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不法滞在宇宙人  作者: 出汁殻ニボシ
不法滞在宇宙人
27/30

ピカレスクな宇宙人

 三度目の跳躍で、ようやく門柱の端に手がかかり、なまりきった体を必死で引き上げる。

 腰の兵器が引っかかってふらついたが、どうにかよじ登って一息つくと、遠くにいつか三人で通りがかった小さな商店が見えた。あそこまで行けば町に出ることができるだろう。

 そう自分を勇気付けたものの、死力を尽くして登っただけあって、門の頂上から地面までにはかなりの距離がある。

 早く降りなければ、と気ばかり焦る一方で、既に叩き上げられたタングステン鋼のような脚は、どうにも言う事を聞いてくれない。

 とはいえ、いつまでもぐずぐずしていては、あの宇宙人どもに捕まるのも時間の問題だ。考えあぐねた挙句、いちにのさんで一気に飛び降りることにした。

 何度見直しても中々の高さである。景気付けに、あれでも今より少しは活動的だった小学校低学年時代の、ジャングルジムから飛び降りたときの記憶などを思い出してみたが、「これは世に言う走馬灯ではないのか」という考えが頭をよぎり、おまけにあの時は結局足が引っかかって上手く飛べず、大変痛い思いをしたことまでもが鮮明に思いだされ、より一層実行への意志が萎えてしまった。

 それでもなんとか気力を振り絞ると、門柱にゆっくりとぶら下がり、できる限り地面に足を近づけてから手を離した。


 さて、私が重力に従って落下してゆく間に起こった事柄は二つある。

 一つは、今まさに目指さんとしていた商店の横から宇宙人が現れ、一瞬驚きの表情を浮かべたかと思うと、即座にこちらへ向かってきたということ。

 そしてもう一つは、「ふんぎ」という奇声とともに、私の足が何か柔らかいものを踏みつけたということである。そのせいで見事なまでに着地に失敗したが、しかし痛みは感じなかった。

 足元で金切り声を上げているそれがクッションの代わりになったせいもあるが、それ以上に、驚きのあまり脳が上手く機能していなかったのである。

「きさま、牧人の如く走り続ける我をふんずけるとは何事か!」

 そういって院部は立ち上がり、そのベテルギウス的な細腕を高らかに掲げ、謎のファイティングポーズをとった。

「やはり前から思ってはいたが、乃公の行動をいちいち出がかりでキャンセルさせるお前が許せないことがわかったので、もう今成敗してくれる」

 咄嗟に返答することもできず、私はしばらくの間、薄汚れた水槽の中に移され、訳の分からないまま不安げに顔を出した金魚のように口を開閉させた。

「今まで何処に行ってたんだ、お前」

「そんなもん、個人情報保護法に抵触する恐れがあるので答弁を終わります」

 奇怪なステップを踏む彼の後ろに、鉤爪を振り上げる宇宙人たちの姿が見える。こんな所で永久に答えの出ない質疑応答を繰り返していても、双方ともに何一つ得はしないだろう。私は院部の手を引くと、とりあえず宇宙人たちとは逆方向に駆け出した。

 全く妙な気分であった。約二ヶ月ぶりに同居人と再会できたことを素直に喜ぶ一方で、脳の別の部分では、院部とのどうしようもない会話に早くも我慢がならなくなってきていたのである。

「アッ、何をする」

「馬鹿ッ、捕まりたくなけりゃあ、さっさと走れッ」

 様々な外的要因に押し潰され、持ち帰り忘れた体育袋の如くぐったりとしていた私の精神にけりを入れ、夜のうろなに向かって、私は空しく咆えた。

「どうして僕の周りには妙齢のご婦人ではなく、こんな訳の分からん宇宙人ばかりが集まるんだ?」


 ○


 私と院部にとって幸運だったのは、不法滞在宇宙人との数時間にも渡る鬼ごっこのせいで、今の鉤爪たちが疲労困憊の極致にあったということである。おかげで、ここ最近まともな運動はおろか、まともな生活を送っていなかった浪人生の足でも、なんとか追いつかれずにすんでいた。

