8 問題児②
「夜霧……その逮捕って初任務か?」
言い聞かせるかのように「落ち着け、落ち着け……」と呟いていたおかきさんがふと思い出したように聞いてきた。頷くと彼はほっとしたように「まだまともか」と言った。
「で、擁護できなさそうなお嬢は? ぶん殴ったのってまさか……」
「上司ですわ!」
「なんで?」
「ムカついたからですわ!」
「なんで? いや理由は分かった。暴力に訴えた理由の方」
「手が出てしまいましたの……。気がついたら顔が腫れた人が地面に倒れていたのです……」
「お前、笑ってないか?」
彼は深くため息を吐くとゆっくりと首を振った。
「俺はこの会話を忘れようと思う。さあ、作戦の話に戻ろう」
おかきさんが潜入の手順について説明してくれた。彼は問題児の私たちに幕府へ不満を抱いている者として潜入してこいと言った。
「誤認逮捕された夜霧さんに、上司をぶん殴った私。二人とも不満を抱えていそうですわね」
「お前やばい奴だな……」
「本当に忘れていましたの!?」
「……?」
首を傾げるおかきさんを見て、御破さんは本気で怖がっていた。やはり、二人は仲が良さそうだ。
「その間、あなたはサボりだとは言わせませんわよ」
「俺は一人で潜入して、別で情報を探る。お前たちのサポートもしてやるよ」
「なら良いですわ。このまま行けばよろしくて?」
「設定をちゃんと擦り合わせたらな」
三人で話し合って、私はなんとか誤解が解けたものの、幕府への不信感を募らせ御破さんに誘われて裏切る決意をしたという設定になった。御破さんは裏切る仲間を探している最中に今回の潜入先と同士である私を見つけたことになった。
話し合いの後、すぐに幕府の施設内で解散し、御破さんとは町中で合流した。
「夜霧さん。準備はできまして?」
私が緊張しているのに気がつくと、彼女は優しく笑って「任せてくださいまし」と言った。
「私、演技は得意ですの」
彼女は私の耳元でそう言い、普通の音量で「お屋敷に参りましょう」と言った。すたすたと迷いなく歩く御破さんに慌ててついて行く。
「ここですわね」
辿り着いたのは京都の外れにある大きな屋敷。住んでいる人物はかなり高い役職ではなかろうか。
「どうして不安そうにしてらっしゃるの。頼もしい限りですわ」
そこで設定を思い出し、ハッとした。確かに今不安そうにしていたら不自然だ。
「立派な屋敷に驚いてしまって……」
「あら。では今度、私の屋敷にも招待しましょうか? きっと驚きますわ」
これから私は幕府に不満を抱く武士になる。……潜入開始だ。




