11 レイノルズ・モリガンの恋人(※ローズ視点)
レイノルズ様は素晴らしいお方だった。最初の挨拶こそ素っ気なかったものの、微笑みかけ、ダンスを踊り、私の身体では無く会話を、内面を見て楽しんでくれた。
そして慈しみの視線で私を見つめ、愛を囁き、花を贈ってくださった。私だけを見てくれた初めての人……。
今までの楽しかっただけの恋人もどきとは違う。この胸のときめきはなんだろう。もうレイノルズ様以外の男性を見ても何も思わなくなり、時にいやらしい目線を送られると嫌悪感さえ覚えた。
レイノルズ様に恥ずかしくない女性になりたい。そう思えたわ。
今まで流行を追う事と社交界に君臨する事だけに必死になっていた私は、そんな事には興味は無くなっていた。
彼に恥ずかしくないように、見下していた令嬢たちと向き合うようになり、時には皮肉を言われた令嬢を庇い、叱咤し、己の身を己で守る強さを身に付けるようにと諭した。
流行の最先端でなくとも、自分に似合う服を選び、彼に綺麗だと言われるために頑張った。
彼の好きな食べ物、彼の好きな花、彼の好きな色。私は自分のことを見てもらえた事で、彼のこともよく見るようになったわ。
だからね、気付いてしまったの。彼が愛を囁いているのは私じゃないって。彼は私じゃない誰かのために、私を夢中にさせたんだって。
後から知ったわ、私の悪い噂が社交界の殿方の間で広まっていたことを。私の嫁ぎ先はおろか、このままではサリバン辺境伯家にも傷が付いていただろうと。
ゾッとしたの、私の行動がそんなに家に影響を及ぼすなんて思っていなかった。最初に誘われた時、これが大人になる事なんだと思ったの。
レイノルズ様は私にはそんな事を一言も言わなかった。そんな噂をされている私に堂々と告白をして交際を申し込み、私の目を覚まさせてくれた。
ふと、小さい頃の事を思い出す。はじめてのお茶会だというのに、姉のドレスをおさがりで渡された時。私と姉では髪色も目の色も違う、似合うドレスも好みも……姉は着るものの好みなんて無いけれど……違う。私を見て欲しかった。
だからおさがりは嫌だと駄々をこねた。両親もそれもそうねと新しいドレスを買ってくれた。そして、私は悔しかった。
たった1歳違うだけなのに、姉はとても頭がよく、要領もよく、……私とは違う系統だけど綺麗だし。愛想は無いけど、行儀もいい。見下すこともなく、私にも優しくて、子供ながらになんでも出来る姉、と思ったものだ。
そんな姉が私からおさがりを貰ったら、姉はどれだけ悔しいだろう? そんな事を思って、ドレスを着た翌朝姉の顔に買ってもらったばかりのドレスを投げつけた。
そして頰を打たれた。私はこんな物は欲しくも無いし、とってもない。淡々と怒り自分の意思を大人に伝える冷静さ。私からのおさがりを悔しいとも悲しいともみすぼらしいとも思わず、自分はもう充分持っているから要らないのだとハッキリ示す姿。
私の方が結局悔しくなってしまって、何も思い通りに行かなくて、せっかくのドレスを踏み付けてダメにして。
それからは体型の似ていた私たちは、私が買ってもらった物を姉がおさがりを貰って着るようになった。姉はいつも、ありがとう、と言って受け取ると大事に着ていたし、それはアクセサリーでも靴でも変わらなかった。
姉が社交界デビューをしに王都へ行くのについてきたけれど、その時ばかりは姉は姉に似合うドレスや宝飾品を身に付けた。私も買ってもらったけどね。
一緒に参加したお茶会でも、姉は愛想こそ無いけれど皆に優しく温かい空気を作るのがうまかった。私もちゃんと会話の輪に入れてくれて……。
そして私が社交界デビューをするとなった時、私は次々に姉におさがりをおしつけた。悔しいでしょ、うらやましいでしょ、そんな気持ちで。姉がそんな気持ちになる筈、無かったのに。
レイノルズ様の優しさに触れて、私が周りを見る事ができるようになると、初めて姉の気持ちが分かった。サリバン辺境伯家の名に恥じない人になろうと姉はしていたのだ。自分の意思で大事な事は伝え、態度で示し、相手を小馬鹿にするでもなく、かと言って媚びることも無く、誇りを持って大事な物の為に一生懸命だった。
私にとってはそれは未来の旦那様であり、姉にとっては一生を過ごす領地だった。大事なものが違っても、守らなきゃいけないもの……サリバンという家名は一緒。私はレイノルズ様のお陰でそう思えるようになった。
だって、レイノルズ様はまるで自分のもののように、サリバン辺境伯家を守ってくれたから。
それが誰のためかなんて、私にはお見通しなのよ、レイノルズ様。
だから、私は実家に手紙を書いた。




