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22 ただ、一人の男として

 ルミエールの歌が終わり、会場は静寂の後に割れんばかりの拍手に包まれました。


 私もローズも例外ではありません。


 ルミエールは拍手に応えるようにいろんな方向に向かって礼をし、シュトーレン公爵のエスコートでパーティーの中に紛れて行きます。その時、私とローズに向かって、笑顔よ、と微笑みかけてくれました。


 本物の花姫の存在感たるや、身分など関係ない、完全な実力主義によるもの。自分という財産を磨き抜いて、建国祭という華々しい場を圧倒する力強さ。


 私とローズなんてまだまだお子様だと解らされました。ローズも一緒で、まだ先程うわさされた傷は残っているようでしたが、顔を見合わせて笑いました。


 次はダンスの時間です。流石に花姫・ルミエールが空気を良くしたとしても、私たちにダンスを申し込む殿方はいないでしょう。


 ふと入り口の方を見たら、レイとリチャード様の姿が見当たりません。きっとあの男を警備隊に渡しているのだと思います。


 お母様が王族の側を離れてお父様とダンスフロアの中に入っていきます。取り残された私たち姉妹は、え? と思っていましたが、そこにレイとリチャード様が揃って現れました。


 レイは一度私の方を見てからローズの前に跪くと頭を下げたままハッキリと告げます。


「ローズ。私と別れて欲しい。私が愛する方は他にいる、不義理だとも不貞だとも罵ってくれて構わない」


 レイの唐突な言葉に周辺がざわつきます。レイとローズが清い交際をしていた事は知れ渡っています。


 裏では本当は……と下衆な勘ぐりをする方がいないわけではありませんでしたが、騎士団の訓練はそう甘いものではなく、会うのは人目のある街中や訓練の見学で昼間だけ。日が暮れる前にローズを家まで送り届け……それでなお勘ぐるような方は余程ローズを永遠の傷物にしたい方でしょう。


 しかし、ハッキリとルミエールは貴族諸侯に釘を刺しました。男女関係なく。裏の女としての頂点に立つ彼女がローズの味方をした事は、今後胸の内で何を思おうと、口に出せば彼女の元に情報が届くということ。彼女がその情報をどう扱うかは……はい、下手な事はできませんね。私も含めて。


 レイの言葉に、ローズは微笑みました。彼はどこまでも女性を本当に傷つける真似はしません。私たち姉妹とレイだけは分かっていますが、それを周りにどう取られるか……、ローズは聡い子です。私はそれに賭けます。


「レイノルズ様、顔を上げてください。私からも、貴方との交際を終わりにしようと思っておりましたの。私は貴方を好きではない、私は貴方に助けられて自分を見つめ直すことができました。そして、私と貴方の間にあるのは友情であると……気付けました。こうして本当の気持ちを真正直に告げてくださる方ですもの、お相手の方もきっと応えてくださるんじゃないかしら? だから、レイノルズ様。今まで守ってくださってありがとうございます」


 途中、ローズは私に向かってこっそり視線を送りました。内心どうなるかとハラハラしましたが、ローズは微笑んでいます。美しい、女性の一人として。


「ありがとうローズ。私は私の気持ちを、ただ一人の男として、その方に捧げようと思う」


「きっと喜びますわ、レイノルズ様」


 立ち上がったレイとローズは握手を交わしました。これで、レイは片想いの独り身、ローズは完全にフリーです。


「ローズ・サリバン嬢。私はレイノルズの兄のリチャードと申します。どうか一曲、踊っていただけますか?」


 そこに、リチャード様がローズへ踊りを申し込みました。これはもしかして……と思ってレイの方を見ると、頷いています。


 なるほど、そういう事でしたか……。


「よろこんで、リチャード様」


 こうして、花姫・ローズと揶揄されていた一連の騒動は建国祭というあらゆる貴族の前で払拭され、ローズには強い後ろ盾がいる事も、ローズ自身を見てくれる殿方がいる事も明らかにされました。


 パーティーはやがて、騒動の全てを押し流していくように、時間が過ぎていきます。


 黙ったまま私の隣に立つレイと、私は会話も無く、ダンスフロアで踊る人たちを見ています。さすがにここで私に婚約を求めるのは、今後のためにもよろしくありません。


 しかし、最早私たち姉妹を好奇の目で見る方もいません。たくさんの人たちの中で、二人きりになったような気持ちです。


「リリー嬢。よければ少し、夜風にあたりに行きませんか?」


「……はい、レイノルズ様」

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