王都での別れ・エルフの幼子
出張を終えての王都への帰還。
通常どこかへ出掛ける時は、行きは良くて帰りが恐い。
出先での用事を終えて帰る時は気が抜けて居たり、或いは疲労していたりするので思わぬ落とし穴に嵌る事があると言う格言らしい。
しかし今回の出張は、僕は帰還にこそ多大な苦労を強いられる事になった。
別に帰り道で盗賊が出たとか、海洋伯に追加の仕事を頼まれたとか、そんな事ではない。寧ろ其れ位なら何とでもして見せる。
なら何が問題だったのかと言えば、行きには存在しなかった荷物である事のエルフの幼子、フルフレアだ。
まずフルフレアは、海都から出る時から既に大暴れしてくれた。
どうやらこのフルフレアは海洋伯の館に預けている間に、これまでの人生で味わった事の無い贅沢を体験してしまった結果、海都を離れる事を強く拒んだのだ。
海洋伯も愛らしい、碧眼にふわふわの金髪をしたエルフの幼子を気に入ってしまい、何なら置いて帰って良いとか言い始めたので非常に面倒臭かった。
一体何十年面倒を見る気なのだ。恐らく海洋伯が老衰で死ぬ頃になってもまだ成人しないだろうと言うのに。
一応助け出した以上は元の場所に返してやる責任が僕にはある。
王都に連れ戻って国中のエルフの里に行方不明の幼子が居ないかを確かめる必要があるのだ。
王家とエルフの友好関係の為にも、そしてこの子の為にも親元へ返すのが一番良いだろう事は間違いがない。
ただ、繁殖力が低い為に生まれた子供は宝の様に大事にするエルフの親が、こんな幼子から目を離す訳がないと考えると……。
どうしても暗い想像をしてしまう。
さて宥めすかして何とか海都からフルフレアを引き剥がしはしたものの、すると今度は僕の首根っこにしがみついて中々離れなくなってしまった。
最初の頃は泣いたり叩いたりしてきたので、さぞや嫌われているのだろうと思ったらそれも少し違うらしい。
でも多分僕は、この子は自分で歩きたくないからこうやってしがみ付いてるのだと確信している。
だって食事の時は普通に降りるし。この子は食事を両手で掴んで貪り食べるのでしがみ付いたままだと食べれないのだ。
凄い行儀悪い。なのに一生懸命に貪っている姿が可愛らしく見えるのは、美形種族って得だなってホント思う。
でも正直僕はあまり体力に自信がある方ではないので、四六時中しがみ付かれているのは割としんどい。
そもそも僕は子供の世話をした経験があまりないのだ。気を抜くと落っことしそうで怖いし、帰りの道中は毎日疲労感が凄かった。
そんな僕でも王都に辿り着く頃にはその状態にも流石に慣れる。
自力で勝手にしがみ付いてるし、それとなく手を添えて置いてやれば危ない時も判るようになった。
でもそれでも、王都についてもフルフレアが僕の生活の中に入り込んだ小さな嵐である事に変化はない。
この子の存在は僕の周囲に常に影響を与え続けた。
例えば先ずはエレクシアさんだ。
「ちょっとフレッド、報告書読んだわよ。行く前にあんなに一人で無茶するなって言ったのに何やってるの。短期間に二回も暴れて!」
と綺麗な眉を吊り上げてご立腹だったエレクシアさんが、フルフレアを見せた途端に、
「そ、そう、この子を助ける為に……。ならしょうがない、いえ、寧ろ良くやったわね。褒めてあげるわ。ところでその子の名前は何て言うの? お菓子とか食べれるかしら?」
陥落して許された。寧ろ褒められた。
そしてそれからしょっちゅう、というかほぼ毎日フルフレアと遊びにやって来る。
エレクシアさん仕事してないの?
