とりあえずハイエルフの里に着く
最後の野営から半日、エイトロンの街からは20日弱といったところか、俺たちの目の前には目的のハイエルフの里があった。
「相変わらず、でかいな。」
「そうですね。」
「ちょっと見慣れちゃったけどね。」
ハイエルフの里と言うかエルフの里全てがそうだったのだが、ニーアのいた一の里と同じように巨木が防壁になっているのが普通のようで、毎回驚きはするのだが、ミーゼの言うように何度も見ているうちに見慣れてしまったと感がある。
とはいえさすがハイエルフの里と言っていいのかわからないがその大きさは今までのエルフの里とは比べ物にならないほどの大きさだ。
今日の朝から数時間ニーアの案内の元、霧の中を歩いてきたんだが、それを抜けたらいきなり目の前に端が確認できないほどの巨木が並んでいたわけだ。ちなみにその霧はこのハイエルフの里を守るための迷いの結界だそうでその中の道を知らない者には絶対に抜けられないとニーアは豪語していた。
なんでそんなに自信があるのか不思議に思ったのだが・・・
「私自身、迷って入れなくなったんですよ。」
と得意げな顔で言われた時には本当にこいつについていっていいのか心配になったんだが、何とか問題なく着くことが出来た。
「では行ってきます。」
「頼んだ。」
ニーアがピューっと門番の方へと駆けていくのを毎度のごとく外で待つ。この霧の結界を自力で潜り抜けるのはほぼ不可能に近いらしく、抜けてきたものは誰かが連れてきた客人として扱われるとのことだったので門番たちが俺たちを警戒している様子はあまりない。
まあニーアがすぐに話に行ったってのが大きいのかもしれんが。
ほどなくして門番と話していたニーアがこちらに戻ってきた。
「入って良いそうです。」
「あれっ、今回は門番だけでいいのか?」
「う~ん、そういう訳でもないんですが・・・まあとりあえず入って。」
言い淀むニーアの姿に少し違和感を覚えながら軽く門番たちに会釈をして門をくぐる。門の中は外からでもある程度予想の着いたことだがかなり広かった。具体的に言うならばバルダックとまでは言わないまでも、その次に寄ったドレークの街が丸々入ってしまいそうな大きさだ。
もちろん人口密度は比べるまでも無いので、建物よりも田畑の面積の方が圧倒的に大きい。家が密集しているところを除けば、隣家との間が100メートルほどあるといったようなザ・田舎といった風情がある。家は一の里と同じようなログハウスなので目新しさも全くない。ちょっと期待していたんだがな。
まあそんな変わり映えのしない風景のことはどうでもいいとして問題なのは俺たちの視線の先にある先ほど通った大樹の防壁よりも大きそうな大樹で作られた防壁が里の中央にでん、と鎮座していることだ。
「あれがハイエルフの里です。」
「えっとじゃあここは?」
「ハイエルフの里にくっついたエルフの里です。」
「わかりにくいわ!!」
「だってくっついていた方が楽なんですよ。結界を作る労力もありますし、作物とかを納めてもらうにしても離れていたら運ぶのが大変じゃないですか。」
「上納させてるのね。」
胸を張って言うニーアを少しあきれた目でミーゼが見る。まあエルフとハイエルフなんだから上下関係があるんだろうとは思っていたが、何というか領主一族と領民みたいな関係のようだな。
まあ結界を張ったりと安全を保障する代わりに作物をもらうっていう訳だから一方的に搾取されているわけじゃあなさそうだが。
「じゃあ俺たちは・・・」
「はい。このままハイエルフの里に向かいます。」
「了解。」
ニーアの先導に従い、エルフの里を華麗にスルーしつつハイエルフの里の防壁の前へと向かう。ちらちらと俺たちを興味深そうにエルフたちが見てくるわけでが、先導しているのがハイエルフのニーアだからか誰一人として話しかけに来もしない。
明らかに俺たちの方を意識しているのがバレバレなのにさも私たちは井戸端会議をしているだけですからとごまかす女性陣の姿にちょっと苦笑が漏れる。まあこんな森の奥、しかも結界を抜けてこの里に来る奴なんてめったにいないだろうしな。十中八九、俺たちがいなくなったらいろんな噂が広がるんだろう。まあそれを聞く機会はねえかもしれねえが。
そんなことを考えながら歩いているとほどなくハイエルフの里の防壁へとたどり着いた。遠くから見ていてそうではないかと思っていたが、やはり今までの木に比べて幹の太さが1.5倍ほど大きくなっている。高さはそこまで高くはなっていないようだがそれでもその大きさに圧倒される。その一本一本が神社とかに会ったらご神木認定を受けそうな大きさだしな。
