とりあえず犬の獣人の里に着く
ちょっと多めに作った料理はうまい、うまいと言いながら食べるウルフェルたちによって空になった。俺は食べないのかと聞かれたが、調理中に食べているし、全員が食べると警戒がおろそかになるからと言ってごまかした。残念がられたが実際食事中にゴブリン3匹の襲撃があったことからもわかるようにこれは普通のことだ。
食事や排せつ時なんかはどうしても無防備になりがちだからな。全員で食事をとるなんてのは周囲が完全に安全だとわかっている時だけだ。
夜の晩については少しもめた。とは言ってもウルフェルたちが全てやると言ったのを俺が断ったってだけだが。さすがにおんぶにだっこって訳にはいかねえだろ。
話し合いの結果、ウルフェルたちが前半、俺たちが後半ってことで決着し、まあ何回かの魔物の襲撃はあったものの無事に夜が明けた。
そして昼を食べようかどうか迷うくらいの時間に目的の犬の獣人族の里へと着いた。外見はとっても普通だ。高さ4メートルほどの丸太を並べた防壁で、その上部は登ってこられないように板張りになっている。頂上は鉛筆のようにとがっているがその必要があるのかは疑問だ。
言っちゃあ悪いがエルフの里のようなインパクトは無いな。
ウルフェルたちが知り合いらしい門番に話しかけている姿を見ながらそんなことを考えているとカヤノとミーゼに目が合った。そして苦笑したところを見ると俺と同じようなことを考えていたみてえだな。まああっちが異常なんだよなたぶん。
ちょっと目を離したすきに、わぁっと言う歓声が上がりそちらを見ると、ウルフェルと話していた門番の1人が里の中へと走っていくのが見えた。何かあったのか?
顔を見合わせる俺たちへとウルフェルが近づいてくる。その顔は困ったようでいて嬉しそうな、なんとも言えない顔をしていた。
「どうしたんだ?」
「いやっ、なんでもないっす。里に入る許可は下りたっすから行くっす。」
なんでもないようには全く見えなかったが、本人が隠していることを聞いても答えてくれるわけもねえしな、と自分の中で完結して里に入っちまったのが俺の不運の始まりだったんだ。
1時間後。
俺は犬の獣人族の伝統的な衣装と言う、象形文字のような絵が縫い込まれたポンチョのような衣装を何枚も重ね着させられていた。顔の頬や腕には白い塗料で真っ白な線が引かれどこぞのアマゾンの原住民みてえだなと他人事のように思う。
俺の横には同じような格好をしたウルフェルが乾いた笑いを浮かべながら座っている。俺たちの目の前では女性の獣人たちがさまざまな料理を次々と運んでおり、焚かれた火の周りで踊り狂う男たちに合わせて太鼓とマラカスのような楽器の軽快な音楽が楽しげに響いていた。
「おい、ウルフェル。」
怒気を多分に含んだ俺の声にウルフェルの体がビクンと跳ね、その背筋がまっすぐに伸びる。
「いや俺は悪くないっす。皆が勝手に勘違いを・・・」
「じゃあどうすればいいかわかるだろうが。」
「わかるっすけど、せっかく皆がここまで用意してくれたのに・・・」
「さっさと・・・行け!」
「了解っす!!」
飛び跳ねるように立ち上がり、長を探しに走っていったウルフェルの後姿を見送りながらため息を吐く。
何でこんなことになっちまったんだろう。
いや、おかしいとは思っていたんだ。里の住人がやけに歓迎ムードなのもあったし、出会う人、出会う人が俺たちに向かって「おめでとう。」って言ってきたしな。疑問に思ってウルフェルに聞いてもはぐらかされた段階で気づくべきだったのだ。
そして長の家、とは言っても周りの木造住宅よりも一回り大きいくらいの簡素なものだったが、に着いた途端、俺は十数人の女の住人に取り囲まれ奥へと連行されると、身ぐるみを剥がされ、清めと言われてよくわからん煙を浴びせられ、そして無理やり伝統衣装を着せられてと化粧をされたのだ。
抵抗と言う言葉さえ浮かばないほどの圧倒的な鮮やかさだった。
流され続けた俺が異常なことに気づいたのは、化粧の意味を教えられながら体に白い線を引かれている時だった。ちなみにこの白い線はあなたを生涯支え、愛しますと言う意味があるらしい。知りたくなかった知識だ。
そしていつの間にか里人総出の宴会会場となっていた広場へと連れていかれ、ひな人形のお雛様とお内裏様のごとくウルフェルと並べられ今に至ると言った流れだ。
宴会の内容は言わずと知れた俺とウルフェルの結婚式だ。そんな馬鹿なとは思うが実際にそうなのだから仕方がない。
確かにウルフェルは悪い奴じゃねえし、同類としてある程度の親近感はある。ただしあくまで親近感であってそれは愛情じゃねえ。体は女なのかもしれねえが俺の心は男のままだし、まかり間違っても男と結婚する意志は俺にはねえよ。
