ミーゼとカコウ
リクの作戦通り私は光の精霊でカヤノ君の父親でもあるカコウと一緒に正面以外の外周部を回ることにした。とは言っても危なそうな場所に着くとカコウは魔物を倒しに防壁の外へと行ってしまうし、私は防壁の大樹からカコウを援護するために魔法を打つだけなんだけどね。
「それにしてもさすが精霊よね。」
カコウの力は圧倒的だ。その光の剣に触れられた魔物はまるでナイフでバターを切るかのように斬れてしまうし、光の精霊であるため空中も自由自在に動けるカコウを魔物たちが捉えることなど全くない。
いや、違うわね。精霊だからすごいんじゃない。リクも剣は使っているが、兵士として訓練を受けてきた私からすればその才能は私と同じで平凡なものだ。自分のダメージを考えずにカウンターを行えると言うメリットがあるため普通の人と比べることは出来ないけれど剣の技量という点においては私以下だろう。
しかしカコウは違う。適当に振るっているようにも見えるその剣には私の習った剣術とは違うが確かな技量が感じられる。剣の得意ではない私にはおぼろげにしかわからないけれど。
「次に行くぞ。」
「ええ。」
ある程度数を減らしたら次の場所へ。魔物は里の全周囲から襲い掛かってきているので一か所をせん滅している間に他のところが抜かれてしまっては意味がないしね。残した分はそこを担当しているエルフがなんとかしてくれるはず。まあそう信じるしかないんだけどね。
同じ防壁の大樹の上にいるエルフとの接触はなるべく避けている。一応攻撃に向かう前にカコウと一緒に攻撃に加わることを伝えはするけれどそれだけだ。今のところ私が攻撃をされるようなことは無かったけれど今後もそうなのかはわからない。魔物へと攻撃をしながら味方であるはずのエルフたちへも警戒を怠れない。その状況は結構きつい。まぁそんな泣き言を言っていられる場合でもないんだけどね。
風魔法を応用して防壁の上をカコウと一緒に飛ぶように移動していく。カヤノ君と会うようになってから大幅に成長した魔力のおかげで私が魔力切れになる心配はほとんどない。連戦が予想される今の状況ではそれがどこまでも頼もしい。
私の左を飛んでいるカコウは、里の外でリクと別れた後からちょっと様子がおかしい。何かを考えているようで今までのような自信満々の態度は鳴りを潜めていた。静かで良いのかもしれないけれど、1人で悩んでいてもぐるぐると回るだけで解決しないことだってあるのよね。つい最近の私のように。
私はカヤノ君が好きだ。最初は裸を見られてしまったから勢いで言った結婚宣言だったけど、旅をするうち、その優しい性根、かわいらしい笑顔、そしてたまに見せる私をかばおうとする男の子らしい姿などに触れるたびに私の心はカヤノ君へと奪われていった。
リクとカヤノ君の関係が羨ましかった。カヤノ君はリクへ全幅の信頼を寄せている。私には見せたことのないすべてをさらけ出すようなその姿を見るたびに私は密かにリクに嫉妬していた。でもリクも変なところはあるけれど良い奴だ。私をからかったり、馬鹿なことをすることはあるけれど仲間思いだし、自分を犠牲にしても私とカヤノ君のために動こうとしてくれる。言葉には出さないがそんなリクを私も信頼していたし大切な仲間だと思っていた。
でもカヤノ君がリクにプロポーズしたことで、それが変わってしまった。大切な仲間だし、カヤノ君とずっといたのはリクだからと自分自身を納得させようとしたけれど無理だった。寝ようとしてもカヤノ君がリクにキスする光景が浮かんできてしまって眠ることなど出来なかった。
だからこそリクに恋のライバルだと宣言した。そうして自分の中にある醜い心を隠そうとした。でもダメだった。カヤノ君の一番になりたいのに、一番になれなかったその気持ちは、カヤノ君のプロポーズを受けたのに、初めてキスをされたのにそれを軽く見ているようなリクの言葉に反応し、涙としてあふれ出た。いっそ殴り飛ばそうかと思った。でもリクが悪い訳でもないとわかっていたから出来なかった。
殴り飛ばしたかったのはそんなことを考えてしまう自分自身だった。
そしてリクの言葉を聞いた。リクは言った。わからないと。何を馬鹿な、と思った。でもリクは真剣だった。その言葉が嘘じゃないってことはさんざんからかわれてきた私にはよくわかる。カヤノ君のプロポーズに対してリクは真摯に向き合おうとしていた。
