リミーナが叫んだ次の瞬間、ルシファーの体は数十、数百もの光の針に襲われていた。消えるはずだった弾が撒いた粒は、その一つ一つが小さく鋭利な針に変わり、磁石に吸い寄せられるかのようにルシファーの体に突き刺さる。

「っぐ・・・」

今まで出したことのない乾いた嗚咽をもらしながら、ルシファーはひざをついた。一つ一つの威力はルシファーにとってさほどでもない。しかし、あまりの多くの針はそんなルシファーにもダメージを与えた。それでも、彼の体からは血が一滴たりとて流れることはない。

「へぇ、お前結構強かったんだなぁ」

お気楽な口調の月夜だが、ルシファーを見据えるその瞳は全くと言っていい程笑ってはいなかった。

「当たり前でしょ?だって・・・生まれてこの方、私は一度も本気を出したことがないんだもの」

リミーナもまた、月夜同様にルシファーから視線を外さずに言う。その瞳も、笑いの色は微塵もなかった。二人の瞳に宿っているのは、怒りでも哀しみでもなく、ただ目の前の敵を排除する、機械的なものだけだった。

「出したことがないんじゃなくて、出せないんだろ?俺も、そうだしな」

「そうだね・・・私は、私自身の力がどこまで行くのか知らない。知りたいとも思わない」

敵を前にして、悠長に会話している二人だが、その間に流れる雰囲気には隙など全くなかった。

「ふん・・・随分と、余裕の態度では、ないかね?」

ルシファーは、息も絶え絶えに二人にそう言った。ひざをつき、かなり弱っている感じが見て取れたが、威厳や重圧感は失われてはいない。

「余裕?馬鹿言うなよ・・・こえーんだよ、お前が」

「そうね・・・あっさりやられて惨めな姿を晒すほど、あなたも馬鹿じゃないでしょう?卑怯な手を狙ってないで、本気を出したらどう?」

ルシファーが何かを狙っていることを見破っている二人は、各々そう口にした。

「ふふふっ・・・貴様らのことを侮っていたのは、素直に謝ろうではないか」

笑いながら、ルシファーは立ち上がった。そこには、今までの弱った素振りは一つとしてない。

「この聖域は、元より凄まじい程の強度を誇っている。しかし・・・今の私が本気を出したのなら、傷つけてしまうおそれがあるだろう」

「だから、俺らが飛び掛ったところを狙って一瞬で終わらせようとしたんだろ?」

月夜の問いに、ルシファーは笑った。心の底から楽しそう笑うその姿は、体に突き刺さったままの光の針とあまりにも似合わず、見る者全てを恐怖に叩き落すようなものだった。

「よく分かっている、よく理解している。さすがは人間の中での最強兵器だ、だが・・・」

所詮、人間の血が混じった紛い物だ!

己の中にある力を全て搾り出すかのように、ルシファーは叫んだ。ビリビリと空気が振動し、同時に強い死の匂いを辺りに撒き散らす。己の中の力が自身を食い破るかのように、ルシファーの姿は徐々に変貌をとげる。背中を食い破って出てきたかのような白と黒の一対の巨大な翼は、見る者を絶望に落とすような禍々しい光を放っている。赤い瞳は、血を連想させるほど怪しく光り輝き、鋭いという言葉さえ陳腐に聞こえてしまうほど、その瞳は鋭利なナイフのようにとがる。それは一言で言うのなら、獣だった。人の形をし、禍々しい巨大な翼を生やした人の形をした血に飢えた獣・・・その姿を前に、月夜とリミーナは息をすることすら忘れ、身動き一つすることができなかった。

「・・・さて、お望み通り、殺し合いを始めようじゃないか!」

理性すら残っていないかのように、抑揚のない声でルシファーは叫ぶ。その叫び声だけで、二人は心臓を抉り取られたかのように感じた。

「どうした?来ないのならこちらから行くぞ」

瞬時にルシファーの姿が揺らぐ、やばい、と考えながらも、二人は強すぎる恐怖に縛りとられ、動けずにいた。しかし、ルシファーは動かない。二人の視線の先にいるルシファーは、いまだ超然とそこに立っていた。どさ、という何か重い物が、床に落ちる音だけが二人の耳に届いた。