しかしこの状況で俺から誤解だと言うことはかなり厳しい。俺はこの里に住む住人ではなく来訪者なのだ。既にこれだけの準備をしてくれているこの状況で勘違いですなんて言ってみろ。俺に対するイメージが最悪になることは明らかだ。
それにこんな事態になった原因は明らかにウルフェルのせいだ。この手際からあの走っていった門番が里中に知らせたのは明らかだし、そいつに誤解させるようなことを言ったのはウルフェルなんだからな。
ふつふつとこみ上げてくる怒りを何とかやり過ごす。
「くっくっく。結婚おめでとう、リク。」
「えっとおめでとうございます。僕、頑張って祝いの舞を踊りますから。」
俺とは違い、同じような民族衣装を、着ていた服の上から被っただけの格好で2人が近づいてくる。
ミーゼは完全にわかっていてからかってやがるな、後で覚えておけよ。そしてカヤノ、お前は盛大な勘違いだ。そんな決意を秘めた表情で踊り狂う獣人を見るんじゃない。覚えても踊る機会なんて未来永劫訪れねえから。
陰鬱な気分を表情に出さないように苦労しつつ待っているとウルフェルが杖を突いた小さな老人を連れてやってきた。何と言うかマルチーズみてえな奴だ。隣にいるウルフェルが190近い高身長だから余計に小型犬のように見える。
ウルフェルがその老人の脇に手を差し込み高く掲げる。いわゆる高い高いの格好なのだが老人はやけに満足そうだ。
「皆の者、待つのじゃ!!」
老人とは思えないその大きな声に先ほどまで流れていた音楽も、火の回りを回っていた踊りも止まる。
ふぅ、小さくてもやっぱり長は長か。何とかこれで穏便に済ますことが出来そうだな。
「こたびのウルフェルの結婚式じゃが、勘違いであることがわかった。まだこの娘子にウルフェルが懸想しておるだけじゃそうじゃ。」
娘子って言う柄じゃあねえんだがな。なんか背中がかゆくなっちまう。
長の言葉に何人かの獣人からはブーイングが巻き起こっている。まあこの程度は想定の範囲内だ。ここまで大っぴらに準備しておいて今更間違いでしたって言われても、という気持ちもわからんでもない。
それでも大半の獣人たちは大人しく長の言うことを聞いてくれている。それが非常にありがたい。
「お客人にはご迷惑をおかけした。すまなんだ。もちろん結婚式は中止する。」
その言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろす。良かった、少なくともこの長はどこぞのオープンMと違ってまともな・・・
「しかしせっかくここまで用意してしまったのだ。ついでなので、ただ今より第82回ステゴロ選手権を行う。出場しないものは10秒以内に料理をもって避難せよ。10、9・・・」
はっ?
「3、2、1。では始めるのじゃ。ルールはいつも通り。自らの肉体のみで戦い抜け。最後まで立っていた者には望むものをやろう。」
「「「「うぉぉぉー!!」」」」
さっきまでのにぎやかしくも穏やかな宴とはうって変わり、今は俺の周りで集団の殴り合いのケンカが始まっている。先ほどまで笑いあっていた人々が今は相手の体にいかに拳を沈めるかと目を血走らせている。
「えっ?おい、まじかよ。」
カヤノが巻き込まれたら・・・とそっちを向けばちゃっかりとミーゼがカヤノの手を引いて避難していた。そして汗と血しぶきの飛ぶ乱闘会場で1人たたずむ俺に向かってにこやかに手を振っている。
あの野郎、どうしてくれよう・・・
ドゴッ。
鈍い音がしたことにそちらを振り向けば一人の男の獣人が俺の脇腹にボディブローを打ち込んでいた。そして打ち込んだ手が痛かったのかちょっと涙目になって上下に手を振っている。
イラッ。
「優勝して姉御に告白するっす。」
「ヘイ、兄貴!!」
イラッ。
「むね肉こそ至高!むね肉の部分は全部いただくぜ!!」
「甘いな!モモ肉の鍛えられた歯ごたえがわからんとは。この軟弱者が!!」
イラッ。
「はぁ。俺たちにはいい人現れないのか?」
「あっちの小さい子、可愛かったよな。お友達になってくれないかな。あわよくば恋人に・・・」
プチッ。
「よし、今言ったやつ出てこい。お前の喧嘩買ってやるぜ!!うぉおおー!!」
目の前にいた男をとりあえず殴り飛ばして先ほどカヤノの方を見て不穏な言葉を口にした男に向かって走っていく。とりあえずやることは一つ。殲滅だ!
頭を直接狙った白球にヒートアップしていく両チーム。そして同じコースに再びボールが投げられた瞬間、選手の誰より早くベンチから一直線にマウンドへ向かう一人の男がいた。
次回:闘将 リク
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