そしてリクに感謝された。私のおかげでそう思えたんだと。それを聞いて気が付いたのだ。私は逃げていただけだったんだと。カヤノ君に好かれるように行動はしていたけれど、カヤノ君に正面から好きと伝えたことは無かった。今の心地よい関係が変わってしまうのが怖かった。何よりその変化を望んでいるのが自分だと自覚しながら。今回はただその件をリクへと責任転嫁しただけだったのだ。
気づかなければ私はきっと将来後悔していただろう。でもリクと話すことで私はそれに気が付くことが出来た。だから・・・
「カコウ、何を悩んでいるの?」
「うん?」
「いや、里の外でリクと別れてからずっと大人しいから。カヤノ君やリクには話せないかもしれないけれど他人の私なら話せるんじゃない?秘密は厳守するわよ。」
木の上をピョンピョンと移動しながら聞いてみた。別に無理に聞き出す必要は無い。私がその答えを持っているかもわからないし。でも悩みを聞いてもらうだけでもちょっとは助けになるって私は知っているから。
カコウは少し悩んでいたが、しばらくしてためらいがちにその口を開いた。
「奴に言われたのだ。人と共に生きるのなら考えを変えろとな。」
あぁ、確かにリクの言いそうなことね。カコウとリクは同じ精霊のはずなのに全然考え方が違うから。まあ人間も人によって全然違うからそれが普通なのかもしれないけど。
「なぜ我が考えを変えねばならん。我は己の力も人の脆弱性も知っている。その上で行動しているにすぎん。それの何が悪いのだ。」
「うーん、そうね・・・」
確かに今までに見てきた圧倒的なまでのカコウの強さなんかを考えると、カコウの言うこともわからないではない。圧倒的な強者が自由気ままにふるまうのは人間の間でもわりとあることだから。でも。
「人間って弱いのよ。」
「それは知っておる。」
「うーん。そうじゃなくて、カコウの行動って結果だけを考えている気がするのよね。その結果になる最短の道を進むっていうか。」
「ふむ、そうだな。同じ結果になるのであればすぐに片付く方が良いだろう。」
やっぱりか。カコウの答えに迷いは見えなかった。本心からそう思っているんだろう。
「その経過で他の人の気持ちを考えたことはある?人間ってカコウが思っているよりもはるかに弱いわよ。体に傷を負わなくても、心に傷を負うことがあるの。たぶんリクはもっと他人の気持ちを考えて行動しろって言ったんだと思う。」
「しかし相手の心などわからぬ。我はその者ではないのだからな。」
カコウのあまりに当たり前な答えに思わず苦笑する。それと同時にやはりこの人はカヤノ君の父親なんだと感じる。唯我独尊なのかと思っていたがこれは天然なんだ。今まではそのことについて教える人がいなかったからこんな風になっているが、ちゃんと教えればきっと変われる。
「そりゃあそうよ。誰にもわからないわ。きっとリクもね。だから想像するのよ。」
「ううむ、想像か。そんな面倒なことをあやつはやっているのか?」
「そうね。特にリクは変わり者だから下手をすれば人間よりも考えているかもしれないわね。だからこそ私もあいつを信頼してるしカヤノ君もあれだけ懐いているんでしょうしね。」
カコウが腕を組んだままうなりだす。私の言葉を真剣に考えているようだ。たぶんカコウの中で今までの常識と言われたことが合わずに混乱してしまっているんだろう。ここから先はカコウ自身で整理する必要があるから私に出来ることはもうない。
進行方向で魔物の群れに押され気味の箇所を発見する。とりあえず今はここまでね。
「カコウ、援護に入るわよ。」
「んっ、うむ。わかっておる。」
返事は返してきたがどこかカコウは上の空だ。その様子にすこしため息を吐く。
「人の心の機微がわからないなら相談に乗ってあげるわ。カヤノ君に好かれたいんでしょ。」
「な、なぜそれを!」
「バレバレよ。じゃあ早くこの戦いを終わらせましょ。相談はこのばか騒ぎが落ち着いたらね。」
「良いだろう。すぐに終わらせてやろう。」
「あっ、ちょっと。・・・そういうところを直せって言いたいんだけどね。」
言うが早いか飛び出して行ってしまったカコウの後ろ姿を見つめながら、この場所で戦っているエルフに話をつけるため私は気配を探りながら走る速度を上げるのだった。
カヤノに好かれるために密かな努力を始めたカコウ。しかしその行為が後々波紋を呼ぶことをまだ彼は知らなかった。
次回:お父さんはストーカー
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