次にバナームさんもフルフレアを見ると好々爺みたいな笑顔を浮かべる。
「おはようございます、フレッド様、フルフレア様。今日も仲が良くて羨ましい。ええ、此方の書類も可能な分だけで結構です。フレッド様はフルフレア様を見ていて下さい」
とても優しい。何だかフルフレアのお零れに預かってる気分だ。
この子は僕の仕事中に離れはしないが、決して邪魔をしようとしない。
けれど飽きには勝てないのかやがてこっくりこっくり舟を漕ぎ出すのだ。何だかとても可哀想な気分になり、周りもそれは同感の様で僕の仕事作業はそこで終わる。
午前と午後に一回ずつ、何時もの半分程度の時間だけしか机に座っていない。
時間単位の処理速度は頑張って向上させたが、それでも出来なかった分はバナームさんや部下の人達にお任せである。
みんな本当にとても優しい。出張系のやばい仕事も回ってこないし。
フルフレアの存在は、城内で徐々に評判になった。
何かと理由をつけて色んな人が僕に、と言うよりフルフレアに会いに来るようになった。
知人も増えた。色んな人がすれ違う僕とこの子に挨拶をしてくれるので、名前を覚えるのが凄く大変だった。
僕よりフルフレアの方が人の名前を覚えるのは得意で、割とこっそり耳元で教えてくれる。
あまり喋らないこの子の声が聴けるので、その時は少し嬉しい。
やってくる人の中には時に大物も混じってた。
噂を聞きつけてやって来た、王妃様と第二王女様である。此処まで偉い人に来られると、せめて抱っことかサービスさせてあげて欲しいのだが、結局フルフレアは僕から離れず凄く気を遣う羽目になった。
そうして、僕はフルフレアを肩に乗せながら3ヶ月を過ごす。
来ると判って居た別れの時期は、意外な程に遅かった。移すまいと考えていた情が、移ってしまって固定されるには十分すぎる程に。
フルフレアに対するエルフからの迎えが遅かった理由は一つ。
この子の両親が生きていて、けれども父親側が重傷で動けなかったが、二人は自分でフルフレアを直接迎えに行く事、助け出して預かった僕に礼を言う事を希望したからだ。
なんでも家族で里近くの湖に出かけていた際に、異国風の賊に襲われて父親が負傷。
母親もこの子を奪われた後に乱暴されそうになり、そこで精霊魔法の戦闘音に気付いた里のエルフが援軍に来たらしい。
賊とあの船で僕が吹き飛ばした連中と特徴は一致する。本当に碌な事しないなあの国の人間。
取引してる海の向こうの国はいっぱいあるし、一つくらい減らしても問題ないと思うのだけど、まあそれを決めるのは王家である。
属する里の長も、王家の後ろ盾がある預かり主なら、信用も安全への安心も出来ると言う事でその希望は叶えられた。
別れの時、フルフレアは泣きじゃくり、柔らかな金色の髪を押し付けて、僕にしがみつき離れなかった。
「やぁ、フレッドと一緒にお菓子食べるのぉ……」
普段あんまり喋らないのに、その時ばかりは一杯喋った。
お菓子と僕の比重は知らない。そもそも君、一緒に食べるって言っても8割は持って行くよね。
あとお菓子あげてるの僕じゃなくてエレクシアさんだし、僕も貰ってる方だからね?
なんて事を言ったけど、言わないと心が定まらない。
でも別れは確実で、最初から決まっていて、だから僕は最後に小指に嵌めていたリングを渡す。
指輪なんて嵌めれないちっちゃな手だから、紐に通して首にかけて。
「今回みたいな事があったら、此れを握って名前を呼んで。君が大きくなる位までなら、助けに行ってあげるから」
付与してある魔法はシールドの術と、エマージェンシーコールの術と、転移の為の空間を確保して座標を送信する為の術。
フルフレアは今10歳位で、人間より成長が5倍遅いとされるエルフは80~100歳で一人前と認められる。
その間に何もなければ、僕の事は忘れていい。長生きするエルフに短命な人間の思い出は荷物になるだろう。
まあ、あと90年位は一寸気合で生きてみせるし、僕は君の事も覚えてる。
だからあんまり泣かないで。僕だって、泣きそうになるから。
本日のお仕事自己評価80点。がんばった。きょうはあめが、ふっている。




