とりあえず動き出す
むしゃむしゃポリポリ。むしゃむしゃポリポリ。
咀嚼する音を響かせながらカヤノが歩いていく。もちろんその手に持っているのは齧りかけの白い薬草と天然採れたてのウィード。なぜなら彼もまた特別な存在だからです。
うん、なんか以前に同じようなこと思った気がするな。
今日も今日とてカヤノと一緒に薬草採取の為に森へと来ている。畑を作りはじめてはや一か月。地上の普通の畑も順調に成長し、カブなんかはもうすぐ収穫の時期だ。俺とカヤノによる献身的なお世話のおかげか他の野菜についても青々と元気に育っており、地下の薬草畑については観察の結果、大体一週間で2倍に増えると言う驚異的な繁殖スピードを持っていることが判明していた。もちろん葉っぱは真っ白だ。
カヤノの要望により薬草を根つきのまま何度も持ってきて育てていたので、今は地下の100平方メートルほどの畑いっぱいに白い薬草が生えている。
そして薬草について恐ろしいことが1つわかった。
あいつら、壁にまで生えやがるんだぜ。
いや、確かに地下だから壁も天井も土だぞ。だけど蔦を伸ばす植物とかが壁を這うんであって、薬草、お前普通に壁に生えてんじゃん。確かに日本でも壁に植物を生やしてビルを涼しくするとかやっていたけど、あれはちゃんと特別な仕組みを作ってやっていたはずだ。
重力に逆らうなよ。
白い薬草が意外とハングリー精神旺盛ってことがわかった出来事だった。
そんなこんながあって、さすがにこのままだと側面どころか天井まで薬草に侵されてしまいそうだったのでそろそろ増殖を止めてカヤノに食べさせることにしたんだ。別に全面が白い薬草畑になっても問題は無いとは思うが、何となく俺が嫌だ。
畑が大きくなるまでと言う事で、本当に体調に影響がないのか観察する意味も含めて食べさせるのを我慢させていたカヤノはかなり喜んだ。本当にジャンプしていたからかなり楽しみだったんだろう。まあカヤノの食生活から考えて甘い物を食べる機会なんてほぼ無かっただろうしな。
と言う事で最近になって白い薬草を持ったまま薬草採取に行くことにしていたんだが・・・。
いや、いいんだけどよ。原因の一端は俺にもあるってわかってるんだがさすがに白い薬草とウィードを交互に食べながらカヤノが探索するようになるとは思ってもみなかったんだ。
白い薬草を食べるようになったんだから、そんなゲテモノっぽいウィードなんか食べるなよ、とも何日か前に言ってみたんだが、
「何でですか?ウィード美味しいですよ。むしろ甘さと辛さが交互にやって来るのでどんどんいける感じです。」
と何がおかしいのかわからないと首をひねりながら言われてしまった。
とりあえずウィードは辛いと言う事がわかった。それ以上はもう何も言わねえよ。強く生きろよカヤノ。あっ、違うわ。今でも十分強く生きてるぞ、カヤノ。
いつも通り森を歩きまわって薬草採取を続け、お昼になったのでいつもの小川のそばに行き休憩をする。今日は水浴びをしない日なのでカヤノはむしゃむしゃと白い薬草を食べながらぼーっとしているようだ。採取の最中も心ここにあらずと言った感じで目に見える薬草を見逃しそうになって俺が知らせたりと普段のカヤノでは考えられないようなことばかりだった。
原因は明白だ。俺はカヤノの腕の付け根をトントンと叩き地面へと文字を書いていく。
(どうするんだ?また待つのか?)
「うーん、どうしましょう?」
いや、それを俺が聞いているんだけどな。
カヤノがこんな風になってしまっているのは、ここ3日あの薬草を取引している胡散臭い男が来なかったからだ。今までも1日、2日来ないことはあったらしい。しかし3日連続で来ないことは初めてなのだそうだ。
もちろん宿のおばちゃんにお金を払えないカヤノはこの3日、恐縮しながらも俺からお金をもらっておばちゃんに払った。別に俺のお金は拾い物だから遠慮する必要はねえんだけどな。
おばちゃんも6オルなんて本当はいらないだろうが、何も受け取らずにカヤノの面倒を見ているなんてことにしたくねえんだろうな。ツンデレだな、ツンデレ。
私あんたの為に世話しているんじゃないんだからね。お金をもらっているから仕方なくなんだからね。勘違いしないでよ!!
どこに需要があるのかわからんが、いや、熟女好きにはたまらんのか?
