王都を離れて2
目指す北西の男爵領、ゴートレック男爵領は正直遠い。元々辺境のど田舎なのだ。
向かう道も然程整っている訳では無く、当然馬車の足も速くない。幾つもの町や村を経由する必要がどうしても出て来る、長い旅路だ。
普段は暇を持て余す事が多い馬車の中だが、今回はその余裕も与えられない。
何故ならマルトスとメリエが微妙に旅行気分で二人の世界を作るので、セラティスとパトリーシャの相手を僕がしなければならなかったからである。
パトリーシャに関してはまあ魔術書を読み解かせ、解らない部分だけを質問に答えて居ればそれで良い。
エレクシアさんには落第とされた僕の教師としての能力も、教える回数を重ねる間に多少は格好が付く様にはなった気がする。
或いは単にパトリーシャが教わる事に慣れただけかも知れないが、それでも問題が無く魔術を習得するのならそれでも良い。
しかし問題はセラティスだ。例えば冒険譚をねだられても、僕はアイツじゃ無いので話のネタには限りがある。
いや冒険者として過ごした期間の内容は濃密だったので、正確にはネタの数は無くも無いが、それを面白く聞かせれる話に纏めるのに手間取るのだ。
しかし他の話題で誤魔化し切れるほど、馬車の中で過ごす時間は短くは無い。
僕は知識はそれなりに豊富な方であると自負するが、特定の事柄に関して質問してくれるなら兎も角、何でも良いから話をと言われてもちょっと困る。
マルトスはメリエとずっと一緒に居るのに良く話題が尽きないなと、少し尊敬してしまう。
だからと言って黙り込んでしまうのも、パトリーシャからの質問には適宜答えているだけに、セラティスが可哀想な気がして出来ない。
何故雇い主である筈の僕が、雇った冒険者に気を使ってるのかは悩む。
けれど僕の抱える厄介な事情を知っても付き合ってくれた彼女達なのだ。少し位のサービスを努力はしても、きっと罰は当たらないだろう。
そんな不足した話題を探す事に四苦八苦する僕を救ってくれたのは、訪れた村を襲わんとしていた災厄だった。
災厄に救われたと言うのも不謹慎だが、そもそも冒険者にとっては他人の災厄こそが飯の種である。僕はあくまで元だけど。
「オーガの群れ……、ですか?」
辿り着いた村で、すぐさま出て来た村長に縋りつかれたマルトスは、けれども村長の言葉に顔色を蒼褪めさせた。
無理もない。オーガは中位の魔物だ。今のマルトス達では、四人がかりでも一体を相手にして勝率は……、四分六だろう。
勝利が四で、敗北が六だ。群れを相手にする事等自殺以外の何物でもない。
しかしこれは割合に切迫した事態であった。狩りの為に森に潜っていた狩人がオーガの群れを発見したと言うのだが、良く逃げ切れたものだと感心する。
或いは見逃されたのだろうか。獲物が逃げる方向に巣があると考えたなら、敢えて見逃した可能性は十分に存在した。
オーガも含めて魔物は、普通の生物に比べて遥かに長い絶食期間に耐えうる身体をしているらしい。
その代わりに餌に有り付いた時は思う存分に食い溜めを行うのだ。ちなみにオーガの別名は食人鬼である。
ざっと二十以上の群れだったと言うのだから、まあこの規模の村程度はオーガにとっては軽食程度だ。
身長が成人男性の五割増し程の巨体を誇る怪力のオーガは、人を軽々と引き裂いて弄びながら食事をする。まさに悪鬼と呼ぶより他に無い。
オーガの群れが出現するなんて、流石は北西部だと感心するより他に無い。恐らくは未開拓地から流れて来た群れなのだと考えられた。
普通なら貴族のお抱え騎士団が出動すべき案件だ。それでも多くの犠牲を覚悟する必要があるだろう。
もし仮に群れを率いる長が更にオーガの上位種となっていたなら、貴族の騎士団程度なら敗北する恐れもある。
それに騎士団の出動を待つ余裕はこの村には無い。
「我々にはどうしようもない相手です。一刻も早く避難しないと村の全滅は免れません。我々の馬車は子供の避難用に……」
供出しますと言いかけて、マルトスは僕を確認する。あの馬車は国の物だが、現在の持ち主が僕である事を思い出したのだろう。
僕とて馬車の貸し出しを拒みはしない。ただ問題は逃げ切れるかどうかである。
村人達とて全ての財産を放り出して逃げる事には抵抗がある筈。勿論命あっての物種である事は理解しているだろうが、理屈と感情は別物なのだ。
幸い此処から近しいゴートレック男爵領には高位冒険者が集まっている。
彼等の内の一グループでも事態の解決に乗り出してくれれば、例えオーガに上位種が混じって居ても何とかなる筈。
オーガの上位種は高位の魔物に属するが、高位の魔物を狩れるからこそ彼等は高位冒険なのだ。
なので今此処の村人達さえ無事に避難出来たなら、被害の規模はかなり小さく抑えられるだろう。
マルトスの判断は割と的確であると思う。この辺は流石大地の女神の神官と言った所か。
彼なら途中でオーガに襲撃さえされなければ、避難する村人を纏め上げて近くの町まで辿り着けると思われる。
ならば、良し。
「ではマルトスさんは念の為に村人を率いて避難の指揮を執って下さい。村長、彼は神官です。安心して彼に付いて行くよう村人に説明を」
僕は懐から取り出した護衛契約の書類に了の字を書き込み、指をナイフで切って指印を押す。
此れで護衛契約は完了となり、マルトス達は自由に動ける。僕に貼り付いている必要が無くなったのだ。
まあ逆の言い方をするならば、僕が彼等に付いて居る必要も無い。
驚きの表情を浮かべるマルトスを、僕は安心させるよう笑顔を浮かべる。
「避難は念の為ですので、安心して慌てず逃げてください。後ろは大丈夫ですよ。僕はこれでも宮廷魔術師ですから」
僕は元高位冒険者でもあるので、高位冒険者のグループに出来る事は、準備時間さえあれば僕にも充分可能なのだ。