 とはいえ、何時間もの間走り続けてきたのは院部も同じことで、彼の顔面は、いまや現代芸術と言っても通る程に歪んでいる。

 深夜の町を、一人の男が変態を庇いながら走り、その後ろを、更に多くの変態たちが息を切らして追いかける。

 この恐ろしく変態含有率の高い集団が、よりにもよって商店街のど真ん中を爆走しているというのに、先程から全く人の姿を見かけていないことが、私を不安にさせていた。

「変だな、いつもならこの辺りは深夜でも人がいるのに」

「おんどれの頭にはよほど皺がないようでございますな」

 懐かしさすら感じさせる憎たらしい口調で、院部が横から口を出す。

「あのピカレスクな外宇宙人どもが我々を追い詰めようとして頑張って我々を追い込んでみたりしちゃったりしてるかもしれないということが無い訳じゃあないことが分からんのかね」

 この肯定と否定の複雑怪奇な二重螺旋を解くために、私はしばし前方と足元への注意を怠り、その結果、転がっていた空き缶に足をとられて、ものの見事に転倒した。

(ぼか)あ決めたぜ」

 居酒屋のゴミ捨て場に突っ込んだせいで引っ被った食べかすを払い落としながら、院部を勢いよく引っ張り挙げる。

「もし受験に失敗してまたバイトをすることになったら、まずうろな町内の美化清掃ボランティアに参加して、面接の話題を作ってやる!」

「見返りを求めている時点で、それはもうボランティアではないのでは?」

 走りながら服に引っ付いていた鳥の骨を放り投げ、私は彼の方を向いた。

「それより、追い詰められるってどういうことさ」

「ありのままの意味でんがな、このままだと僕も私も拿捕の後に解剖されて医学界の明日に大きく寄与したことをここに称えられかねん」

「馬鹿なことを言うな、確かこの先には、交番があったはずだ」

 いつかの日に、千草と二人で身元引受人として、院部を引き取りに出頭したことを思い出す。「そこまで行けば、きっと保護してくれるさ」

「ふん、それではお尋ね申すがね、おのれはどうやってこの道をつっきるおつもりですか」

 そう言われて前方に眼をやり、私は絶句した。


 ○


「道に迷うものは、人生にも迷うものだ」

 以前、永武秘宝館で働いていた際に、お客の紳士から教えられた言葉の一つである。

 これを逆説的に解釈すれば、「人生に迷うものは、すなわち道にも迷う」ということになる。

 四半世紀にも満たないながら、その混迷ぶりに関しては他の追随を許さない我が人生を省みるに、この言葉は真理とまではいえないものの、あながち間違っていないように思える。何せ、半年以上も同じ町に住んでいるにも関わらず、全く見たことも無い突き当たりにぶち当たったのだから。


 眼前の壁は、実に奇妙な外貌をしていた。

「うろな文具店」と書かれた看板が逆さのまま中央に据えられ、その横には、私がたまにコロッケを買っていた精肉店のショーケースが縦に挟まっている。

 上部にはカラーコーンや放置された自転車等が、物理学に喧嘩を売るような角度で組み込まれていて、その隙間からは「天然工房 純粋」の文字が見え隠れしている。

 一際目に付くのは、ファンシーな書体で「ピグミー」と描かれている看板で、下の方から突き出しているそれは、ちょうど三分の一のあたりで直角に折れ曲がっている。

「いくらひどい人生を歩んできたからと言って、こんな訳の分からない道に迷ったりするものなのか?」

 無駄だと知りつつも、私は何度も眼を擦った。

「いくらなんでも無茶苦茶だ、こんな……精肉店はこんな所には無かったし、ピグミーはもっと東の方だったはずだ」

「これが奴らの方法なんでげすよ。ここ二ヶ月という間、母船を近くに待機させているおかげで、こんな芸当ができる」

 服の袖を引かれて振り返ると、飴細工のように捻り上げられた標識が絡み合ってできた階段の上で、院部がこちらに手招きをしていた。

「こうやって町の物をブロックごとに切り分けて迷路を作るのが、手前共を一番傷つけずに捕縛できると踏みつけていらっしゃるのよ、まあ、我にとってはこんなもの、お茶の子の手をひねるようなもんですがな」

 そう言って、院部はいつものようにへらりと笑った。

「さあ、さっさと逃げませうぜ。久しぶりの邂逅でありんすから、今日くらいは手を貸してやろうではないか」

桜月りまさんの『うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話』より

「うろな文具店」とコロッケが美味しい精肉店を、

シュウさんの『うろな町発展記録』より

「天然工房 純粋」を、

弥塚泉さんの『ワルい奴ら』より

花屋「ピグミー」を、

それぞれ名前をお借りしました。

何か不都合な点などありましたら、ご連絡ください。

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