「あ・・・いや・・・いやぁぁぁ!」

不意に、楓の叫び声が聞こえる。その言葉にようやく我を取り戻した月夜とリミーナは、突然強い痛みに顔を歪めた。

「随分と鈍いな、これならば、様子を見る必要もなかったか」

月夜はルシファーから視線を外さずに、痛みを感じた右腕に左手を伸ばした。しかし、そこには今まで確かにあった右腕がない。肩口から先が、抉り取られたかのように体についていなかった。リミーナも同様に、左肩から先がなくなっていた。腕という名の詮がなくなった肩からは、一息遅れて噴水のように血が噴きだした。

「なん・・・だよ、これ・・・?」

何が起きたのか分からずに、月夜はぽつりと呟く。その声は、震えていた。腕がなくなったぐらいでは、二人にとって致命傷にはならない。しかし、気づかない内に腕を切り落とせることが出来るのならば、気づかない内にその命すらも消せる、それ程の力量差に、二人はただ愕然とした。

「無益な争いはやめようではないか、抗うだけ無駄というもの」

呆然としている二人に、ルシファーは最後通牒を告げた。これ以上やるのなら、死ぬ一歩手前までやる、そう脅しているのだった。

「あ・・・ああ・・・」

リミーナはただ呆然とそう呟くだけだった。声は震え、実年齢通りの幼さでその身も恐怖に震えている。

「・・・っざけんな!」

対照に、月夜はそう叫んだ。体を覆いつくしてしまいそうな恐怖を無理やり抑え付け、強く叫ぶ。リミーナがまともに戦えない今、兄である自分がやらなければいけない、月夜は自分に強く言い聞かせた。

「腕の一本がなんだ・・・力の差が、どうしたっていうんだ!?」

月夜は残った左腕を上げ、手をルシファーに向ける。リミーナが先ほど放った様な弾、光の弾ではなく黒い弾を作り上げ、それをルシファーに向けて放った。

「温いわっ!」

ルシファーが叫んだ瞬間、空気が歪む程の気迫とも超音波とも言えない不思議な何かが発生した。それは月夜が撃ち出した黒い弾をかき消し、その奥にいた月夜とリミーナさえも吹っ飛ばした。

「うあっ・・・」

「がっ・・・」

数メートル吹っ飛ばされ、受身をとることが出来なかった二人は地面に叩きつけられ嗚咽を漏らした。そんな二人を、ルシファーはつまらなさそうに見下している。それは、絶大な力を持つものだけが許される、はるかな高みからの蔑みの目だった。

「終わりだ、もう、抵抗する気力すらあるまい」

ルシファーの言葉通り、二人は起き上がることをせず、その顔には深い絶望の色が浮かんでいる。抵抗をするだけ無駄、そんな思考が二人を支配していた。

「最後の短い時間を、精々惜しむが良い」

ゆっくりとした歩みで、ルシファーは二人の元へと歩いていく。彼が歩く度に、周りの空気はまるで蜃気楼が起きているかのようにゆらゆらと揺らいでいる。それは神秘的に見えると同時に、絶対的な恐怖を見る者に与えた。

「来ないで・・・やだ・・・!」

倒れたまま、リミーナはそう呟く。それは意識して出したものではなく、死を感じた全身が本能的にその言葉を出したのだ。カツ、カツ、と、ルシファーの足音が一歩近づく度に、リミーナは震え、涙を流した。楓もそんな光景を見て、何かを叫びながら自分を覆う防壁を叩いているが、効果の程はない。死と絶望が場を支配する中、一人だけ、不意に口元を歪め、笑った男がいた。

「ははは・・・あっははは!」

仰向けに倒れたまま、虚空を見つめていた月夜が突然笑い出し、ルシファーは怪訝な顔をした。

「なんだ、ついに気が狂ったようだな」

「つき・・・や?」

「・・・おにいちゃん?」

三人の声を無視し、月夜は笑い続けた。その光景は、傍目から見ればルシファーの言うとおり、気が狂ったかのようにしか見えない。

「ふん、死の間際だ、狂ってしまった方が楽であろうよ」

だがしかし、とルシファーは続ける。その姿は、既に月夜のすぐそばに立っている。

「醜いな、貴様から終わらせてやろう」

ルシファーの手が月夜へと伸びる。もはや声を上げることすら出来ず、楓とリミーナは震えながらその光景をただ見ていることしか出来なかった。それは永遠に感じられるような時間で、一瞬でもあるような時間だった。ルシファーの手が月夜に触れる瞬間、楓とリミーナはとっさに目を閉じた。殺されることはない、しかし、月夜がルシファーに取り込まれて消えてしまう、二人はそれを見るに耐えなかったのだ。

