とりあえず薬草を育てる
どうしよう。
畑を作ってから一週間経つが地上の畑は順調だ。早い物は既に芽を出しすくすくと成長している。カヤノもそれが嬉しいのか毎日、薬草を採る前と後に雑草を抜いたりと甲斐甲斐しく畑の世話をしている。俺もこっちには言う事は無い。
問題なのは地下のモヤ・じゃなかった、薬草畑だ。
地下に植えた薬草はどんどんと色を失い、今は真っ白になってしまっている。カヤノに緑以外の薬草ってあるのか?と薬草採取の時にそれとなく聞いてみたんだが、そんなものはお母さんからも聞いたことが無いし、見たことも無いと言う答えだった。
その時に聞いたのだがカヤノのお母さんはアルラウネで薬草や植物に関する知識が深く、昔住んでいた家にはそれらに関する本まであったらしい。カヤノはその時は文字を読めなかったので内容はわからないが、挿絵は見ていたようでハート形の葉っぱの薬草のページは特にお気に入りだったそうだ。他にもハート型の葉っぱがあれば覚えているはずと自信を持って言われた。
カヤノの話を聞く限り新種、もしくは特殊すぎて普通の本には載らないってことだよな。そういえば本ってこの世界にもあるんだな。誰も読んでいるような様子が無いからてっきりない物だとばかり思っていた。もしかしたらカヤノのお母さんは研究者か何かでその本はカヤノのお母さんが書いた研究日誌みたいなもんかもしれないが。
まあそれは置いておいて、特殊すぎるってことは売れないかもしれないと言う事だ。よしんば売れるとしても図鑑にも乗らない希少な品をカヤノみたいな子供が売りに行けばよくないことが起きる可能性もある。どうしても手に入れたい人からすれば入手経路が気になるだろうし、そのためには手段を選ばない奴がいる可能性もある。この世界、めっちゃ命が軽いしな。
俺の取れる道は3つ。
このまま地下で白い薬草の栽培を続けるか、それとも薬草を普通に地上で育てるか、栽培自体を諦めるかだ。
地下で薬草の栽培を続ける利点はある。
もしかしたら希少なものでは無いかもしれないし、もし希少な物であるならばカヤノがいつかお金が必要になった時に売り払うことが出来る。たとえばこのバルダックの街からカヤノが旅立つときとかなら、携帯や無線の無いこの世界ならカヤノのことを追うのは至難のわざのはずだ。
問題点は売りに行くタイミングが限られるから育てても無駄になる可能性が高く、売りに出せばカヤノが襲われる可能性があるってことだな。
次の地上で栽培を始める方法なんだが・・・
栽培は出来ると思うんだよ。地下でも出来たんだから地上で出来ないわけが無い。日の光があればおそらく普通の薬草に育つとは思う。普通の薬草ならカヤノが売っても特に問題は無いから収入や余暇の時間が増えるはず。それが利点だ。
ただこれにも問題がある。薬草の採取なんだがカヤノは結構すいすい見つけているが普通の人にとってはそんな簡単なものでは無いらしい。もちろん冒険者ギルドでも薬草採取の依頼があるらしいが、どうも何かの依頼を受けたついでに見つけたら報告するってくらいの扱いみたいなんだよな。前通った冒険者が薬草のことをボーナスって言っていたから多分そうなんだろうと言う俺の予想だが。
で、そんなボーナスが普通に畑で栽培されていたらどうなるか。結果は明らかだ。まず盗まれる。それを防ぐためには俺が昼夜を問わず見張るしかないんだがそんな手間はかけたくない。意味が無くなっちまうしな。
って言うか薬草を栽培しようって言う発想が無いのか?わざわざ取りに行かなくても栽培した方が簡単だし安全だと思うんだが。まあ俺が知らんだけでどこかではしているのかもしれんがな。
最後は栽培を諦めることだ。
まあ縁が無かったとしてやめて、カヤノと普通の畑を耕しながら薬草採取する日々を続けるって事だな。
これは俺的には無しだ。現状で満足するってことだし、時間や労力が足らなくて出来ないって言う訳じゃない。俺は範囲内なら疲れないし、時間だって眠る必要が無いから人の1.5倍くらいは有効利用できる。だったら何もせずにぼーっとしていることほどもったいないことは無い。
ほら、『も・っ・た・い・な・い』って言うだろ。あれっ、なんか違う気がするがまあどうでも良いや。