おっと思考が余計な方向へと逸れたな。とりあえずあの男の事だ。
カヤノが悩んでいるのはおばちゃんにお金が払えなくて俺に借りていることじゃない。まあ一部それもあるかもしれないが、それはそう大したものでは無いはずだ。
「大丈夫かなぁ。」
カヤノの何度目かになる呟きが俺に聞こえる。その顔は今日の天気のように曇っており、その視線はその雲を見上げたままだ。
カヤノは純粋にあの男の事を心配していた。
お人よしすぎだろ!!
俺はそう思う。俺にとってはあの男の存在はカヤノにとって百害あって一利なしだ。まあ今までカヤノに定期的に6オルだけ渡してきたことを考えると一利くらいはあるかもしれないが、カヤノを食い物にしている段階でそんなことは些細なことだ。
よくこんなんで、この厳しい異世界を生き延びてこられたよなと思うのだが、その大部分は宿のおばちゃんによるツンデレ保護とわずかな運のおかげだろうな。カヤノの場合は幸運なのか悪運なのかわからんが。
結局結論は出ないままいつもよりちょっと短めの休憩時間を終え、カヤノが再び歩き出す。午前中は思ったより薬草が集まらなかったので、このままだと帰るのが日暮れ近くになってしまうかもしれないのだ。
カヤノが他のことに気を取られている分、俺がしっかりと薬草を見つけないとな。
俺は気合を入れなおし、右手に握った薬草入れの袋をしっかりと握りなおした。
うむ、畑は順調だ。そろそろカブは収穫してもいいかもしれん。ただ、今のカヤノの状態だと普通に生で齧りそうな感じなんだよな。あぁ~、宿のおばちゃんにでも差し入れして何か料理を作ってもらえないかお願いするように伝えてみるか?
「はぁ。」
カヤノのため息が聞こえる。
駄目だなこりゃ。カヤノはしばらく使い物にならなさそうだ。畑に生えた雑草を抜いていってはいるがそのスピードは遅々としているし、時折考え事をしているようで止まっていることも多い。重症だ。
まさかあの男が来なくなるだけでここまでカヤノに影響があるなんて思ってもみなかった。でも考えてみればカヤノに関わりのあるのは俺、おばちゃん、あの男の3人だけだから、その内の一人がいなくなったと考えれば仕方ないとも言えるのか?
とりあえず今日にでも来てくれるといいんだが。
宿の横の路地のいつものカヤノの場所へ戻ると、俺とカヤノの願いが通じたのか、4日ぶりにあの男が現れた。しかしその顔は痩せこけていて青白く、普通の状態には見えない。充血した目だけが爛々と輝いていた。
それでもカヤノは嬉しそうに近づいていき薬草の入った袋をいつも通り差し出す。たぶんカヤノは男に声をかけたいんだろうが、どうも以前男からうるさいからしゃべるなと言われたらしく、その言葉を律儀に守って口を開こうとはしないのだ。
男はそんなカヤノのことをそのぎょろっとした目で見つめる。なんだ、やるのか?やるなら俺が相手になるぞ!
俺に恐れをなしたのか何事も無く、男がカヤノから薬草の入った袋を受け取り中身を見る。いつもなら文句の1つでも言ってくるところだが何も言わない。変だ。いや、これが普通だと思うんだがこいついつも文句言って来るんだよ。虫なんか食ってねえっての。むしろ虫が食った薬草はカヤノが食ってるわ。あれ、なんか悲しくなってきた。
男はそのまま薬草の入った袋を左手に提げると、右手でポケットから硬貨を取り出す。その手から見えるのは銀色の輝きって、何だと!!
男が取り出したのは小銀貨だ。それも2枚もある。えっ、何が起きているんだ?
男は取り出した小銀貨2枚をいつも通り投げ捨てるでもなく、カヤノの手へ渡した。そしてそのまま背を向け路地から出て行こうとする。小銀貨2枚を受け取ったカヤノも困惑して全く動けていない。その視線を小銀貨と男へ交互に動かしているだけだ。
そのまま去っていくかと思われた男が直前でこちらを振り返る。
「俺はもう来ねえからな。薬草はいらねえ。後はお前の好きにしろ。そのお金で街を出るなりなんなりしろ。」
「えっ?」
思わずカヤノが声を上げる。しかしそんなカヤノを残して男はそのまま去って行った。突然の男の豹変に俺とカヤノはただ黙って見送ることしか出来なかった。
その容貌からギョロオと言われいじめられていた少年。しかしある日世界は突然変異し、その過程で少年はある能力が自分に宿ったことを知る。
次回:目からビーム!!
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