「ぬ!?」

パンッ、と乾いた音が響いた。狂ったように笑っていた月夜が、ルシファーが自身の体に触れる前にその手を叩いたのだった。突然の出来事に、ルシファーは一瞬だけ動きを止める。しかし、すぐに煩わしげに顔を歪めた。

「この期に及んで、まだ抵抗を・・・」

そこで、ルシファーははっとした顔になった。狂うように笑っていた月夜は、もはや笑ってなどいない。それどころか、その表情には人間味というものすらなかった。機械のような無表情の顔、それに貼りつけられた異常なまでに闇に包まれた瞳・・・ルシファーは知らずの内に、恐怖を抱いていた。私が恐れている・・・だと?

「そんな馬鹿なことが、あるはずがない!」

ルシファーは叫びながら、月夜の頭目がけて手を振り下ろした。それは先ほどのように触れようとするものではなく、叩き潰すかのような鋭さを持っていた。ドゴン、というすさまじい音が響く。しかし・・・それは月夜の頭を砕いた音ではなかった。

「なん・・・だと?」

ルシファー自身、何が起きたのか理解できていなかった。気づいたら、彼は十数メートルも離れた石像に強かに背をぶつけ、倒れていたのだから。激しい音に、楓とリミーナはおそるおそる目を見開く・・・そして、驚愕の表情を浮かべた。

「「・・・え?」」

二人の声が重なる。二人の視線の先に立っていたのは、紛れもなく月夜だった。しかし、その体から立ち昇る雰囲気は、どす黒い闇に覆われている。いや、それは闇などという言葉が通じるほどの物ではなかった。広大に広がる宇宙の中の、更に深い闇の部分・・・言わば、無限を孕んだ凶悪過ぎる程の物体、ブラックホールのような雰囲気がそこにはあった。

「おはよう初めましてそしてさようなら」

抑揚のない声で月夜は言った。それは月夜の口から発された言葉だったが、まるで違う誰かが言っているものにしか聞こえなかった。

「つきや・・・?ねぇ、どうしたの?ねぇ!?月夜!?」

自分が知っている月夜とあまりにも遠くかけ離れた今の月夜を見て、楓はとっさにそう叫んでいた。月夜は楓を一瞥したが、すぐにその視線をルシファーに戻した。一瞬だけ目が合った楓は戸惑いながらも悟った。そこにいるのは月夜ではない、と。インフィニティと呼ばれていた頃の月夜と、一度だけ顔を合わせたことがある楓だったが、今の月夜はインフィニティと呼ばれていたあの頃ですら可愛く見えてしまう程凶悪で・・・そして、人間味がなかった。

「ひっ・・・ああ・・・っ」

近くにいるリミーナは、先ほどルシファーから感じた重圧感よりもはるかに重い物を感じ、ガタガタと震え続けている。

「貴様は・・・貴様はなんだ!?」

吹き飛ばされたルシファーは、自身の恐れを認めようとせずに問うた。月夜の声で、そいつは答える。

「分からないどうしてここにいるのかそんなことは分からない」

抑揚のない声で、そいつは続ける。

「でも僕は生まれてしまった生み出されてしまっただから無くさないといけない全てをだって僕は無だから限りある全ての有限を無に変えないといけないから」

終わらせよう。まるで全ての生き物に、全ての存在に告げるように、そいつは超然と言い放ったのだった。

・・・懇切丁寧に説明してくれる敵っつうのもいかがなものかと思いますし、それに対して問答無用でツッコミ入れまくってる主人公っつうのもどうかと思いますが・・・それはさておき、いよいよ大詰め的な感じがしてきました。どっかの誰かさんの台詞、句読点なくて読みにくいと思いますが、気にせずに読んでいただければ幸いです。

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