そう考えると地下での栽培を続ける一択なんだよな。
ちなみに地下で白くなった薬草だが、俺が持って帰った6株以外に2株新しい芽が出て今は8株になっている。新しい2株は最初から葉っぱは真っ白だ。古い薬草が花を咲かせたり種を飛ばしたような形跡は全くなかったのに、いつの間にか増えていた。昨日の夜、世話のためにここに来て俺もびっくりしたんだ。マジでこいつら何なんだ?というかこれ、食べて本当にいいのか?ウィードくらいの不思議植物な気がするんだが。
増えるのもそうなんだが、いきなり白色になるのも良く考えればおかしい。もやしやホワイトアスパラガスとかって最初から暗所で育てるから真っ白になるんであって、途中から地下に埋めたとしても白くならないはずだよな。あれっ、俺の知識が間違ってるのか?うーん、全くわからん。
まあこの摩訶不思議な植生をしている薬草だが、このまま地下で育てても問題は無さそうだ。普通に水をやっているだけだったのに勝手に増えたし。しばらくすればこの地下空間を薬草畑にすることも可能かもしれん。
となると問題は実際に売るまでの白い薬草の取り扱いだな。採取して保管しておければ一番いいんだが、さすがに俺も薬草の保管方法なんて知らないし、カヤノも知らないだろう。いや、カヤノは知っている可能性もあるのか。お母さんが詳しかったなら習っている可能性もあるな。
そう考えるとまずはカヤノに相談してみるのが先決か。俺としてはアメリカ人並みに「サプラーイズ」とかやってみたかったんだが、さすがにもったいないしな。よし、そうと決まれば善は急げって言うし明日の朝にでもカヤノに相談してみるか。
で、翌朝。俺は一枚の白い薬草を採取してカヤノに相談してみたんだ。俺の予想通りカヤノはこんな薬草は見たことが無いって言う答えだった。そして残念なことに薬草の保管方法もカヤノは知らなかった。そのことにカヤノはかなり申し訳なさそうにしていたが、まあそれは仕方がない。俺も知っていれば儲けものって言うくらいの考えだったしな。
そして今俺は緊張の一瞬を迎えている。
「じゃあ、いただきます。」
カヤノが俺の育てた白い薬草を食べると言い出したのだ。今すぐ売らないと言う事は先に伝えたし、保存をどうしようかと相談したからこのままだと処分されると思ったんだろうな。
俺はもちろん止めた。万が一だが、薬草が白くなると毒性を持ってしまうって可能性もあったからだ。だがそんな俺に
「リク先生が僕のためを思って育ててくれた薬草なんですからそんなことあるわけないじゃないですか。」
純真な笑顔を浮かべながらそんなことを言われたら俺はもう何も言い返せなかった。俺にできるのはいざと言う時は自分の正体がばれるのも厭わずにカヤノを病院に連れて行くぐらいだ。
カヤノのその小さな口が開き、その中へと俺の白い薬草が入って行く。そしてカヤノの顎がゆっくりと上下し、むしゃむしゃと言う音が朝の路地へと響いていく。表通りの喧騒が聞こえなくなるくらいその音に俺は集中してしまう。そしてカヤノの表情を伺う。苦しそうにはしていない。今のところ大丈夫だ。
カヤノはしばらく思案するように目を閉じながら咀嚼を続けると、いきなりカッ!と目を開いた。
(どうした!?お腹が痛いか?大丈夫か?)
そのいきなりの反応に、慌ててカヤノに聞く。カヤノは俺も文字をじっと見つめながら、その顔をだんだんと変化させていく。それは目を緩ませ、口角を上げ、えくぼのできた幸せの表情だった。
「リク先生。これ甘い。おいしいよ。もっと食べたい。」
(えっ?)
驚く俺をよそにカヤノが白い薬草の美味しさを熱弁していく。いや、濃厚な甘さが広がった後、さわやかな後味を残してすっと消えていくとかお前はどこの審査員だ、どこの!
「うーまーいーぞー!!」
おい馬鹿、やめろ!!それは危険だ。あの人が来ちゃうだろうが。
奇声を上げるカヤノを止めようと俺があわあわする中で、それは白い薬草の処分先が決まった瞬間だった。
これは売れる!カヤノの反応に確信を得たリクは全財産を賭け、一世一代の大勝負に打ってでる。果たしてその結末は!?
次回:薬膳スイーツ カヤノ亭
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