しかしこれだけ密集して生えていると神聖さのかけらも感じないんだから不思議なもんだ。
「じゃあもう一回行ってきます。」
「はいよ。」
再びニーアがピューっと門番に向かって駆けていく。つい先ほど見たのとまったく同じ光景だ。1つ違うのはニーアが門番と少し話した後、里の中へと入っていったことだ。
と言うことはまた偉い奴と対面ってわけだな。ちょっとテンションが下がるがまあここまで来てうだうだいっても仕方ねえしな。
そんなことを考えながらこっそりとカヤノの様子をうかがう。ミーゼとハイエルフの里の中はどんな感じなんだろうと話している姿はいつも通りに見える。若干緊張のため力が入っているように見えるが心配するほどのことでもなさそうだ。
「どうしました、先生?」
「いや、何でもねえよ。」
「何でもなくはないでしょ。じっとこっちを見てたし。」
付き合いが長くなってきたせいか最近は俺の行動が読まれることが多くなってきた気がするな。気をつけねば。
「いや流石に大きな木のうろに住んでるとかはねえだろと思っただけだ。鳥かよ。」
「だって物語のエルフの里はそうだったんだから仕方ないじゃない。今までさんざんがっかりしてきたんだしちょっとぐらい夢見たって・・・」
ミーゼの声がだんだんと小さくなっていく。確かにミーゼは自分が人間とエルフのダブルだからってことである種の幻想というか理想のエルフ像があったようだしな。そのためにエルフに関する本なんかも読んでいたらしい。
まあ実際にニーアと親しくしたり、一の里でバザーしたりしたおかげでその幻想もぶっ壊れたらしいがまだ一縷の希望を抱いていたのか。
「まあまあ可能性が無いわけじゃないですし。」
「そうよ、そうよ。」
カヤノのフォローにちょっと勢いを取り戻すミーゼ。しかし甘いぞ。希望と言うのは後の絶望へと繋がりかねない麻薬のようなものだ。それがわからないとはまだまだ青いな。
「まっ、せいぜい夢でも見ているがいいさ。俺はとっくに諦めたしな。」
「むっきー!後で吠えずらかかないといいわね!」
毎度のごとく顔を真っ赤にして怒るミーゼをいなしながらしばらく待っていると、なぜかニーアが一人だけで戻ってきた。いつもなら里の長を連れてきていたんだが珍しいな。
「とりあえず入る許可はもらえました。ただ本当に精霊か確かめたいので先に風の精霊様に会ってほしいとのことです。」
「いや、まあこっちとしては入れれば別にいいんだが会っていいのか?神様みたいなもんなんだろ。」
「まあ精霊様に危害を加えるなんて不可能ですし、何より風の精霊様自身がお会いになると言いましたから。まあ私は特に皆さんが変なことをするとは思っていないので、ついでに風の精霊様にも会えてラッキーなくらいです。」
「まあ良いならいいや。じゃあ案内してくれ。」
「はい、こっちです。」
ニーアに案内され門をくぐる。そこで見た光景に俺たちは思わず足を止めた。
「「「すごい。」」」
門をくぐった先は今までの光景と一変し、草花が生き生きと咲き誇り、小鳥が楽しそうに飛び交っていた。ところどころに大樹があり、そして特筆すべきはその根元に人が二人入れそうなほどの大きな扉がしつらえられていた。まさに想像通りのエルフの里の光景がここにあったのだ?
足を止めた俺たちに気づいたニーアが振り返る。
「どうしました?ってこれですか。ちょっと変わってますよね。」
「ああ。」
「そうね。どうやら私の勝ちみたいね。」
俺に軽く肘鉄を入れてくるミーゼのどや顔がうざい。しかし負けを認めざるを得ないのも確かだ。これこそが森の住人と納得せざるを得ないからな。
仕方ない、少し悔しいが散々からかったのは俺の方だ。誤らないわけにはいかないなとミーゼに向きなおろうかとしたその時に続いたニーアの言葉が俺の行動を止めた。
「何か外から人を招くとみんながっかりするみたいなので作ったらしいですよ。最近はほとんど人が来ないので物置き代わりになってますけど。」
「と言うことは住んでいるのは・・・」
「もちろん普通の家ですよ。だって住みにくいじゃないですか。こんな木のうろの家なんて。」
がっくりと肩を落とすミーゼの姿に、俺は勝者の余裕をもって慰めてやることに決めたのだった。
ついに訪れることができたハイエルフの里の張りぼて具合に意気消沈するミーゼ。しかしそれはまだ絶望の序曲ひ過ぎないことを彼女は知らなかった。
次回:耳、取り外せます
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




